おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。




こんにちは、サカキシンイチロウです。
今日は「レストランを予約するコトによるシアワセ」の
具体的な例を紹介したいと思います。
ボクがハワイのホテルで体験した
ちょっとしたお話です。

朝食を予約するのって、ばかばかしいかな?

オアフ島のホノルルで、素晴らしい食事を、
より素晴らしい食事にしようと思ったら、
やはり目の前にダイアモンドヘッドと
ビーチがなくてはなりません。
ワザワザ日本からハワイまでやってきた日本人としては
この部分にこだわりたくなるのは仕方ないことでしょう。
といっても、観光客がドッサリたむろしていて、
ここはアメリカの一部分であるはずなのに、
英語よりも関西弁が幅を利かせていたり、
或いはこれ見よがしのポリネシアン趣味と
ハワイアン音楽で満たされた
かつての常磐ハワイアンセンターのような環境では
決してない場所で、ネ。

上質のリゾート空間としてのダイニング環境に、
ダイアモンドヘッドとビーチの気配が
プラスされたレストラン。

ワイキキにはこうした条件を満たすレストランが
5箇所ほどあります。
そのほとんどは、ホテルのダイニングルームで、
当然のことながらランチタイムとディナータイムの予約は
非常に取りづらくなります。
少なくとも、ハワイに着いてから予約、
というのでは、「素晴らしい」という程度の食事はできても
「より素晴らしい」体験にまで
辿り着くことは難しいんですね。

でも、そんなレストランも、
誰もが楽しめる時間帯があります。
そう、「朝食」です。
こうした人気レストランでも
「朝食」の時間帯はそんなに混むことがありません。
リゾートでくつろぐ人の朝はユックリ‥‥、
ということなのか、
どんなに混んでいても
少々待てば着席することができます。
だからボクはホノルルで
ダイアモンドヘッドを堪能するために、
朝、早起きして、そんなレストランに足を運んでいました。
大抵の場合、予約もしないでフラッと気の向くままに。

ボクが母と一緒にホノルルに行った時のことです。
そうしたレストランの一軒で朝食をとろう、
と予定した前日の夜、
たまたまボクはそのレストランの近所まで
来ていたこともあり、
人一倍セッカチで待たされることが嫌いな母のためにも、
そうだ、明日の朝の予約状況でも聞いてみようか?
と、そのレストランのレセプションに足を運びました。

「明日の朝食の予約ってもう入ってますか?」

レセプションの彼女は予約確認票を見ることも無く、
イイエと答え、
ご予約していただけるのであれば
お客様が最初のゲストになります、
と笑顔で返してくれました。
それまでは予約の必要性は
感じてはいなかったのだけれど、
でもあまりにその笑顔が素敵に美しかったものだから、
思わず

「では9時から二名で…」

とボクは答えました。
9時でもいささか早いかなぁ、と思いながら
「了解」の声を待つボクに、彼女はこう言いました。

「もし歩いておこしになるご予定であれば、
 できれば8時半までに
 お越しになるのがよろしいかと思います。
 なぜなら明日は9時前後に
 大きなシャワー(にわか雨)がやってくる、と
 さっき天気予報で言ってましたから」

うん、なかなか気が利くじゃないの、
このレセプショニスト、と思い、ボクは続けました。

「じゃあ8時半でお願いします。
 サカキといいます。
 S・A・K・A・K・I、…サカキです」

続けて

「テラスでダイアモンドヘッドのよく見える席を
 くれるかなぁ、実は母と一緒だから」
 
すると彼女はなにやらレセプションブックに記入しながら
こう言いました。

「わかりました、ミスターサカキ。
 お母様のために完璧なテーブル
 ワタクシがご用意させていただきましょう」

ボクは意気揚々と部屋に帰り、
翌朝、同じように意気揚々とその店に向かいました。
母と一緒に。

さて、ボク達が案内された席は?

入り口では何組かのお客様が待っています。
待つのは嫌だわ、と、心配顔の母に、
大丈夫だよ、昨日予約したから、と告げます。
名前を言うと即座に

「お待ちしておりました、ミスターサカキ」。

母は笑顔で背筋が伸びましたネ。

「お待ちしておりました」

という言葉を聞いて、あらためてボクは思いました。
そうか、ボク達はこのお店の人達から
「待って」もらっていたんだって。

入り口で待つ人達に軽く会釈してダイニングホールに入り、
彼女の言う「完璧なテーブル」に向かいました。
意気揚々と。

そのレストランには目の前にダイアモンドヘッドと
ビーチしか見えない、素晴らしいテーブルがあるのを
ボクは知っていました。ですから、
ボク達はてっきりそこに案内されるものと
思っていたのだけれど、
そこはあっさり素通り。
そして若干奥まったテーブルに案内されました。
いささかボクは失望したのですが、
でもボク達のテーブルはそれなりに素晴らしく、
圧倒的でないにせよ
目の前にはダイアモンドヘッドと白い砂浜があります。
完璧、とは決して思わなかったけれどもネ。

