おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。



楽しい食事のはじまりは、
予約の電話をしようと
電話の受話器を持ち上げた瞬間から始まっています。
ボクはそう信じています。

でも、全てのお店にとって予約は必要か?
‥‥そうじゃありませんよね。
ファミレスやファストフードに行くのに
ワザワザ予約の電話をする人はいないでしょう。
でも、これから行こうとするお店が
いつ行っても余裕で席が残っている程度の、
目茶苦茶混んでる店ではないとしたら?
そんな店でも予約の電話を入れる必要が
あるんでしょうか? どうでしょう?

まず、何回通おうが
マニュアル通りのサービスしか受けられない
ファミレスみたいなチェーン店の場合は
予約の必要、全くなしです。
だからここでは忘れておいて結構。
電話代に値しない行為です。もったいないだけ。
そのお店がどんなに混んでいようが、
予約の必要はないし、
何しろ予約の電話を受けた人がびっくりしちゃいます。
なんでうちみたいなお店に予約するんですか? って。
「行ってすぐ座りたいんです」
と言ったって、
「それじゃあ、なるべく早く来て並んで下さい」
って具合に言われちゃいます。
だって彼らは
「予約していただくことのメリット」を
お客様に差し上げることができないから。
スタッフは、そうした教育もされていなければ、
そうした特別の価値も持ち合わせていないから、
予約しても仕方ない、ワケなんです。


予約は何のためにするのかな?

じゃあ何のために予約しなきゃいけないんでしょう。
予約って何?
なんだろう、本質的に‥‥?

本来、予約という手順は、決して、
「自分の座る椅子、テーブルを確保するため」
にするものでは、ありません。
このことを、まず覚えておいてください。

ならば、なんのためにすると思いますか?
それは、「これから行くお店の情報収集」と、
お店に対する「自分というお客様の情報提供」の
ためなんだ、というコト。
初めての店の場合にはこの双方をまんべんなく。
お馴染みになったらなったで、
この前までの情報更新のために。

つまり、前行った時と今度行くであろう時の自分は
どのくらい違うのかという情報提供と、
逆にお店の状態がどのように変わっているのか?
という情報収集のために、
やっぱり予約は必要なんです。

お店と自分の先味対決…、って要素もあるかな?

売り込み合戦。

お店もお客様も、どっちも結局、
自分がより得したいわけですものね。
そういう意味で、レストランで食事する、というのは
正々堂々とした戦いのようなものであり、
初動の情報戦を制するものが、
きわめて有利に戦局を描くことができるわけです。

そのくらいの覚悟で臨むと、楽しいですよ!

だから少々の真剣さと少々のテクニック、
そしてたっぷりの元気とウィットで
臨むこととあいなりましょう。

じゃあ実践。

「完璧なる諜報活動は
 完璧なるタイミングを必要とする」
まずこれが最初のテーマです。


まずは、電話をかけるタイミング。

電話の向こう側を想像しながら電話します。
予約にはインフォメーションだけじゃなく、
イマジネーションが必要なんです。
実は情報収集に関して、
今という時代はとても便利にできていますよね。
そう、あなたがいまこの記事を読んでいるインターネット。
飲食店の情報誌だってあります。
いろんなメディアを駆使して、
いろんな情報をいとも簡単に手にできます。
‥‥あっけないくらい簡単に。
住所、営業時間、電話番号、コース料理の内容、
下手すればお店のインテリアの雰囲気まで、
一昔前なら行って見なきゃ
わからなかったような情報まで、
家にいながらにして手に入れられるんです。
やっぱり便利な世の中です。

でも自分がこれから電話しようとしている店の、
“今の状況”はどんな具合なんだろう?
ということは、わかりませんよネ。
ここで、イマジネーションを働かせるコトを怠ると、
とんでもないことになります。
ここ注意です。

例えばお昼の12時15分、
今晩の予約を取りたいから、と
電話をかけたとしましょう。

あなたは昼休み。
コーヒー片手に電話をかけます。
のんびりと。
その店を発見した情報誌の
まさにそのページを開いて傍らに置き、
受話器を耳に当てて待ちます。
呼び出し音がします。
2回、3回。
‥‥5回続いても出る気配がなく、
10回目程でやっと応答。
「‥‥お待たせしましたっ!」
と言う声が、息せき切って聞こえてきました。
なんとか予約の旨を伝えたものの、
電話の応答は事務的で、
用が済んだらガシャンと切られてしまいました。
あなたは思います。
ええっ? いいんだろうか、
あんな応対をする店に予約しちゃって!
雑誌ではサービスのすてきな店って書いてあったのに。
本当にいいんだろうか?
どうしよう。

多分あなたはその店に行くまで不安で仕方なくなるはず。
つまり先味が大いに損なわれた…ということになります。

何故でしょう?

間違いの始まりは、
あなたがレストランが一番忙しい時間帯に
電話をかけてしまった、ということにあります。
そもそもランチタイムなんてただでさえ忙しく、
その忙しさは話題の店なら尚更のことでしょう。
電話に出る暇があったら
いま来ているお客様の世話をしていたいわけです。

「なんだかそっけない電話の応答だったな」
と、あなたが勝手に判断したとしても、
これはお店の責任ではありません。
イマジネーションが欠如した悪いお客様の仕業‥‥
というコトになります。
結果、あなたというお客様の先味も、
またおおいに損なわれることになった訳です。

そうならないためには?
お店の人が余裕を持って
電話に出られそうな時間帯を選んで
電話をすることです。
お店の人がワタシの電話を心待ちにしているような
時間帯を選んで電話をしてみる、
という具合になれば最高です!

