(第4回の6)
「タマゴを温める犬のように 」
ハル研究所代表取締役社長 岩田聡さん
このゲームを発売してからすでに3カ月が経ちましたが、
今でもたくさんの方に遊んでいただいています。
ああもこうも、いろいろと遊べる、どうやって遊ぼうか、
っていえるのは、そのゲームが豊かだからですよね。
それと同時に、遊び手の豊かさが反映される、
っていうことでもあってね。
発売されてから、あるゲーム雑誌の編集者のひとと
会って話す機会があったんですけれども、
彼らがどうやってこのゲームを遊んでいるかを聞いて、
ぼくら大笑いしたんですよ。
お互いに自分のキャラクターが決まりますよね。
で、相手のキャラクターの悪口を言いながら、
殴りかかるんですって。
「マリオ!おまえ、いい年していつまでも
オーバーオールとか着てんじゃねえよ!」
「なんだよネス!おまえこそ、全然見ないけど
いつになったら出るんだよ」とかって。
名付けて「罵倒プレイ」とでもいいましょうか(笑)。
これって、遊び手のほうで、遊びを足してるんですよ。
そうすることによって、その場はだんぜん盛り上がって
そのゲームが何倍も楽しくなってるんですよね。
ぼくら作り手がゲームに入れなかったものを
遊び手の側が足して遊んでくれてるっていうのは、
まさに作り手冥利につきますね。
それを聞いたぼくらまで、楽しくなっちゃいました。
カービィの得意技「コピー」でこんなマリオに
発売直後には瞬間的に売れて話題になっても、
3日で飽きてしまってあとはやらない、というゲームが
少なくはないですからね。
3カ月たっても売れ続けているということのなかに、
勝ち負けでいうと「勝ったような気がする」という実感が
あるんですよ。
短期間で過去のものにならないゲーム、
いつでも、いつまででも遊べるゲームになることが
作り手にとっての最高の喜びなんですから。
格闘ゲームならぬ「乱闘ゲーム」(笑)というジャンルを
新しく開拓した最初のソフトだ、とも言えると思うし。
そうやって長く遊んでもらえてるゲームっていうのは
きっとそう簡単には古びないだろうし、
飽きられないだろう、今は胸を張ってそう思っています。
(編集部註)
「スマッシュブラザーズ」は発売から3カ月たった今も
ソフト売り上げベストテンの上位にランキングされていて
近いうちにミリオンセラーソフトになるのは確実です。
最近のゲームが国内販売数で100万本を越えるのは
本当に難しく、数少なくなっていますから
それだけにとても価値があると言えるでしょう。
キャプテンファルコンになったつもり!
多くのゲームが遊び手に歩み寄り、歩み寄ることが
普通になってしまっている昨今の風潮です。
だから遊び手のクリエイティヴを要求するようなゲームを
作るというのは、けっこう勇気がいるんですよ。
この「スマッシュブラザーズ」は、
遊び手がどう工夫してどう遊んでくれるかが、
深さのすべてを決定するというゲームです。
受け身のプレイヤーに次々とごほうびを与えて、
新しい画面や素晴らしいムービーシーンを見せるから
言われたとおりに進んでいってくださいね、
というスタイルではなくて、
自分で面白さを発見していってください、
っていうのが作り手の指向です。
その考え方をわかってくれるひともいれば、
わからないひともいる。
その分、考えようによっては、
私たちのつくったものにスキがあるっていうことだし。
だからこそ、私たちは、自分たちが作ったゲームについて、
また、ゲームの作り手として日々考えていることについて、
いろんな形で伝えていきたい、と思っているんですね。
このソフトに触れたひとりでも多くのひとに
その思いをわかってほしい、という作り手の魂の叫びが、
開発者自身の手によるホームページ、という初の試みに
チャレンジさせた原動力と言えるのではないでしょうか。
これでもドンキーになったつもり!?
