- ほぼ日
- 今日はお忙しい中、ありがとうございます。
イセキさんはもちろん、
私たちも先生の漫画を愛読しているので、
お会いできてうれしいです。
- こちらこそ。
あまりしゃべるのが得意じゃないんだけど、
よろしくお願いします。
イセキさんの記事、読みましたよ。
- ほぼ日
- わぁ、ありがとうございます。
どういう感想を持たれましたか。
- こういうジュエリーを
売っているお店があるということが、
もっと世に知られるといいなと思いました。
私も一時期、ネットですごく探していたんですけど、
なかなかいいものが見つからなくて。
このジュエリーサイトがはじまったのは
いつからですか。
- ほぼ日
- ほぼ日で販売をはじめたのは2013年ですが、
イセキさんご自身のオンラインショップは
2005年からオープンなさっています。
- じゃ、ちょうど私が探してたころだ。
こういうお店があると当時から知ってたらなぁ。
イセキさんはアンティークの復刻品も
出してらっしゃいますよね。
それって、すごくいいことだと思うんです。
昔のジュエリーを見ていると
「こういう凝ったデザイン、今はないんだよな」
「こんなかわいいものが、もう少ししかない」
と思うことが多くて残念に思っていたので、
イセキさんはいいことしてらっしゃるなと。
- ほぼ日
- そうおっしゃっていただけると
イセキさんも喜ぶと思います。
- だって、復刻をするのも
大変なんじゃないですか。
- ほぼ日
- そうですね。
イセキさんも相当な苦労をなさっていて、
ロンドンの職人さんと
日々、戦いの連続だそうですよ。
- えー?
- ほぼ日
- 日本人が求める完成度を意識して
「ピンの部分をもっと細密にしてほしい」
というような細かい要求を言い続けて、
職人さんが怒ってしまった、
というエピソードを聞きました。
でも、向こうの職人さんたちも
プライドと技術を持っているので、
最終的には忍耐強く応えてくださるそうです。
- ああ、大変。
いろいろご苦労がありながらも、
イギリスで作ることに
やっぱり意味があるんでしょうね。
- ほぼ日
- はい。
イセキさんのジュエリーは、
ロンドンのハットン・ガーデンという
とても歴史のある宝石街で作っているんですけど、
そこには昔ながらの技術と最新の技術との両方が
あるのだそうです。
- そうなんですね。
- ほぼ日
- 二ノ宮先生は、
宝石にもともとご興味があったんですか?
- ジュエリーそのものは、
普通に好きというレベルですけど、
もともと化石掘りとか鉱物に興味があって、
デアゴスティーニ社が出していた
「地球の鉱物」を全種類集めたこともあったんです。
いつかネタになるかもしれない、くらいの気持ちで。
▲『七つ屋 志のぶの宝石匣』第3巻のあとがきより。
- ほぼ日
- すごいですね。
『七つ屋 志のぶの宝石匣』のあとがきに、
2001年頃、先生が次に書く漫画を
「音大」の漫画にするか
「質屋」の話にするか悩んだ、と書いてありました。
そして最初に選んだ音大の話が、
大ヒット作『のだめカンタービレ』になったそうですね。
その当時からずっと
質屋の話を描きたかったんでしょうか。
▲『七つ屋 志のぶの宝石匣』は、東京下町の老舗質屋が舞台です。
- ええ。
でも、そのころの構想は、
今とはちょっと違いました。
今描いているのは老舗の質屋さんですが、
当時はもう少し軽い買取業者を
イメージしていたんです。
いざ漫画を描くことになって
宝石のことを調べはじめたら、けっこう大変で。
それで、宝石のことをもっと知ろうと思って
GIAという宝石学の学校にも行きました。
- ほぼ日
- なんと、学校にまで。
- そう。
でも、1日中顕微鏡でダイヤモンドを見るという
授業があって、すごく疲れちゃったんです。
老眼もあるから見えないし、
「これはもう、資格取るまではできない」と思って、
8日間のセミナーを受けるだけで諦めました(笑)。
- ほぼ日
- でも、学校に行こうと思う情熱と行動力がすごいです。
では、イセキさんからの質問を預かってますので、
なんだか不思議な感じなんですけど、
代役として、読み上げていきますね。
- はい、どうぞ。
私、ちゃんと答えられるかな(笑)。