絞りたてのオレンジジュースがサーブされるころ、
それまで晴れていた空が急に分厚い雲で覆われて、
昨夜の彼女が言った通り、
物凄いシャワーがやってきました。
プールの水面が泡立つほどに大粒の雨に、逃げ惑う人。
果たしてその後から客席に案内される人の
殆どがびしょ濡れで、
なるほど、完璧なるテーブルは、
完璧なるタイミングとセットになって
はじめてその実力を発揮するんだ、
って思いました。
8時半にしてよかった。
母もかなりご満悦でした。

でもびしょ濡れながらもボク達の後からやってきた
騒々しいだけのアメリカ人ファミリーが、
目の前のダイアモンドヘッド鑑賞の特等席に座って
写真をバシャバシャ撮り始めるや、
母は言いましたネ…。
「やっぱりアメリカは白人の国なのね!」
ボクも口に出しては言わなかったけれど、
そうかもな、って思いました。
せっかくいの一番に予約までしたのに、
あの席はもらえないんだものな。

目玉焼きの焼き加減は完璧だったし、
母のフレンチトーストだって素晴らしい出来でした。
気を取り直し、今日一日の予定を相談し始めた
その瞬間、雨が上がりました。
手のひらを返したように強い日差しがさしはじめ、
一瞬にしてテラスのほとんどのテーブルが、
赤道直下クラスの直射日光に照らされます。
太陽の下のテーブルのお客様は、
それまでの笑顔が怒ったようなしかめっ面になり、
(怒ってるわけじゃありません、まぶしいのです)
ダイアモンドヘッドを眺めるのにも
手で庇を作る羽目になります。
例の特等席の白人のご婦人方は、
無礼にもサンブロックのローションを取り出し
塗り始める始末です。みっともないよネ‥‥

そこで、ボク達は、気づきました。
ボク達のテーブルが、実は
「今日このタイミングでは最高の特等席なのだ」
ということに。
そう、ボク達のテーブルだけは、
そうした喧騒からは無縁だったのです。
なぜでしょう?
ボク達のテーブルの横にある
大きな木が日よけになって、
本当に何故だか、僕らのテーブルだけに
心地よい影が落ちていたのでした。

風が吹く。
葉っぱがそよぐ。
波の音と一緒になって、
母は、
「もう暫くここで時間を無駄遣いしましょうか…。
 せっかくのハワイなんだから」。

ボクはコーヒーを注ぎなおしてくれる
お店の人にこう言いました。
「素晴らしいテーブルをいただけて、今日はうれしい!」
すると彼は声を潜めてこう答えました。

「ミスターサカキ、
 私どものテラスにはテーブルが14個、
 その中でダイアモンドヘッドが
 正面に見えるテーブルは6つあります。
 幾つかのテーブルの横に、ほら、
 ごらんいただくとわかるでしょう?
 木が何本か植わっております。
 季節によって、
 太陽の位置によって、
 そしてその日の気候によって、
 これらの木が落とす影の位置が微妙に変わり、
 日差しが心地よく感じるテーブルが決まるのです。
 今日の午前中は、まさにこのテーブルが
 素晴らしい日差しと、
 素晴らしいダイアモンドヘッドを
 同時に楽しむことの出来る、唯一のテーブルなんです。
 ご予約いただいて、本当にありがとうございました。
 ミスターサカキ」

母は彼に握手を求め、
ボクは勘定書きの金額に
25%のチップを乗っけてサインしました。

客席を確保するだけならば必要のなかった予約です。
でも予約するというほんの小さな行為が、
完璧なるタイミングと
完璧なるおもてなしに守られた、
完璧なテーブルをボクにくれたと言うコトです。

予約とはそういうものなんです。

面倒臭がらずに予約をしましょう。
そしてその予約は全身全霊を傾けて、
細心の注意と最高の朗らかさをもって、頑張りましょう。

それはそうとあなたは今、
何時に予約をいれようと思っていますか?
「夜7時ちょうどでお願いします…」
と言おうとしているのであれば、
来週まで待って。
次のパラグラフを読んでからにしてください。
次回は「予約時間」のお話ですから。


illustration = ポー・ワング

2003-07-31-THU

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