今、考えてみれば、
自分たちが開発したゲームソフトの情報を
インターネットでも配信していく、という方法は、
とても自然なメディアミックスですが、
数年前までは、ゲームの開発者が直接お客さんに向けて、
商品以外の形で情報発信をすることになるとは
考えてもいませんでした。
「Webページを見る」ということが、
日常のなかでの自然な行為として受け入れられたのも
ここ一年くらいのことでしょう。
そうですね、ちょうど、糸井さんが
『ほぼ日刊イトイ新聞』を始められたころと、
一般のひとに急速にインターネットが普及していった時期が
一緒だった感じがしますね。
糸井さんのこういうところには、
私はいつも本当に感心させられるんですが。
自分たちが開発したゲームの情報ページまで
今回、自らの手で作って発信したことで
これはゲームソフトにとっての新しいメディアの獲得だ、
作り手の意図をとてもダイレクトに伝えうる、
新しい表現形態が出現したのだ、と、再認識しました。
もちろん、私たちはゲームを制作するのが仕事ですから
ゲームをつくることで、すなわち「商品」で、
自分たちの考えを表現するのがまず第一でしょうし、
「ぼくらの言いたいことはぜんぶこのなかに入ってるよ」
と言って、あとは黙っていられたらどんなにかっこいいか、
とも思いますけども。
ものの作り手にとっては、
お客さんとのキャッチボールって、いわば
「生きがい」と言ってもおおげさでないくらい
大事なものでもあるんですね。
ですから、「商品」というメディア以外に
お客さんとキャッチボールできる場所が増えることは、
我々にとっても意味があるんです。
「スマブラ拳」のなかで交わされているような、
インターネットを介したお客さんと私たちとのやりとりは、
非常に刺激のある、魅力的な「何か」を
生み出し始めているような気がしています。
単に、商品内容を詳しく説明すること、
お客さんの生の声を聞くことだけではない可能性を、
実感しているところですね。
既存のメディアにはない、インターネットの特性を
ゲーム開発のうえで今後どのように有効活用していくか、
「スマブラ拳」はあるひとつの方向を示しているんです。
これはいい線いってるかも
最近は1本のソフトを作るのに、本当にたくさんの
人手と時間がかかるようになっています。
ハードの性能が上がっているので当然ですし、
ソフトのクオリティを高めるうえでも、
ある程度はそれは必要なことだとも思っていますが、
今までの文法をなぞりつつ、より複雑で、
より大規模で、より豪華になっていくいっぽうの
ソフト群が作り出す未来が明るいとは誰も言えませんよね。
大作であるために作業量は膨大で、スタート時に見込んだ
開発期間よりも遅れて完成するのは半ば慣例化していて、
企画が生まれたときの、新鮮なアイディアや特長を
鮮度の良いうちにお客さんに届けることが
非常に難しくなっているんです。
また、ゲームにおける、あらゆるジャンルの開拓は
すでにし尽くされたかのように言われているほどの
現在の状況のもとで、まだ誰も手がけていない土地を
発見し、開拓するのは一筋縄ではいきません。
大作志向の延長に、これからのゲーム作りの答えがあるとは
私は思っていないんです。
この閉塞しつつある循環をどうにか変えるためにも、
物量に頼らずともお客さんに満足していただけるものを
志向したい、という強い気持ちが、私にはあります。
「スマッシュブラザーズ」を作るうえでも、
