おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。


注文を首尾よくし終えたら、一息いれて、
今、座っているテーブルの周辺を眺めてみましょう。
そして大きく息をして、
お店の香りでおなかを一杯に満たしてみる。
グーッ、とおなかがなるはずですネ、その瞬間に。
実際に料理を待つ食べる前に、
空腹であることを実感する。
ああ、私のおなかはこんなにも空いているんだ、
ということがわかると、
もう料理が来るのが待ち遠しくて仕方なくなる。
早く体の中に美味を放り込みたくて仕方なくなる。
空腹感は、最良の調味料であるのであって、
だから思う存分、今の空腹を楽しみましょう。

料理を味わう前に、まずお店の雰囲気を味わう、
ってことですね。
先味完了、中味スタート。
専門的にはそういうことです。

待つときはお行儀よく、
背筋を伸ばしてネ。


ところで、皆さんがこうした手順を踏んで
たどり着いたこうした店であれば、
注文した料理がすぐやってくる、
ということはまずありません。
マクドナルドじゃないんだから、
料理は注文してから作り始めるものであるから、
すぐにありつける訳がないんです。
だから、待ちます。

大切なのは「待つときの姿勢」です。
背筋をしゃんと伸ばす。
肘は付かずに膝の上か
軽く両手を握ってテーブルの上に。
足は組んじゃいけません。
それでいてリラックスして「見える」こと。
これが大切です。
これが基本姿勢です。

日本人にはお洒落な洋服を着こなすのが難しい、
とよく言われます。
ファッション雑誌のモデルさんや
ショーウィンドーの中のマネキンが着ていると
格好よく見える洋服が、
実際に袖を通してみると違って見える。
着る前にイメージした姿と、
似ても似つかないあまりの惨状に愕然としたりします。
特に男性がスーツやジャケットを試着したときは
それが顕著で、たいてい、こう言い訳するものです。

だって体格が違うだろう?
西洋人は背も高いし腕も長い。
足だってすらっとして
お尻だってクリンと小さく持ち上がっている。
東洋人の俺が着たら、この程度になるのは仕方がないよ。

まあこれはかなり当っているし、
僕達のDNA上のあるミスプリントをうらんでも
仕方ないので、
みんなは変だぞと思っても我慢して買いますよね。
こんなもんだ、と思いながら。

でも、本当に日本人は西洋人に比べ
体格が顕著に劣っているか? と言うと、
ボクはそんなことは無いと思っています。
例えばイタリア人。
彼らは僕らと同じように足が短く背も低く、
僕ら以上に腹にたっぷり脂を巻いて、
太くて短い首に汗をにじます。
なのに彼らのスーツやジャケットの着こなしは、
惚れ惚れするほど美しいんです。
映画「ゴッドファーザー」のどのシーンの
どの出演者をとっても
理想的な体型をしていると言うわけではないのに、
かっこいい。そんな感じ。

どうしてか? と言うと、
彼らは一様に背筋がしゃんとしているんです。
女性も男性も背中が一直線にすっと伸び上がっていて、
まるで天井から一本のピアノ線が
頭を吊り上げているかのように見えたりします。
男性はそれに加えて胸板が厚く張っていて、
だから彼らはすばらしく服を着こなすことができるんです。

一説には、イタリア人の食事時間というのは
世界でももっとも長い部類に属し、
子供の頃から一時間や二時間は
悠々として食卓に張り付いていなくてはならなかった。
そうした日々のトレーニングが
彼らの背筋を世界でもっとも丈夫な部類にまで
発達せしめた、‥‥のだそう。

うーん、悔しいネ。
日本人もイタリア人のように背筋をしゃんとさせ
食する習慣を、あと二世代も続ければ、
イタリア人のようにお洒落が
できるようになるかもしれません。
そう思ったら、今日の晩ご飯から実践ですネ。

背中を従業員のために。
胸元は一緒に食事する人のために。
肩は非常事態を伝える信号として。


料理を待つときの姿勢、
あるいはその発展形としての食事をするときの姿勢を、
こう考えてみてはどうでしょう?

背中を従業員のために。
胸元は一緒に食事する人のために。
肩は非常事態を伝える信号として。

レストランの客席で働いている人にとって、
それぞれの食卓のお客様の現在の状態を
どこを見て判断するか?
表情? 見えないですね。近づかない限り。
ウェイターやウェイトレスの目に
最初に飛び込んでくるお客様の情報は「背中」です。
だから背中は従業員のために!
凛として姿勢を崩さず食卓に向かう人を見た従業員は
どう思うでしょう?
真剣に作った料理、真剣に行ったサービスに対して
真剣に立ち向かってくれるすばらしいお客様、
と思うでしょう。
何よりも自分を律するトレーニングをしっかり果たした、
尊敬に値する人間、として見てくれる筈。
しっかりと伸びた背筋には
まず優先的にサービスしたくなるし、
ゆるぎない後姿に拍手したくなる気持ちで一杯になります。

食卓に肘をつく?
レストランに来る前に
フィットネスクラブにでも行って
背中を鍛えていらっしゃい。

それでは一緒に食卓を囲んでいる人たちは、
あなたのどこを見て時間をすごすのか?
というと、それは胸元ですネ。
顔? そんなもの5分も見たら飽きちゃいます。
何よりそれほど親密でもない人たちが、
顔だけを見つめ続けるなんて、
恐ろしい光景でしょ?
かといってテーブルクロスの柄だけを一生懸命見ている。
‥‥気の進まないお見合いじゃないんだから、それも駄目。
で、胸元です。
相手に対して関心を持ちつつ、
不躾で無遠慮じゃない適切な場所といえば、胸元なんです。
男の人が発明したネクタイというものは、
非常に正しく「あなたに無関心じゃないんですヨ」
と言う目線を作りだすのに優れた服飾品です。
一緒に食事する人をおもてなしするつもりで、
胸元をせいぜい、華やかに彩る努力はしましょう。
レストランのお洒落で、
どんなに素敵なスカートをはいても意味が無い。
あまりに短すぎるスカートというものは
斜め前に座る見ず知らずのオジサンに対しては
特別な意味をもつのだろうけど、
それはそれで厄介なもの。
だから胸元。上半身です。

肩?
どういう意味かというと、
肩という部分は上半身の中で
一番饒舌にその持ち主の感情を表現する場所なんだね。

肩を落とす。
肩を張る。
肩を怒らせる。
肩で風を切る。
肩の荷が下りる。
肩をすくめる。

ざっと考えただけでこれだけの肩に絡んだ表現があります。
料理を食べた瞬間、肩を落としたお客様。
お店に入ってきた瞬間、肩を張ったお客様。
‥‥びっくりするでしょ?
もしあなたがその店で働いていたら、
お客様の肩の表情が気になって仕方ないはず。
だから、もしもの時のために
「肩の力」は取っておきましょう。
というコトは?
肩の力を抜いて、みんなで楽しく。
これが肝要! なによりスマートに見えるんです!

これで「待つ」姿勢は完成です。
次回は、さあ、まず手に取るのは‥‥
そう、これはわりとみんなが悩む
「ナプキン」です。
あなたは、どのタイミングでナプキンを取りますか?

illustration = ポー・ワング

2003-11-27-THU

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