その時間は?
午後2時から3時、或いは夕方の5時前後です。
これがレストランに予約をすべき良い時間

というコトになるでしょうネ。

前者は昼間の仕事が終わった充足感と
安堵感に満たされたシアワセな時間。
後者はこれから始まる夜の営業に向けて
闘志満々で元気に満ちた時間。
どちらもあなたの電話が心地よく響く時間です。

「お待たせしました…、レストラン○○です。」

あなたも、まず名乗りましょう。

「サカキと申しますが、
 予約をさせていただきたいと思います」


必ず名乗る。絶対名乗る。

最悪な予約のスタートはいきなり
「○月○日に予約したいんですけど…」と告げるコト。
どこの誰か分からぬ人間に売る席はありません。
‥‥と、まあいくらなんでもそこまで
言われるコトはないだろうけど、
でもどこの誰か分からぬ人からの電話に対しては、
親密さではなく警戒心で対処しようとするのが
普通の感覚でしょう。

あなたの家に電話がかかってきて、いきなり
「ねぇ、元気?」って言われたら、
なんだこいつ、って思うはず。
それと同じ。
だからまず自分の名前を言いましょう。
初めての店であっても、
電話の相手が見知らぬ人であっても
構わずまず名前。


「サカキと申しますが」

電話を通して初めての人と話をするのは不安です。
でも不安なのは電話をかけているあなただけじゃなく、
それを受けている電話の向こう側の人も同じコト。
だからまず名前を告げ、
相手に自分に対するイマジネーションを働かせるための
ヒントとしてもらう。
だから名前を言うんです。

で、そこが初めての店であればすかさず
「初めてなんですが」と続けてみます。
正直が一番です。
そこで相手の感触が良ければ
「雑誌で見てとても感じの良い店だと
 思ったものですから」とか、
「友人が行ってすごく良かったよって
 言っていたものだから」とか伝えてみましょう。
お世辞のために言うんじゃありません。
そうした会話を通して、予約を受ける側は、
正しくイマジネーションを働かせるための
ヒントを収集することが出来るんです。
これから予約しようとしているあなたが
どんどん身近な存在として
感じられるようになってくるのです。

「あなたの先味」作り‥‥ですね。

ところで素敵なお店と言うのはどういう店なんでしょう?

ボクはレストランの素敵さのかなりの部分が、
その空間を満たすすべての人が醸し出す
空気感に依存しているように感じられます。
どんなにインテリアがお洒落で、
どんなに料理が美味しくても、
ただ一組の、
その店にとって不適切なお客様がいることで、
その店は素敵と呼べなくなる。

だから素晴らしいお店は、
素晴らしいお客様と
一生懸命の従業員だけで満たされるべきであって、
だからお店の人達は
「異物のような人を排除する」コトに必死になります。

実はコレが予約の電話の向こう側の人の頭の中を占める
大きな部分なんです。
「お客様を選ぶ」
と言うとなんだか嫌な感じ、と思うかもしれないけれど、
お客様が不快な状況に陥らないように、
お客様を慎重に選別し、
来ていただきたいお客様に優先的に客席を配分する。
必要じゃないですか? そうした姿勢。
だから受話器を握っているボク達は
「あなたのお店にとって
 ワタシ達は必要なお客様なんです」
というコトをアピールしなきゃいけません。

だからこそこの予約の出だしの数秒間は重要です。


電話でお店の情報を仕入れましょう。

予約の出だしの数秒間は、
重要であると同時に、せわしなくもあります。
というのもこうして自分の情報を適切に伝えると同時に、
お店の情報も収集しなきゃいけないから。

今、予約しようとしている店は、どんな店なんだろうか?
元気に満ちあふれた、若々しい店なんだろうか?
それとも落ち着いて厳かな大人っぽい店なんだろうか?
電話かける前に手に入れた情報と、
電話をとった声の第一印象や、
受話器を通して感じられる電話の向こうの気配などを
総動員してその店の雰囲気を想像するわけです。
映画で言うところの予告編を見るような瞬間ですネ。

実際、ボクは何度もこの予約の電話の
レストランの第一声の印象が
あまりにひどくて陰鬱で、
ごめんなさい、間違えました、
って言ってそのまま電話を切ってしまったことがあります。
たまたまその電話を取った人の具合が
その日、悪かっただけなのかもしれないし、
そんな些細な部分で店全体を判断するのは
良くないことかもしれないけれど、
でもヒントは大切にしたいんです。
自分のイマジネーションに合うような店を
丁寧に選びたい。そう思いますから。

その点、馴染みの店に電話をかける、
という行為は楽しくて仕方がないですね。
せわしげに取った電話に対して、
「ごめんなさいね、まだ忙しかったんですね」
と会話を続けることができる、というのは
なんと幸せなことでしょう。

だから、馴染みの店をもつって、いいんですよネ。

電話で軽やかにあいさつをし、
その場の雰囲気を満喫する。
そしてこの店こそが
自分が席をリザーブするにふさわしい店である、
ということが確認できたら、いよいよ
「予約という実務」がスタートすること、となります。

お店とあなたとのエレガントにして
厳粛な決闘の始まりです。


次回は「予約の実際」をお届けします。
さああなたは、座りたい席が確保できるでしょうか?

illustration = ポー・ワング

2003-07-16-THU
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