次に紹介する「ポケモンスナップ」を作るうえでも、
そのことはとても強く意識していました。
ただ、物量ではない部分で満足していただくためには、
その代わりになるもので勝負できなくてはいけません。
もちろん商品ごとに違う方法で構わないから
「他人と違う角度でアプローチする」ということを
これからもますます大事にしたいと思っています。
だからこそ、チャレンジのしがいがあるのだと思いますし、
言い換えれば、「他人がしないことをする」、
「他人がしないやりかたをする」ということかも 知れません。
今回の「スマッシュブラザーズ」は、
この答えのひとつと思っていただきたいですし、
「スマブラ拳」もその考えにたった表現のひとつであり、
次回からここでご紹介していく
「ジャックアンドビーンズプロジェクト」と、
彼らが開発した「ポケモンスナップ」も、
その考えに基づいた新しい試みが結実したものです。
そして今、糸井さんと一緒に作っているいくつかのソフトも
すべて根は同じ発想から生まれたものなんですよね。
(編集部註)
では引き続き、「ジャックアンドビーンズ」の話を
岩田さんに伺っていきましょう。
3月21日発売の「ポケモンスナップ」を開発したのが
彼らです。
現在、こちらも大ヒット中!TVCMでもお馴染みです。
「ハル研」は見事に2本連続のホームランを放った、
というわけですね。
今から4年前の1995年に、
任天堂が、自社はもちろん業界でも初めての試みだったと
記憶していますが、ゲーム開発者を外部から一般公募して
その人達だけでプロフェッショナルな開発チームを結成し
運営し、64ソフトの開発をしていこう、という企画を
発進しました。
実はそのプロジェクト、もともとの言い出しっぺが私で、
糸井さんに相談をして、2人で任天堂に伺った折に
山内社長に提案をさせていただいたものだったんです。
「これから64のゲームを作ろうとしているときに、
こういう形でスタッフを集めたら面白いと思うんです」
と申し上げたうえで、
「64のゲームづくりに携わりたい、と思っている人に
ここに集まれ、と呼びかけましょうよ」となったわけです。
で、糸井さんに実行委員長をお願いし、雑誌に広告を出し、
任天堂から宮本茂さん、サードパーティを代表して
チュンソフトの中村光一さんにも加わっていただいて
実行委員会を組織して、この4人が呼びかけるかたちで
募集をしたのでした。
応募総数が550人を越えて、予想以上の反響でしたから
当時のことを覚えていらっしゃる方もいると思います。
その550人のなかから選ばれて集まったのが、
彼ら「ジャックアンドビーンズ」というわけです。
糸井さんが名づけた「ジャックの豆の木プロジェクト」と
いう企画名が、そのまま彼らのチーム名になりました。
開発を実際に進めるにあたっては、私が総監督として
チームをみていくことになりましたので、
そのときから彼らはハル研究所の一員になったのです。
(編集部註)
彼らの、チーム結成から3年半にわたる開発期間中の
紆余曲折やエピソードなどは、改めてこのあとの連載で
たっぷりお伝えしていくことにいたしましょう。
最後にぜひご紹介しておきたいことがあります。
ゲームをご覧になった方はおわかりだと思うのですが
「スマッシュブラザーズ」「ポケモンスナップ」の
オープニング画面に、私たちハル研究所の
新しいブランドマークが登場しています。
そう、犬がタマゴを温めているマークですね。
お気づきになっていましたか?
