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はれ
 
34℃
第14回 めらめらと燃えながら電源を押す。
うちの職場には「お母さん」がふたりいるのである。
お母さんがいるからには、子どももいるわけである。
子どものうちのひとりは名前をイチといって、
時折、職場に顔を出すことがある。

イチは5歳の男の子であり、
5歳の男の子であるということは
やはりゲームがとても好きなのだ。
ある日、やってきたイチは僕のそばに来ると、
唐突にゲームの話を始めた。
彼にとって僕は「ゲームのおっちゃん」なのである。
関西弁を駆使する彼のお母さんが
イチにそう教えているからでもあるけれど。
「あのおっちゃんのとこ行ってみ。
 ゲームのこと、なんでも知ってはるで」
かなんか言っているのだ、おそらく。

イチが唐突に切り出すのは
『ゼルダの伝説 風のタクト』の話である。
当然、僕はそれをクリアーしているのだが、
いかんせん2年近く前のゲームである。
脈絡なく語られる彼のことばに
即座に相づちを打つことがむつかしい。
しかも、多くの5歳の男の子がそうであるように、
イチの表現は自由奔放である。

「剣がさ、変わったんだけど、もう変わった?」
「‥‥剣? なんだっけ?」
「剣! あとね、ばひゅーって出てきて、
 ばしゅーって、出すやついるでしょ?」
「‥‥ばひゅーって、出す? 何を?」
「口から! 口から! 出す!」
「‥‥ああ、海で? 海だろ、それ?」
「‥‥わかんない」
「‥‥わかんないのか」

噛み合わぬ会話を噛み合わぬままにたのしんでいると、
漏れ聞いたのか、彼のお母さんが転換をうながした。

「『ピクミン2』の話、してみ。
 おっちゃん、『ピクミン2』してはるから」

話を唐突に切り替えるのは、
5歳の男の子がもっとも得意とするところである。

「『ピクミン』、やってる?」
「やってるよ」
「どんくらい?」
「‥‥どんくらいって、ええと、
 最初の着陸地点はぜんぶ終わって‥‥」
「ぼくはねえ──」

噛み合わないのは相変わらずだが、
2年前のゲームよりは拠り所が多い。
しばらく話していると、
イチが思いがけないことを言い出した。

「マリオ、いなくなった?」
「マリオ? どういうこと? あ、オリマー?」
「オリマーじゃないよ。じゃなくて‥‥」
「ルーイ?」
「ルーイ! ルーイ、いなくなった?」
「‥‥いなくなった? ルーイが?
 あっ、いちばん最初のところ?」

と、そのときである。
会話を漏れ聞いたお母さんが
やや慌ててイチの袖を引っ張った。

「あかんあかん、このおっちゃん、
 先の話、言うと、怒りはるで!」

そう言いながら、イチを連れていってしまった。
僕は取り残されて、きょとんとしていたが、
しだいにその意味を把握し始めた。

‥‥オレよりイチのほうが先に進んでいるのか?

ややややや! と、
何かに駆り立てられる思いのする僕である。
なんだなんだどういうことだ、
おいおいおいそういうことか、
僕はイチに遅れをとっているのか!
「ゲームのおっちゃん」であるこの僕が、
前世紀よりゲームをなりわいとするこのオレサマが、
「わかんない」を連発する
かわいらしい5歳児の後塵を拝しているのか!

冷静に考えるならそれは無理からぬことである。
お母さんの情報によれば
彼は発売日からお母さんといっしょに
『ピクミン2』をプレイしているのだし、
僕ときたら、品切れの『ピクミン2』を入手するのに
えらく手間取ったうえに、
ここ2週間ほどは4年に1度開催される
世界規模のスポーツの祭典を追いかけるのに夢中だった。
床運動と鞍馬と跳馬と平行棒と鉄棒の合計点を
団体で競う競技を明け方まで観て涙したりしていた。
奥襟を取ったり出足を払ったり押さえ込んだりする
格闘技をまばたきもせずに見つめたりしていた。
ピーターファンデンホーヘンバントという
長い名前をモチーフにしたジョークを考えるのに
ベッドに突っ伏してウンウンうなったりしていた。

そんなことではイチに負けてしまうのは当然である。

いや、勝ちも負けもないのだけれど、
どういうわけかゲームファンというのは
ゲームの進行に勝ち負けの判定をくだしたがる
悪いクセがある。とくに、進行の遅いほうは。

その日、なんだかんだで帰宅したのは深夜の1時だったが、
めらめらと燃えたぎる炎を瞳に宿した僕は
ためらわずゲームキューブの電源を入れたのである。
入れると「ぴーくみーん♪」という
かわいらしい起動音がしたのである。
3時間ほどプレイしたら朝になったのである。

勝手に小休止しまして、たいへん失礼いたしました。
夏休みはとうに終わりましたが、
日記を再びつづり始めます。

2004-09-10-FRI


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