ほぼ日 | お芝居に通われていると、 歌舞伎役者さんに お会いするような機会もあるのでしょうか? |
堀越 | 会長になりますと、 楽屋にご挨拶っていうことはありますね。 役者さんたちは大向こうのことを 大切にしてくださいますので。 |
ほぼ日 | いっしょにお酒を飲みに行ったり。 |
堀越 | ごくごくまれには、あるみたいです。 たとえば地方巡業ですと、 役者さんも夜は体が空いたりするので。 |
ほぼ日 | 堀越さんも‥‥ |
堀越 | そういう僥倖にあずかったことは、 ちょっとだけあります。 めったにないことですが、 役者さんからほめられたことも。 「あの掛け声はよかった」と。 |
ほぼ日 | それはうれしいですよね。 |
堀越 | うれしいですね。 声を掛けてほめられるばかりじゃなくて、 掛けなかったからほめられたこともあります。 「ほかのお客さんがばんばん掛けるところで、 あなたの声だけあそこでしなかったんだよ。 よく掛けないでいてくれた。 俺はあそこは欲しくないとこだった」って。 |
ほぼ日 | 引くことも大切なわけですね。 |
堀越 | 最初は押すばっかりになっちゃうんですよ。 あ、ここも、ここも掛けられるって。 |
ほぼ日 | ぜんぶ言っちゃえ、と。 |
堀越 | 最初はみんなその症候群に陥るんです。 で、会の先輩たちは、 「ああ、それはオレの通ってきた道だ」って。 |
ほぼ日 | (笑) |
堀越 | こっちはこっちで若気のいたりで、 「声が掛けられる場所に気づかないなんて、 やっぱりおじいさんたちだな」 なあんて思ってるんです。 いやいやそうじゃないんだよ、と(笑)。 芝居のじゃまだから掛けてないだけなんです。 でも、それがわからないんですよね。 掛け声の「引き算」が大切なことには、 自分で気づくしかないと思います。 ただ、たまーに会長から、 ボソッと厳しいことを言われたりしますね。 「あんまり掛けると野暮になるから」(笑)。 |
ほぼ日 | おもしろいなあ(笑)。 |
堀越 | 掛ける場所をよく考えることは、 ほんとに大事なんです。 私はそれを中村勘三郎さんから 具体的にご指摘いただきました。 |
ほぼ日 | 勘三郎さんからですか。 すごいですね。 |
堀越 | 『四谷怪談』の公演のときに。 中村橋之助さんが演じる 民谷伊右衛門のセリフに、 「どりゃ水揚げにかかろうか」 というのがあるんです。 勘三郎さんはそれを例にして こんなことをおっしゃいました。 「みんな『どりゃ水揚げに』のところで、 成駒屋! ってやるけどさ、 あれは大向うさんの間(ま)なんだよ。 あそこはね、 『どりゃ水揚げにかかろうか』ときてから、 成駒屋! なんだよな』って。 目からウロコでした。 大向うにとって気持ちの良い間が 役者にとっても良い間であるとは限らない。 それを勘三郎さんは教えてくださったんです。 |
ほぼ日 | そうでしたか。 |
堀越 | この話には続きがありまして、 2008年のコクーン歌舞伎で 『夏祭浪花鑑』が再演されたんですが、 このとき勘三郎さんに ほめていただいたんですよ。 すみません、自慢話で‥‥。 |
ほぼ日 | いえいえ聞かせてください。 |
堀越 | お辰という女性が自分の顔に焼きゴテをあてて 傷をつけた後、花道への引っ込みで、 「こちの人が好くのは ここ(自分の顔を指差し)じゃない。 (胸をポンと叩いて)ここでござんす!」 という場面があるんですね。 |
ほぼ日 | そのお芝居、ぼくらも観ました。 |
堀越 | かっこいい場面ですよね。 そのセリフがくると、 「こちの人が好くのはここじゃない」 なかむらやあっ! 「ここでござんす!」 と、途中で声を掛けるのが定番化してたんです。 ぼくもずっとそうしていました。 でも勘三郎さんに言われたことを思い出して、 自分でセリフを言いながら、 芝居の仕草をやってみたんですね(笑)。 そうしたら、 「こちの人が好くのはここじゃない。 ここでござんす!」 なかむらやあっ! と、最後に掛けたほうが ぜんぜん気持ちいいんですよ。 |
ほぼ日 | いま聞いてても最後のほうがいいような‥‥。 |
堀越 | それで定番を破って、 セリフの後に「なかむらやあっ!」って 掛けるようにしてみました。 そうしたら、あとで勘三郎さんにお会いしたとき、 とてもほめられたんですよ。 「あれはさ、途中で掛けられると、 オットット!ってなっちゃうんだよ」と。 |
ほぼ日 | すばらしいですね。 |
堀越 | もともとは勘三郎さんに 教えていただいたことですから、 おほめいただくのも恐縮なんです。 でも、そうして役者さんの息遣いというか、 芝居のリズムというのを ぼくら大向うはすごく意識するべきだな、 というのは一層強く感じましたね。 |
ほぼ日 | ほんとにすばらしいと思います。 |
堀越 | いや、ほめられた話ばかりしてますけど、 失敗談もありますからね(笑)。 |
ほぼ日 | あらら(笑)。 |
堀越 | 屋号を間違えるとかね。 「代役になっていた」というのがきついです。 |
ほぼ日 | 代役、ですか。 |
堀越 | 主人公が休演のときは場内に出るんですよ。 「○○さん、急病のため」 って代役の名前が出るんですけど、 脇をかためている上手な方が休演だと、 代役にかわっていることに気づかないんです。 これは、シャレにならないですよぉ。 うわっ、違うじゃん!(笑) |
ほぼ日 | パーンと登場の場面で、それと同時に。 |
堀越 | 「きのくにやあっ!」 あ?! 紀伊国屋じゃない!!(笑) |
ほぼ日 | (笑) |
堀越 | 言った瞬間に気づくんですよ。 でも反射神経で言ってしまうので、 もう間に合わない! みたいな。 |
ほぼ日 | あるんですね、そういうのが(笑)。 それはもう、ひとりで反省ですか。 |
堀越 | そういうときは心の中で手を合わせて 「本当にごめんなさい、本当にごめんなさい」 ってやるしかないんです。 ‥‥そういうのは、困っちゃいますねぇ。 |
(つづきます!) |
|
|||||||||||||||||||||||
2010-01-21-THU
(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN