SHIRU
まっ白いカミ。

78枚目: 「醜いコアラ」

 

階段の上から次々とダイブする子供達。
この世界で生きていく為の麻袋。
大切に抱えて。
毎年贈られてくるビンテージのワイン。
過去に潰された葡萄が時間を超えて。
私の生まれた年、ボルドーは雨ばかり。
歴史の一部。である私の体という
金色の原っぱにそびえるデパートで
「だってみんなが持ってるだもん!」と
古典的な技法で駄々をこねる女の子の夢を見る。
「誰もが持ってないものこそ欲しくって!」
私は朝、目覚めた。

雨が降っていたので図書館に行く。
特に読みたい小説も無いので
午前中はずっと生態学の本を読む。
ガラス越しにページが湿気そうな雨。
未完成の生物がひしめく世界。
ドメインを確保しようと競いあって。
適者生存が世界のルールなら
この世界には強い生物だけしかいない筈。
薄草色の本の中では
弱い生物達が作戦を使っていた。
ニッチ戦略をとり
上手に居場所を見つけた生物。
水。空。木々の梢に身を潜ませる。
そして

>コアラは可愛い事で身を立てている。

…なんてパラノで素敵な夢!
きっとこの生物学者は
私と同じケンオ感を抱いていた。
枝も掴めず泳げない。
梢から落ちた醜いコアラに
ドメインは見つかるのだろうか。

旅するコアラ。雨は遠く東から上がり
私には行く場所も無い。
ここは一体、いつの時代なのだろう。
柔らかく埃をかぶった書架は
けだるく斜陽に照らされている。
アリストテレス、スウィフト、トマス・アクィナス、
ズヴェーヴォ 、オーヴィッド、トロツキ、
キップリング、クリスティーヌ・ド・ピザン。
死ねばぜんぶ忘れるヒトが残した言葉の山。
私は図書館には核がよく似合うと思う。
書架の隙間から視線をころがす愛らしい少年。
彼にキスした瞬間
世界よオレンジ色の光に消え去って!

 

 

 

 

 

 

シル shylph@ma4.justnet.ne.jp

from 『深夜特急ヒンデンブルク号』

1999-09-30-THU

BACK
戻る