糸井 | ちょっと唐突な質問をさせてください。 志の輔さんでも、 イライラするようなことはあるんでしょうか? |
志の輔 | ありますとも。 毎日がイライラの連続ですよ(笑)。 でも以前よりは、減りましたかね。 |
糸井 | そうですか、そんなふうには見えませんが イライラはするんですね(笑)。 でも、減った。 |
志の輔 | 師匠談志は晩年、といっても10年ほど前からですが、 あいさつを求められると、そのたびに 「俺はあと2、3年で死ぬから、 あとはまぁおまえたちが、うまくやってくれ」 って、必ずそう言ってました。 聴いてる弟子たちは 「ああまた今日も、あんなこと言ってるよ。 でもきっと師匠のほうが長生きするぜ。 結局、弟子全員のお通夜に 参列してたりして(笑)」 なんて言ってたので、なお突然って感じでしたね。 「あ、ほんとにいなくなっちゃった」と。 呆然としながら、でも間違いなく談志はいない。 しばらくは、バタバタとボゥーとの毎日で、 何してたんだかの一年程でしたが、 最近は、その自分自身も還暦に近いと気づき 俺もいつどうなるかと考え始めたら、 イライラしてる時間さえも、 もったいない気がしてるんじゃないんですかね。 |
糸井 | ああー、なるほどねぇ。 |
志の輔 | だいたいが、落語のことを考え、 まとまらずイライラしてるってことがほとんどですね。 私の弟子たちは、 イライラしてないほうがうれしいでしょう。 弟子は、基本的には放任主義ですが、 相談に来れば、楽屋でも車の中でも気がついたときに、 いやというほど説明してますけどね。 最近は落語以外の話も、 少しずつするようになりました。 |
糸井 | お弟子さんたちと、ふつうの会話を。 |
志の輔 | そうですね、 今のうちに言っておかなければ‥‥ って、遺言か(笑)。 同じ落語の話でも、 以前は、間やセリフの言い方などの 演出の話が多かったんですが、 特に二つ目の連中 (志の吉・志の八・志の春・志のぽん)には 自分の落語が、 ほかの落語家と何が違うのか、を意識するように、 江戸前だ、上方だ、という前に 「日本」という落語やってくれ‥‥なんて。 あら、結局は、落語の話しかしてませんね(笑)。 |
糸井 | ですから、ふつうの会話っていうのが、 もう、ぜーんぶ落語のことなんでしょうね(笑)。 談志さんが亡くなってから、 ほかに何か志の輔さんの中で変わったことは? |
志の輔 | そうですねぇ‥‥ 以前は、落語も、落語会も、 すべからく目標が「数」だったですね。 |
糸井 | 数を、一所懸命。 |
志の輔 | たとえば、落語会の開催を 47都道府県ぜんぶ回ることが目標! とか、 全国の芝居小屋や能楽堂を すべて回りきってやろう! とか、 ふるさと富山の全市町村を一年で回りきるとか(笑)。 企画達成感の気持ちよさに、 支えられてる時期がありましたね。 |
糸井 | そうですか。 |
志の輔 | ところが最近、 ネタの数や、会場の種類を増やすことより、 自分の落語、自分にもっとも似合う空間、演出。 とにかく、東西800人もいる落語界で、 「俺だからの落語会だぜ」 これ、これに向かってるわけです、いまは。 江戸っ子談志のように、高座に登場した途端に、 後から江戸の風が吹く。 それだけでいいじゃないですか。 私が登場すると、ホタルイカの香りが(笑)。 「いかん、これから江戸前の落語をやるのに」 と(笑)、 それなりに密かな落ち込みだったんですが、 まてよ、違うな。 それも大事だが‥‥ 生粋の江戸前ってそんなに大事か? 由緒正しい大阪弁ならそれだけでいいのか? それより大事なのは、理屈抜きに面白い、 聴き応えのあるオリジナリティが あるかないかだろう、と。 |
糸井 | なるほど。 |
志の輔 | それこそ、日本中のほとんどの劇場、 ホール、公民館、神社仏閣‥‥やりましたねぇ。 能登半島で、海の上のステージの高座でまで(笑)。 本当の話ですけど、これはまた別の機会に。 今年8年目の、渋谷パルコ劇場で新春1ヶ月公演。 下北沢本多劇場でも20年。 赤坂ACTシアターや東京国際フォーラム。 歌舞伎常連の国立大劇場や新橋演舞場でも。 挙句の果てに、 今年は新生・大阪フェスティバルホール、 2700席とは思えない密度の濃い空間で、 高座で演者の私が酔いしれました(笑)。 でも、そんな私の行動の噂を、 もし今、談志が聞いたら、 きっと、こう言うと思いますよ。 「どこでやるとかってことが問題じゃねえんだ。 俺の場合、俺がしゃべる場所、 すべてが、神殿になるんだ」って(笑)。 |
糸井 | ああーー。 |
志の輔 | 本当に、亡くなってから 細かいことまで、いろいろ思い出しますね。 |
糸井 | 亡くなってからじゃないと通じなかった。 |
志の輔 | いつでも会えるときっていうのは、 落語「よかちょろ」のギャグじゃないけど 「お前のは、聞いてんじゃなくて、 聞こえてるだけなんだよ」 って、やつだったんですかね(笑)。 |
糸井 | 「もう聞けない」と気づいたときに、 受け手としての本気度が変わるんでしょうね。 |
志の輔 | ええ‥‥変わるというか、気づくというか。 |
糸井 | ぼくも昔より、 亡くなった人のことを思う時間が長くなってるんです。 どうして死んだ人のことをこんなに考えるんだろうと びっくりするくらいに。 そして思うことはやっぱり、 亡くなって完成することはあるんだな、と。 |
志の輔 | そうか〜〜、亡くなって完成。 |
糸井 | 「もう聞けない」ということは、 けっこう大事なんだなぁ、と。 |
志の輔 | 亡くなった後のほうが、 より鮮明に言動がよみがえってくるというのも 不思議なもんですね。 |
糸井 | 生きてるうちには、 そんなに真剣には考えないですからね。 |
志の輔 | ‥‥聞いときゃよかったんですよね。 生きてるうちに。 落語のことや、人生のことや、 いっぱい貯めたであろう お金はどうしたんですか? とか(笑)。 山ほど聞きたいことがでてきちゃった。 |
糸井 | そうやって聞くことを逃し続けるんです、人ってね。 |
志の輔 | 逃し続ける‥‥そういうもんなんですねぇ。 |
糸井 | そして、自分も同じ経験をさせるんですよ。 「志の輔さんにもっとちゃんと聞いときゃよかった」 と思われることに、ぜったいなるんですよ。 |
志の輔 | うーーーん‥‥ だからといって、自分の弟子を集めて、 「いいかおまえら、今から俺が言うことは 俺が死んだ後に、 お前たちが必ず聞きたくなることだから、 よく聞いておけ!」って、 そういったところで、きっと弟子たちは‥‥ |
ふたり | 聞かないですよねぇー(笑)。 (つづきます) |