ハル研のソフトは、最近はすべて
任天堂さんを通じて発売しています。
我々が作ったものを直に売ったり、
テレビCMを出したりするわけではありませんのでね、
一般ユーザーのかたがたにはどうしても
我々の存在が見えにくいんですね。
もちろん、開発にかかわる権利と責任の表示としての
著作権表記はあるわけですが、それだけではなくて
「マーク」を作ることで、しっかりとお客さんに
「ハル研」を意識してもらえるようにしたかったんです。
ハル研初の64ソフトを世に出した今回のタイミングが、
ロゴマークのリニューアルには絶好のチャンスだ、と
思いましたので、「いいマークがほしいんだけど」と
糸井さんに相談を持ちかけました。
良くできたマークが1つあると、いろいろなことが
マークに助けられたり、広がったりしますからね。
(編集部註)
実際の発案者は、谷村正仁取締役だったそうです。
(谷村さんに聞きました)
会社のマーク自体は以前からありましたが、
より強いメッセージ性を込めたものにしたい、とは
漠然と考えていました。
自分のなかで考えが整理されたのは昨年の5月末、
出張先の大阪で。
「いま、私たちには新しいマークが必要だ」と
思い至り、そのときにまとめたマークに対する考え方を
会社に帰ってから岩田に話したんです。
そのあと2人で糸井さんを訪ねて、マークを作る目的、
方向性、込めようとしているメッセージをお話しして、
「ほぼ日」のデザイナーでもいらっしゃった秋山具義さんを
紹介して頂きました。
(糸井さんにも聞きました)
岩田さんと谷村さんから、ハル研ロゴマークの
依頼を受けたとき、それはいい、と、まず思いました。
ロゴマークひとつで、会社のイメージは
かなり大きく変化できると思ったからです。
やはり、ハル研は、固いイメージでした。
「人間がつくって人間に届ける遊び道具」を
創っているチームは、それらしい何かを
表現する必要があります。
特にぼくの尊敬している岩田社長という人の個性が、
マークに活かせなければいけないと考えました。
アッキィに頼んだのも、ちゃんと理由があってね、
素朴で、しかもキレイだと思うのです、彼のデザインは。
ああ見えて、あの人は品がいい。
コンセプトとして提示した「タマゴを温める犬」ですが
犬と、タマゴは、一見してわかるとおり、他人です。
でも、タマゴはていねいに温めれば、ひなが孵ります。
おなじ生き物として、種類のちがいなんかを超えて、
温め育てる犬が、ハル研のシンボルにふさわしいと
考えました。
タマゴのなかには、アイディアや、個性や、ビジネスや、
才能のいのちが、外にでるのを待っている。
それを、じっと温めている犬の役割がハル研なのです。
「ほぼ日」だって、岩田さんにずいぶん温められたと
思いますよ。
(岩田さん)
「犬とタマゴ」のコンセプトは
比較的早くに糸井さんから出していただいたのですが、
実際、秋山さんに今のマークを描いていただくまでには
おふたりの間でかなりのやりとりがあったように
お聞きしています。
そしてこの「犬とタマゴ」のイラストが
ハル研の新しいロゴマークとなりました。
このマークにハル研が込めた思いは
けっしてひとつではありません。
見たひとそれぞれが、このマークからいろんなことを
感じ取ってくれればよいのです。
ちなみに、コンピューター関係の企業のマークって、
「2枚目」というか、
「シャープでクール」な感じのものが多いんですね。
だから、というか、なのに、というか、
このマークがそうじゃないことに
違和感を持つ人は社内にもいたと思います。
実際に、社内発表した当初の評判は、
一部の人間を除いて、かなり「悪かった」です。
でも、開発専業会社であるがゆえに、
ユーザーとの直接の接点を持ちにくかった我が社の存在を、
もっとお客さんに意識してもらうという目的のためには、
これが正解なんだと、私は確信していたので、
社内での評判はあえて無視させてもらって導入しました。
あまり社長の強権を発動するようなことは
普段はしていないつもりですが(笑)、
この件については私の段取りのまずさもあって、
社内での波紋をよびました。
でも、ソフトが発売されて、
このマークを目にした人からの好意的な反応を、
私はたくさん耳にしています。
また、一部の社員に当初あった違和感も、
本人が受ける印象や、彼らが外のひとから聞く声などで
ずいぶん変わってきているのではないかと思います。
谷村は、このマークから
「Happy」を感じてもらいたい、と言っています。
Happyはハル研の企業理念を担うキーワードであり、
気配り、おもいやり、誠意とも言い換えられるのだ、と。
そういった温かいものを感じてもらえたら、と。
同時に、何が生まれるか想像もできないようなものを
育み、生み出す場でありたい。
それが私たちの考える、今の、そしてこれからの
ハル研究所なんですね。
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