イセキさんからの質問
1
漫画では、主人公の志のぶがジュエリーを見て、
その品が本当に持ち主にとって必要かどうか、
よい「気」を持っているかどうかを見定めていますね。
古いものを扱う仕事をしている人間にとって、
この一見怪しげに見える技(?)は、
少なからず共感する部分だと思いました。
たとえば、アンティーク・ジュエリーを見ると
その細工や色形から、いろんな背景が分かりますし
持ち主の悲しみや喜びが感じられる品も確かにあります。
二ノ宮さんご自身、
これまでに誰かの持ち物だったジュエリーを見て、
志のぶに近い体験をされたことはありますか。
- うーん、人のジュエリーを見て
そう思ったことはないですね。
ただ、いつも気にするのは、
「私にとってどういう石か」ということです。
そこだけは真剣に見ます。
そんなに気に入ってないのに
「この服に合うものが必要だから」
というような気持ちで無理やり買うと、
後でほとんどつけなかったり、なくしたりするんですよ。
縁がない、ということかもしれないですね。
私が今日つけているものは
一目惚れして買ったモルガナイトの指輪ですけど、
気に入っているのでよくつけてます。
- ほぼ日
- (見せていただいて)
うわぁ、ピンク色でかわいい。
すごくお似合いです。
- インクルージョン(ひびや曇り)があるんですけど、
そこも含めて気に入ってます。
学校ではダイヤモンドをけっこう見ましたけど、
インクルージョンがあると価値が下がるんです。
でも、私はきれいすぎるものより
こういうほうが好きだし、
買うときはやっぱり、
自分にとって本当に欲しいかどうか、
心惹かれるかどうかが大事だと思っています。
- ほぼ日
- 市場における価値じゃなくて、
自分がその宝石を好きかどうか、
ご縁があるかどうか、ってことですね。
- そうそう。
本当に自分が好きなものがあると、
「おっ!」となりますから。
- ほぼ日
- では次の質問にまいります。
イセキさんからの質問
2
単行本の第2巻で
トルマリンについての話を描かれていましたね。
私はトルマリンの原石が大好きで
いつか自分が作るジュエリーにも
ぜひ使いたいと考えています。
でも、奥深い石なのでなかなか一筋縄には
いかないだろうなと思っています。
二ノ宮先生は、今後ぜひ描いてみたいけれど、
なかなかハードルが高いなと
感じていらっしゃる宝石はありますか。
▲トルマリンのエピソードの1コマ。
- うーん、どれもこれも描いてみたいですね。
宝石で何かを作る人は
いろいろなハードルがあるんでしょうけど、
描く分にはそれほどハードルはないです。
描いても壊れないし(笑)。
あれも描きたい、これも描きたいみたいものばっかりです。
- ほぼ日
- それは本当にお好きってことですよね、やっぱり。
- そうですね。
詳しいわけではないですが、けっこう調べてますね。
あと、通っていた学校の卒業生で、
質屋さんになっている方がたくさんいて、
私がLINEで
「これどう思いますか」と質問したら、
ワーッと返ってくるんです。
すごいですよ。
昔はすべて取材に行ってましたけど、
今は机にいながらLINEでも取材できちゃう(笑)。
- ほぼ日
- いいですね。
では次の質問です。
イセキさんからの質問
3
ダイヤモンドは、硬度も煌きも
宝石の中ではトップに君臨していて
やっぱり宝石の王様というイメージです。
一方で、良質のダイヤモンドは
高価なだけに安物を高く売るための技術が発達し
気の抜けない石でもあります。
漫画の中で、研究所で検査しないと判別できない
最新の合成ダイヤモンドの話が出てきましたが、
そういったリアリティのある
情報収集はいつもどのようになさってるのでしょうか。
- ダイヤモンドの合成方法は学校で教わりました。
「顕微鏡で見ただけじゃ
看破できないものがあります」
なんていう説明も受けたので、
それこそ漫画で描いてみよう、と思ったんです。
あと日本人って、テレビでよくある
「お宝鑑定団」みたいな番組が好きじゃないですか。
私も専門家の先生が言う、
この作家はこの釉薬しか使わない、みたいな
マニアックな話を聞くのが好きで、
宝石でもそういう部分を
掘り下げて描いてみたいと思っているんです。
- ほぼ日
