ボクはレストランデートの待ち合わせ場所として
最も優れた場所は、
「本屋」さん、だと思っています。
意外ですか?
理由は簡単。どこにでもあるから。
もっといい理由が、「ただ」だから。
そして時間をタップリつぶすことが出来るから。
‥‥本屋さんごめんなさい、立ち読みの勧めみたいで。
でも、
「どこそこの駅前のなんとかっていう本屋さんで
待ち合わせしましょう!」
と言う、この一言そのものには
あまり特別な意味がないでしょう?
だからいいんです。
例えばこれが何々デパートの一階、
ルイ・ヴィトンのブティックで、
と何気なく言った貴方は、
彼に物凄いプレッシャーをかけたかもしれません。
逆に「○○ホテルのロビーで」と
言ってしまった貴方は、
電話を切ってから不安にかられるかもしれない。
‥‥なんか変な勘ぐりをされたかもしれないな、って。
駅前で本屋さんよりもっと幅を利かせている銀行の前?
味気ないですね。
消費者金融ローンの看板の前?
そんなこと言われたら、もうそれだけで多分、
このデートは失敗の予感がするネ。
で、本屋さん。
せっかくだからちょっと早めに行ってみましょう。
それでお店の中をゆったり、歩いてみる。
今日の食事のことを考えながら。
どんな話題で盛り上がろうか?
そんなことも考えながら。
パリのあるレストランで、
こんな夫婦にあったことがあります。
年の頃、50の後半。
日本人の夫婦でした。
正確に言うと、男女のカップルですから
夫婦でない可能性もあったのですが、
これから述べるエピソードから判断するに、
十分に夫婦であろうと確信が持てるカップルでありました。
裕福な人生を絵に描いたような二人、
と言えばイメージできますか。
殿方は仕立ての良い服を着て、
ご婦人は落ち着いた装いで、
ちょうど以前話した
「ハンサムな紳士、エレガントなレディー」という、
海外の日本人には珍しい空気を放ったお二人で、
粛々と食事を進めてらっしゃいました。
ナイフフォークを操るマナーも完璧。
料理を食べる。
お互いの目を見合わせて、
美味しいネ、という確認作業を無言で行いながら、
一皿を平らげ、テーブルがきれいになると、
次の料理がやってくるまで、終始無言で、
そして再び次の料理が運ばれるや、口に運んで、
眉を上げる仕草で「美味しい」を語り、
そしてまた無言になる‥‥の繰り返し。
|
紳士はなぜ無言だったのか?
レストランはパニックに。 |
そうした行為の繰り返しが一時間を越える頃には、
レストランのホールを差配する支配人が
パニックに陥ったのがわかりました。
自分たちの料理を楽しんでいただけているならば
彼らはなぜ無言なのだろうか?
料理に不手際があったのではないか?
何かサービスの不都合で気に触られたのではないか?
というようなことを彼らに告げています。
当の紳士はなかなかのフランス語で、
「いや、そんなことは無い。十分、私達は満足している」
と答えつつ、でも二人は始終、無言のままでした。
まるで明治時代の日本人のよう。
挙句に困った支配人が、同じ日本人のボクを見つけて
「大丈夫なんでしょうか、あの二人は」
と、聞いてくる。
それほどレストラン中はパニックだったんですね。
店の従業員ばかりか、他のお客様も、
もしかしたらあの二人はこれから
大喧嘩を始めるんじゃないか。
この無言は嵐の前の静けさなんじゃないか?
というような、心配で怪訝な目を
彼らに向けているのがわかりました。
僕も、あんまり大丈夫か、大丈夫か、
とうるさいものだから、面倒くさくなって、
「日本の男性というもの、
人前でむやみにご婦人と話をして、
高笑いをしたり、
感情をさらけ出したりしないようにと、
教育されている。
ボクなどは堕ちこぼれの日本人だから、
そんなことお構いなしに喋ってるけど、
多分、彼は素晴らしい教育を受けたのだろう」
なんて、どうでもいい受け答えをしました。
ボクとしてはそんなことに煩わされずに、
目の前のフォアグラとイチジクのソテを
早く口に頬張りたくて仕方なかったんですから。
だから無責任に答えて、
ついでにそのテーブルを見てみたら、
デザートを待つ紳士の首が、
コックリコックリ揺れていました。
‥‥寝てたんだ!
