おいしい店とのつきあい方。 |
メニューを眺め、注文を決める。 レストランにおける最もスリリングな時間でしょうね、 間違いなく。 メニューの読み方を説明するとなると、 かなりの労力と努力を必要とします。 だからスキップ。 分からないことがあればお店の人に聞けばいい訳だし、 そうしたお店の人とのコミュニケーションこそが 注文を決定する際の醍醐味だから、 ボクがとやかく言うことはやめにします。 ただメニューは 「解読するものじゃなくて、感じるもの」 だということ。これだけは言っておきます。
往々にしてメニューには 専門用語がたくさん潜んでいて、 その意味を一つ一つ解読していこう、とすると どんどん憂鬱でつまらなくなってきます。 それじゃぁ、お任せのコースにしちゃいましょう! ってことになっちゃって、 それは「料理を味わう楽しみ」の 3分の1を放棄したことになる、とボクは思います。 覚えていますか? 先味、中味、後味。 その先味の最後の仕上げが メニューを眺め、料理を一旦、頭の中でイメージして 味わうという行程なのですから。 イメージする。つまり感じる、ということですネ。 例えば商品名を口に出して朗読してみる。 そんなことでもかまわないんです。 だいたい優しくて軽やかな料理は その名前も軽やかだし、 力強い料理ならば力強い名前をもっています。 不思議と口に出して読んでみるとわかるもんです、 その料理の性格が。 大声でみんなが一斉に読み上げ始めたりしたら お店の人も面食らうだろうけど、 一人が読み上げる、みんなで目を閉じて それを聞きながらイメージする。 頭の中に思い浮かんだそのイメージを 一人一人が説明し合う、 なんてことを繰り返して行けば、 なんとか自然にメニューなんて 分かっちゃうもんだとボクは思ってます。 安心して。 本当に分からないことはお店の人が教えてくれますから。 それから今日のお薦めとか、 このお店の名物料理だとか、 そんなことはニコニコしながら お店の人を見つめていればどんどん教えてくれますから。
ただ何をおいてもお店の人に聞かなくちゃならないのは 「どう選べばいいですか?」ということ。 特に初めてのお店では 何皿頼むのが適切なのかは聞かなくちゃわかりません。 「何を頼めばいいですか?」と聞くのは お客様としての義務を放棄する恥ずかしいことだけど、 このメニューにのっかっている料理を どのように組み合わせるのが いちばん満足しやすいのか? ということは 聞いて恥ずかしいどころか、 聞かなきゃ損なことなんだネ。 メニューには大抵、 コースとアラカルトの両方が書かれてあります。 コース、というのは シェフがお客様に出した宿題の 模範解答のようなもので、 そのお店の料理の傾向とか、 何皿くらいで満足出来るのか、 あるいは幾らぐらいの予算で楽しめるのか、 といった情報が詰まっています。 あれこれ考えるのが苦手な人は それを頼む、のも良いでしょう。 往々にしてコースはお値打ちに出来ているし、 お店側も準備万端ですから 比較的早く食事にありつけ、 比較的短時間で食事を追えることが出来ます。 それがありがたい、という人は 迷わずコースをお願いするといいでしょう。 でもボクは模範解答よりも個性的な答えを好む、 十分な臍曲がりなものだから、 初めてのお店でも、アラカルトから頼んでやろう、 と思うようにしています。 メニューを開きます。 コース料理の内容に一瞥を投げ、 その構成を頭の中に叩き込みます。 おもむろにページをめくり、 アラカルトの料理一品一品を吟味します。 コースとアラカルトを見比べながら、 自分ならどういうコースを組み立てるだろう? などと思いながら、 メニューの端から端を行ったり来たりします。 そうしながら、なんだかやっぱり コースの方がお得だな、 あるいはアラカルトに何だか面白みがないな、 というような理由で コース料理という模範解答を 選んでしまうこともあるけれど、 それってなんだか誰かが書いてくれた作文を いやいや読んでるような気分にされるから、 やっぱりあんまり好きじゃないんです。 アラカルトの中に 「自分を待ってくれている料理」を見つけようと、 一生懸命頑張ります。 必要な情報をいろんなヒントから獲得しながら、 ひたすら悩みます。 時には、何十分でも悩みます。 ボクも食べたいものが決まらず20、30分、 あれこれ悩み考えこんでしまうことは日常茶飯事です。 決して恥ずかしいことじゃないし、 それ自体も楽しく食事することの一部分であるので、 どんどん悩むべきだとボクは思ってます。 ‥‥なんだけど、そんな時はまずとりあえず グラスでいいからシャンパンか何かを とってあげましょう。 スマートだし、お店の人もほっとします。 何よりシャンパンのアルコールの魔力を借りて 頭がトロントロンにならないと、 いくつもの魅力的な料理名の中から 今日の一品を選び出す、なんて芸当が できるはずないんですから。 