- 私も全く宝石のことを知らなかったんですけど、
漫画を読ませていただいたら、
「へぇ」と思うことばっかりで、おもしろいです。
中に輝きがあるかないかとか、
そういう視点で宝石のことを考えたことがなかったので。
- そうですよね。
みんなあまり中身までは気にしないんですよね。
パッと見て「きれい」というのもいいですけど、
石の中にいろんなロマンがあって、
「これは何億年前のものだろう」と想像すると、
もっと楽しいですよ。
- ほぼ日
- 次の質問は、これは漫画を描くときの質問ですね。
イセキさんからの質問
4
宝石は「色」がすごく重要だと思いますが、
カラーページ、モノクロのページにかかわらず、
文章でカバーする以外に色の表現で
工夫をされている点はありますか。
- そう、漫画はモノクロなんで大変なんです(笑)。
スクリーントーンを
貼るくらいでしか違いを出せないから、
単行本の折り返しには
絶対カラーで写真を載せようと決めたんです。
▲単行本の折り返しには、
宝石のイメージ写真が入っています。
- これを見ながら読んでいただけたら、
具体的に想像してもらえるかなと思います。
- ほぼ日
- イメージできますよね。
- そうそう。
すべてここに頼ろうと思っていまして、
私の命綱ともいえます。
ただ、この写真を集める編集の方が、
かなり苦労されているそうです(笑)。
(同席なさっている
「Kiss」編集長が深くうなずく)
- ほぼ日
- では、イセキさんからの質問を続けますね。
イセキさんからの質問
5
宝石のことを学んだ影響で、
ご自分で持っていらっしゃる
ジュエリーに対する見方が
変わったということはありましたか。
- やっぱり学校に通ったのが大きかったです。
ダイヤモンドを見る方法を習ったので、
早速、昔買ったダイヤをルーペで見たら
黒い点が見つかりました。
そんなのないと思ってたのに、しっかりありました。
見ないほうがいいこともあるなぁと(笑)。
- ほぼ日
- 知らなければ(笑)。
- そうそうそう。
でも、そういうことを知ることができるのも
楽しいですけどね。
それに、今は黒い部分を
レーザーで消すこともできますけど、
あえてそれをやらないことがいい、
という考え方もありますし。
- ほぼ日
- 最初のお話にも戻りますけど、
どっちが好きかってことですね。
では、次の質問です。
イセキさんからの質問
6
私は生まれて初めて買ってもらったジュエリーは
パールのブローチでした。
二ノ宮先生は、人生初のジュエリーは何でしたか。
差し支えなければ、
それについての思い出を教えてください。
- 買ってもらったという覚えがないなぁ‥‥。
あ、でも子どものころ、
母と一緒に飛行機に乗るときに、
母の宝石を私につけてくれました。
事故がないように、というおまじないらしいです。
「本物をつけるといいのよ」って。
本当かどうか知らないですけど。
たしかルビーか何かのイヤリングをつけてもらって、
すごく嬉しかったのを覚えてます。
- ほぼ日
- 素敵なお母さまですね。
- 「え、本物なんだ」と思って
ワクワク、ドキドキしました。
でも、飛行機に乗ってる間だけなんです(笑)。
降りたら、速攻で‥‥
- ほぼ日
- 回収(笑)。
- そうそう(笑)。
「なくされたら困る!」って。
- ほぼ日
- お母さまも宝石がお好きなんですか。
- そうなんですよ。
このあいだもどっさり修繕に出していて、
その代金を私が払わされました。
もうね、買ってもらうどころか!(笑)。
- ほぼ日
- (笑)
次は、イセキさんから最後の質問になります。
イセキさんからの質問
7
二ノ宮先生が一生物のジュエリーを
今オーダーメイドで作るとしたら、
どの石を一番使ってみたいですか。
- これは難しいですね。
そうだなあ‥‥そのときの出会いですかね。
何事も私は相性を大事にするから、
出会った瞬間にときめきがあれば、
石は何でもいいんですよ。
たとえば今日は私、黒っぽい服を着ていますけど、
そのときの気分でカラフルな服を着ることもあるし、
いつも似たような服を着ないんです。
ジュエリーも同じで、気分で変えています。
- ほぼ日
- 漫画描いてるときに登場した石で、
何か作りたくなりますか?