美しい女性と素晴らしいデザートを前に、
居眠りができ、しかも三時間近い無言の空間を
共有できる、という関係は
よほど以心伝心の運命の男女か、
あるいは倦怠期を乗り越えた夫婦で
あるとしか考えられない。
で、彼らは後者だとボクは思ったんだネ、その時。
この話の教訓は、
レストランの人たちをパニックに落としいれないためにも、
数時間分の話題の種を仕入れておく。
これがレストランに向かう準備の一つでもある。
ってことです。
だから、本屋さんは「話題の宝庫」。
レストランに行く前の待ち合わせのひと時を過ごすのに、
これほど、素晴らしい場所は無いんです。
時間潰しをかねて、話の種の仕込める場所。
いいでしょう?
出来ればいつも読んでいるのとは
違った本とか雑誌を手にとって、
ペラペラ数ページ、めくってみる。
そしてもっと出来れば、
これから一緒に食事する人が読んでいそうな雑誌を見てみる。
あなたが女性だったら、車とかカメラの雑誌を読んで、
へぇー、こんな新商品が出てるんだ、なんて
たわいも無く思ってみる。
あなたが男性だったら、それこそ山のような
女性誌が本屋さんの一番目立つ場所に置いてありますから
どれでもいいから手にとって、
ふーん、て思ってみる。
この「ふーん」が、これから始まる数時間のエピローグです。
そうやって本を眺めていると、
相手があなたを見つけてくれる。
あれっ、なんで時計の本なんか読んでるの?
って言われたら、
「いや、なんか目に付いたものだから」
なんてはぐらかしながら、
そっと食事中に聞いてみるといい。
「トゥール・ビヨンって凄いの?」
もし彼が時計のことが大好きだったら、
もうそれからの一時間はあっという間に過ぎてくネ。
楽しい会話で‥‥。
二人共通の話題で盛り上がりたければ、
旅行雑誌なんか読んでるといいのかな?
憧れのリゾートホテルの特集かなんか。
料理雑誌を読んで、フランス料理を食べに行くつもりが、
すっかり頭の中が中国料理になっちゃってどうしよう、
って言うのも困りモノだけど、でも
「次は中国料理を食べたいよネ。
さっき見てた雑誌にこんなお店がのっていた」
なんて話題は、食欲増進のために
とてもふさわしい話題だったりもする。
「婚約指輪特集」の写真ページを
食い入るように眺めている。
それだけはやめましょう!
恐ろしすぎる。
ダイエット特集? うーん!
今晩の楽しい食事を、
もっと楽しくするためのヒントを共有する。
そういう視点で、本や雑誌をめくってください。
かなり楽しい待ち時間になりますよ。
それに何より、「楽しい会話の花が咲いている」、
これはレストランでサービスしている人たちに
「もっといいサービスをしてあげよう」
と思ってもらう、一番の元気の素だったりもします。
件の、無言の夫婦が陣取るテーブルと、
中国料理の話題で楽しげに盛り上がるテーブル。
あなたならどちらのテーブルを
優先してサービスしますか?
「何かお困りですか?」
そんな一言から始まるサービスなんか誰もしたくない。
「中国料理ですか!
私、とっておきの中国料理屋さん、
知ってるんですヨ。シェフが友達で。
ご紹介しましょうか?」
‥‥そんな一声をお客様にかけたくて
仕方ない人が働いているのが
良いレストランなんです。
さあ、素敵な人に会いに行きましょう。
素敵な時間を過ごしに行きましょう。
さあ、次回は「何を持っていく?」というお話。
あなたの手の中には何があるでしょう?
素敵なお客様になるためのワンチェックをしておきましょう。
illustration = ポー・ワング
|