おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。



さあ、行きたいお店に電話をかけたあなたは
希望の時間に希望の席を予約することができました。
さっそく、同行の友人(でも、恋人でも)に伝えます。
「この前、一緒に行こうって言ってたレストラン、
 あの日程で予約が取れたよ」
「うわーっ、良かったね。楽しみだね」
・・・と、これで終わっていませんか?
それだけじゃ、準備不足。
いや、まあ、食事はそれでじゅうぶんできますけれど、
「それだけじゃつまらない」でしょう?
今日はそのための演出のお話です。


予約した人は、
同行メンバーに
お店の情報を伝えましょう。

レストランで食事する、
というのは特別のことがない限り、
二人以上で食事する、ということだと
ボクは考えています。
どこで何を食べるかも大切だけど、
誰と何を食べるか? の方が
もっと大切になるんじゃないか、
と思うんです。

たまに、こんな光景に出会ったりします。
若い男の子と女の子が一緒に食事してるんだけど、
つまらなそうに別々の料理を
バラバラに食べている。
二人なのに一人。
または、数人のグループで会食して、
楽しいはずなのにその人だけ一人ぽっちのような
疎外感を漂わせていたり。

これはそこに集まっている人達の期待感が
てんでバラバラだから起こる問題なんだと思います。
今日その日にその場所に集まっている人たちの、
その店に対する情報とか認識が一緒じゃないから
取り残される人が出て来るんじゃないか、
と思うんです。

だから人を食事に誘う立場にある人、
特に自分でその店の予約をし、
とりあえずその瞬間は一番多くの
その店に対するヒントをもっている人が、
それを他の参加者に伝えることは義務でもあり、
礼儀でもあります。

電話で予約した時の印象。
お店の人から言われたちょっとした一言。
そんないろんな事柄を事細かく伝えて、
そしてどうしようか相談しましょう。


テーマを決めて
服装を考えてみようよ。

ボクはその時に
「テーマを決めてシミュレーションしてみる」
ということをしたりします。例えばこんな具合に。

どうも今度のレストランは
外国人もターゲットにした店らしいぞ。
だって予約の電話を受けた女の子、
日本語がたどたどしかったもん。
料理はキューバンアジアで、
ニューヨークっぽいらしいよ。
多分、IT系の国籍越えた系
エグゼクティブ狙いの店なんだろうな。
ならどうだろう、ボク達もそんな会社の
若いけど取締役候補、
みたいな感じで行ってみないか?
シンガポールに本社がありますって具合で。
だったらやっぱりスーツは細身に仕立て上がった
イタリアン・メード、
黒にピンストライプみたいな具合なら
いけてんじゃない?

・・・とかということを話しながら盛り上がり、
みんなでそのテーマに沿った装いで集まります。
ドレスコードを自分たちで考えて決める、ってことです。
その日の食事のコンセプトを考える、
と言ってもいいかもしれません。

レストランビジネスの人たちが
店を作る際に大切にするのが
「コンセプトワーク」です。
どんな人のどのようなニーズにあった店を
どうやって作ろうか、のような事が
「コンセプトワーク」。
そうしたお店でお店の人たちの意欲と
エネルギーに負けないように楽しもう、と思ったら、
お客様サイドも自分のことを
コンセプトワークするくらいの
前準備があってもいい、っていうコトです。

これがうまく行くと、かなり面白いですヨ。
その日、何げなく集まって
「おいおい、なんでそんな格好して来るんだよ」
なんて喧嘩にもならない。
それに何より実際にレストランに行く前に、
一度、そのレストランで食事してみたような
気分になれて得したね的楽しさもあります。
もしみんなのシミュレーションが見当外れで、
みんながみんな、その場で浮いた存在になったとしたら
それは悲しいけど、でも一人じゃないんだ、
この失敗はみんなの失敗、ぐらいに気軽に笑い飛ばせます。
だからお薦めなんです。

女の子同士でも今日は丸の内系で攻めてみようか、
次は広告代理店風にしてみようとか思いながら
盛り上がることができます。
楽しいでしょう?

夫婦で外食する時だって、
今日は不倫カップル風で行ってみましょうか、
どうもそんな大人の危うさを売り物にした
色っぽい店みたいだから、なんて具合に
自分で自分をプロデュースできる
お客様がどんどん増えると、
日本のレストランはもっともっと楽しくなると思います。

もっと単純に今日はイタリアンレストランに行くから
イタリア人みたいな感じでいきましょうヨ。
お洒落なミラネーゼな雰囲気で!
というのでもいいんじゃない?

今日は中国料理だから、中国人みたいに
食べ散らかして大声でしゃべって手鼻を噛んで・・・
っていうのは嫌だけどネ。

でも「テーマを持ってみんなが集まる」というのは
とても素敵なことだと思います。


お店の人たちと
仲良くなれる第一歩です。

お店で働いている人も、
目の前のお客様の正体を見破ろうと必死になります。
こうした謎掛けと謎解きこそが、
そのレストランが「自分の店」になって行く
プロセスなんだから、楽しまなくちゃ損ですよ。

ボクはレストランビジネスの端っこを
コソコソ歩いている存在だから、
なるべく自分の正体がばれないようにしています。
その方がそれぞれのレストランの
本来の姿が分かったりするから、
無名のボクのほうが好都合なんです。
でも無名であっても「顔」はなきゃいけない訳だから、
それぞれのお店でその店に好都合な顔を勝手に作ります。

楽しいよ、自分と違う別人の時間、
自分で作り上げた架空の人の時間を
生きることができる。
自分でもなかなか
うまくやり通すことができるもんだな、
と感心するんだけど、
それでもやっぱり、通っているうちに
正体がばれちゃいますネ。

「サカキさん、レストランの関係者なんですってね!」

でも、たいてい、もっと仲良くなれます。
だって正体ばれちゃうまで通い詰めるということは、
ボクがその店をとても好きだということだし、
ボクの正体を見抜くほどボクのことを
観察してくれるお店の人達は、
ボクのことが好きに違いないから。
だからとても上手くやってけるんです。

さて次回は、今回の続き。
「お店の人が期待するお洒落は?」っていう話題です。

illustration = ポー・ワング

2003-08-14-THU

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