- うーん、それはあまりないですね。
描いてるときって、登場人物の気持ちとか、
この人物だったこうするってことに集中してるので、
自分がこうしたい、とかあまり出てこないんです。
人の人生ばかり考えてます(笑)。
- ほぼ日
- ああ、すごい。
漫画家さんってそうなんですね。
その主人公の人生を
もう一度生きているような感じですね。
- そう。だから資料集めも必死です。
「この子は今どきの子だからこういうの着るはず」とか、
「ああ、ティーンズ雑誌買ってこなきゃ」とか、
そんな毎日です。
- ほぼ日
- キャラ設定を徹底されてるんですね。
二ノ宮先生の描く主人公の女性たちって、
天才肌の方が多い印象があります。
のだめさんもそうだし、志のぶちゃんもそうだし。
- 何かにすごく夢中になってる人を
描くのが好きなんです。
それを天才というのかどうかはわからないけど、
夢中になってやってる姿を描いてると、
天才っぽく見えるんでしょうね、きっと。
▲マニアックなまでに宝石を愛する主人公、「志のぶ」。
- ほぼ日
- 読んでいて引き込まれちゃいます。
一般的じゃないテーマでも、
すごく深いところまで調べられてますよね。
音楽とか、宝石とか、
あと、パソコンのオーバークロックを扱った漫画
『87CLOCKERS』にもビックリしました。
かなりマニアックな内容ですよね。
- ちょっとマニアックが過ぎましたね。
「二ノ宮どうした」って言われました(笑)。
- ほぼ日
- すごいなあと思いました。
徹底的に調べ切らないと書けない内容ですよね。
- あれも、本当にやってる人たちを取材したんです。
「こんなことに夢中になってる人たちって、
すごいな。変わってるな」って。
そこなんです。
- ほぼ日
- 人に対する好奇心から来てるんですね。
イセキさんからの質問はこれで終わりなのですが、
何か二ノ宮先生からメッセージがありましたら。
- やっぱり一番は気軽に楽しく宝石を
身につけてほしいということですね。
- ほぼ日
- たしかに。
イセキさんもよく、
宝石はしまっておくものじゃなくて、
身につけてこそですよとおっしゃってます。
貴重なアンティークのものであっても、
気軽に身につけてください、と。
しまい込んでたら、
せっかくの宝石の輝きがもったいないですもんね。
- そうそう。
気軽に身につけて、興味をもってほしいです。
お家にあるおばあちゃんとかお母さんの
宝石とかも、あらためて眺めると楽しいですよ。
譲り受けたとき、デザインがもし古いなと思ったら、
リフォームをするのもいいですし。
どんどん売っちゃう人がいますけど、
「それは待って」と思いますね。
- ほぼ日
- 漫画の中で志のぶちゃんもよく
「売らずに持っていたほうが‥‥」
って言ってますもんね。
- うん。今、中古のダイヤや金を
外国人が大量に買っていて、
日本から宝石が外に出て行ってるんです。
でも日本人って中古が嫌いな人が多いみたい。
前の人の念が残っている、
みたいな気持ちになるのかもしれないけど。
- ほぼ日
- ああ、それはあるかもしれないです。
でも、それとは別に、
昔の宝石には素敵な思い出とかも
入っていると思うんですけどね。
- そうなんですよね。
今後はそういう中古の石に対する思いも
描いていきたいなと思っています。
それと、最近の若い子があまり宝石買わなくなった、と
宝石のお店の人たちが残念そうに言ってました。
高級なものは縁がない、と最初から
拒否しちゃってる子も多いそうです。
小さな安い石でも、かわいいものがあるので、
身近なアクセサリーとして
気軽にトライしてほしいです。
宝石というより、
まず「石」として見るのもたのしいですよ。
- ほぼ日
- もともとは自然に存在していたものだと思うと
楽しいですね。
- そうなんです。
男の人たちも、積極的に彼女に買ってあげてほしい。
給料の何ヶ月分とかいう縛りは捨てて、
普通に「かわいいな」と思えるものを。
でも、まぁ女って、大抵
男が買ってきたものは気に入らないんです。
「なんで私に選ばせないの!」って怒る(笑)。
なので、男の人へのメッセージは、
最初に予算を決めておいて、
「宝石をプレゼントするときは
一緒に行って買うこと」ですね。
- ほぼ日
- 具体的なアドバイスをありがとうございます。
イセキさんがいつか
二ノ宮先生をイギリスにご案内したいなあと
おっしゃっていました。
アンティーク・ジュエリーの骨董市や
宝石商をご案内したい、と。
- わぁ、行きたいです。
- ほぼ日
- ぜひぜひ取材旅行にいかがでしょう。
イセキさんもイギリスで
宝石の学校に行ってたので知識が豊富ですし、
一見さんお断りの宝石商などにも
出入りしているそうですよ。
イセキさんがお店の人と交渉している、
そのやりとりを見ているだけでもおもしろいです。
- いいなぁ、行きたいなぁ。
(チラッと隣の編集長を見る)
- 編集長
- 行きますか?
- やった!
もし行くとなれば気合いを入れて行きたいです。
まずは、漫画のなかで
イギリスをどうやって出そうかな(笑)。
- ほぼ日
- 漫画の続きも楽しみにしています。
今日はどうもありがとうございました!
(終わります)