それに何もないテーブルで メニューを開いてただひたすら 何かを相談し合う景色なんて、 まるで魔法使いの集会のようで あまり美しいものではない、と思いますしネ。 だから、シャンパン、 カジュアルな店ならばビールでも可、 当然、シェリーでもマティーニでも全然大丈夫、 を頼んで、ひたすら悩みましょう。 途中、数分おきに 「どうですか? 決まりました?」って お店の人がくるかもしれないけど、 そんなプレッシャーには動じず、 ひたすら心行くまで悩んで結構。 決まってもないのに決まった振りして 「前菜はこれで、でもメインディッシュは どれにしようかなぁ」なんて、 お店の人をかたわらに立たせっぱなしにしたままで あれこれ悩むのは野暮だし、 忙しいお店の人に対して失礼だから、やめましょう。 正直に「どれもおいしそうなんで悩んでいます」と 答えましょう。
全員の注文が決まったらお店の人に来てもらいます。 この時に「すいません」なんて言わなくても大丈夫。 メニューから顔を上げ、 目が合った人にうなずく合図をすればいい。 こうした楽しげで 貪欲なお客様が座っているテーブルからは、 お店の人は目が離せなくなっているはずだから、 簡単にお店の人の目は探せます。 わざわざ探さなくったって メニューをテーブルの上においた途端に 誰かが飛んでくるはず。 しかもほほ笑みと一緒に。 さあ、やっと注文が聞けるぞ。 ってわくわくしながら飛んで来てくれるはずですね。 迷いに迷って、やっと決まったこの人達は どんなふうにこの店で楽しもうと思ってくれたんだろう、 って、勇んで飛んで来てくれるはずです。 ところで、散々悩んだあげくの注文で、 誰かの注文に続いて 「私も同じもので結構です」 と言うのだけはやめましょう。 「で結構です」なんて! それじゃあ悩んだ意味もないし、 うちにはそれ以外に おいしそうなものがないと判断されたのだろうか? って、お店の人はとても絶望的な気分になるだろうから。 実は一つのテーブルの注文が全部同じという状態は 厨房で料理を作る人にとってはとても楽な状態です。 分かりますよね、同じ料理を何人前か 一度に作ればそれで済むのだから。 逆に4人が4人とも別々の料理を頼む、 というのはかなり厄介。 一度に4つものことなる行程を 同時進行させなくちゃ駄目な訳で、 手間もかかるしなによりも緊張を強いられます。 だからとても忙しく特別な努力しなくても お客様が来てくれる、例えばクリスマスなんかには、 クリスマス特別コースなんてのがあって、 みんなが同じ料理を同じ時間に食べ始めて 同じ時間に食べ終わるようなことが起きちゃうわけ。 同じテーブルの人達が、どころじゃなく 同じ店中の人達が同じものを同じように食べる。 まるで結婚披露宴の退屈な時間を わざわざ高いお金を出して自ら進んで選ぶようなことを させてしまうのはなぜか? というと、 やっぱりそれが楽だからなんだネ。 でもやる気と才能のある料理人は、 大変でめんどうな注文をするお客様の前でこそ 自分の才能を120%発揮することが出来るもの。 ボクはそう思います。 なにより自分が作る料理を一品でも多く、 できればメニューの隅から隅を 全部食べ尽くして欲しい、と思うのがシェフであり その店で働く人達の総意である訳だから、 なるべく別々の料理を取って上げるようにしましょう。 そして、注文するときは、 注文を取りに来てくれた人の顔を見て、 にっこり笑って一人一人がはっきりとします。 一人がみんなの注文を まとめて言うようなことは絶対にやらないように。 だって料理を注文するというのは、 お店とお客様が結ぶ契約のようなものであって、 私は自分の責任において食べたいものの 意思表示をしましたよ、 だからあなた達も責任をもって 私を楽しませて下さいね、ということだから。 意思確認はあくまで一対一でやるものです。 団体交渉は許されません。 なにより、熟練した客席係は、 注文を受けながら 「そのお客様」の注文が多すぎないかとか、 その人にふさわしいか判断しつつ、 なにか心配なことがあればその都度、 アドバイスすることを仕事としています。 厨房の作り手とお客様、 この直接コミュニケーションすることの出来ない 二人の通訳役をしているのが彼らなんだから、 彼らにその仕事を存分にしてもらうために、 自分の注文は自分でしっかり、はっきりと。 似通った味の料理が続くような選択をした場合には その旨を告げてもらえるだろうし、 なにより彼らが望むような組み合わせで注文を組み立て、 そう告げた時には 「すばらしい選択です」とか、褒めてももらえますヨ。 プロから褒められるって、何たる幸せ、何たる光栄。 だから、自分の注文は自分で、ね。 ところで隣のテーブルに目移りするのは駄目? やっちゃいけないバッドマナーなんでしょうか? 次回はそんなお話。 illustration = ポー・ワング |
2003-10-30-THU
戻る |