なにをしているのですか。裏声で。
「ヨクキタネー!」
だからデヴィッドは そんなんじゃないですよ。
いえ、だから、そういう感慨は おうちでやってくださいね。 ていうか人生の幕、開いてないんですか。
ま、ぼくもグイドも いろいろあるのさ‥‥。 ところで、すでに観た 「ほぼ日」乗組員たちに 感想を聞いてみよう!
『ナイン』は女性たちが ほんとうにきれいだよね。 ぼくは彼女達の歩き方に ぐっときちゃったなあ。 あんなふうに美しく歩ける人を 16人もいっぺんに観ることないもん。
『ナイン』東京公演、観てきましたよー。 これが夕方からだったのですが、 その前、昼間は「通信販売の達人」などと、 その世界で言われている人と会っていました。 「どんなにいい商品だとわかっていても、 それを、<誰も買いそうもない>と、 いったん否定的に考えなきゃダメなんです。 いいものだと理解していて、買うに決まってる人は、 絶体に買うんだから、その人のために伝えることはない」 そこから考えを出発させると、その商品の 「ほんとはあなたにも関係のある魅力」が、 見えてくるというわけらしいのです。 この話に感心したあとで、『ナイン』ですから、 これを、誰も行きそうもないミュージカルとして、 考えてみようという練習がしたくなったわけです。 芸術家の生き方に関心があるわけでもなく、 恋愛だのなんだのは忘れちゃったかなぁという感じで、 しかもミュージカルを観るのも初めての人が、 この『ナイン』をどう観るか‥‥と想像してみたら、 これはこれでけっこう楽しめると思ったんですよ。 まずは、女優さんたちが、いずれアヤメかカキツバタです。 たいへんにぎやかでキレイですから、 お花見やら紅葉狩りみたいな楽しみがある。 主人公のグイドさん、なんやかんやいっても、ま、 「艶福家じゃないの」というような解釈もできるわけで、 いやぁおもしろい人生だったわぁ、と きわめて明るくとらえるのもオッケーだと思うんですよ。 終幕に至る流れなんて、いかにも日本風に、 「これで水に流してさ、おまえさんたち」なんていう 歌舞伎の世話物みたいな展開だと思ってもいいんじゃない? そんなふうなことを想像しながら観ていたんです。 こんな「誤読」がいっぱいできそうな舞台というのは、 やっぱりもともとの力があるからなんですけどね。 正直、ぼくはけっこう歌舞伎座にいるような気分で、 イタリア人の映画監督の物語をたのしんできました。
糸井重里(2005年5月31日の「今日のダーリン」より)
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ 第二八回 『サン・セバスチャンの鐘』 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ 5月30日のアートスフィアは、 雨降りの平日夜公演にもかかわらず、 温かな拍手でいっぱいの客席でした。 この日、 連載がスタートしたときからの夢だった、 糸井さんとデヴィッドが会うというイベントが、 楽屋前の廊下でとうとう実現! 「日本人のために作られたような ミュージカルですね」と、 デヴィッドに話してくださった糸井さん。 おっしゃるとおり、 劇中に「Be Italian」という曲がありますが、 デヴィッドが最初に稽古場で言ったのは、 「Be Japanese!」でした。 外国人を演じる必要はない、 日本のミュージカルをつくるんだって。 31日付の「今日のダーリン」に、 「歌舞伎座にいるような気分で楽しんだ」と 書いてもらえたのがほんとにウレシイ… ちょうど、公演プログラムには、 中村勘三郎さんとデヴィッドの対談が 掲載されていますが、 『ナイン』も歌舞伎のように、 日本人みんなと関係したい、 そんな欲望を抱きつつあるミュージカルです。 『ナイン』はシンプル。 ある男の頭のなかを舞台にしたという点で、 とても単純なストーリーです。 なのに見るたびに新たな発見があり、 いろんな見方ができるのは、 すべての登場人物の一挙手一投足に、 物語がぎっしり詰まっているからでしょう。 ぼくが最近やっと気づいたのは、 一幕のあるときに、グイドの妻ルイザが、 舞台奥でこっそりかけてる電話。 あ、これはあの人にかけてるんだって。 もう何度となく観て来たはずなのに。 そう言えば週末の終演後、 楽屋に現われた福井貴一さん── 去年の秋の公演でグイドを演じた いわば先代のグイドも、 デヴィッドにこう言ってました。 「きょう客席で観てて、 はじめてわかりましたよ、 ルイザ(妻)はあんなところでも、 ぼくのこと見ててくれたんですね」 演じ切った俳優さんでも、 客席から見るとまだ新発見があるという 構成の細やかさ、物語の分厚さ。 ロンドンの初演から9年、 『ナイン』はついに熟したというか、 じっくり煮込んで食べごろというか。 小さく刻んで楊枝に差して、 通りすがりに試食してもらえるなら、 とにかく一口召し上がってみて! と差し出したいほど最高の状態にあります。 密度の濃さで最高潮だと思うのは、 一幕最後の曲『サン・セバスチャンの鐘』。 歌うのは大人のグイド(別所哲也さん)ですが、 9歳のグイドがなにを体験したか、 ここでとても濃密に表現されています。 言いつけを破り、 浜辺の女サラギーナに会った少年が、 教会の儀式に参列したとき、 一体どんな扱いを受けたか── 顔を会わせてもくれない母親の後ろ姿が、 9歳の少年にはどう見えたか── 教会のシスターのもとで祈る少年に、 教会が与えた罰はどんなものだったか── ひとりきりの少年は、 やがて立ち上がり、どこへ向かったか── そして前半の幕切れへ、 「キリエ・エレイゾン(主よ哀れみたまえ)」と、 何度も繰り返される美しいコーラスに包まれる、 まるで魔法のようなシーン。 魔法そのものと言っていいかもしれません、 THE BELLS OF ST.SEBASTIAN 『サン・セバスチャンの鐘』。 『ナイン THE MUSICAL』は、 6月12日の最終日まであと14ステージです。 (つづきます!)
2005-06-02-THU