おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。



テーブルの上に置いてあるナプキンは
どのタイミングで手に取ればいいんだろう?
悩んだことはありませんか。
テーブルについたらまずナプキンを取る、
と書いているマナーブックもあるし、
いやいや何か一番最初に
口に入れるものが出てきた時でいいんだよ、
という人もいます。

ボクはこう考えるようにしています。

ナプキンはライブパフォーマンスにおける
「ステージの幕」である。

待つときはお行儀よく、
背筋を伸ばしてネ。


劇場に入るでしょう?
ロビーや劇場のしつらえを悠々と眺めながら、
プログラムに目を通しながら、
今日はどんなパフォーマンスを
楽しむことが出来るんだろう、と思っていると、
幕の後ろからオーケストラの
チューニングの音が聞こえたり、
大道具の最後の調整をする音がしてきたりと、
いろんな気配を感じながらドキドキしますよネ。
緞帳があがると同時に、
それまでの期待が一挙に現実となって
ボク達を襲う‥‥というのが、
ビデオや映画なんかでは味わうことの出来ない、
ライブパフォーマンスの醍醐味です。

レストランでお食事、というのも
まるで同じくライブパフォーマンスの一種だ、
とボクは思ってるんです。
店の設(しつら)え、メニューを眺めること、
厨房から料理を作る気配を感じること。
劇場における「待ち」の状況と
驚くほど似ているでしょう?

劇場にあってレストランに無いもの、
それが「幕」であって、
レストランにおける劇場の幕=ナプキンだ、
とボクは考えているんです。

贅沢だとは思いませんか?
劇場の幕は観客に有無を言わせず一斉に上がります。
でもレストランでは、お客様が自分の意思で幕を上げ、
下ろすことが出来るのです。
まあそれだけに演ずる方の苦労は
大変なものなんですけれどネ‥‥。

私はもう料理を楽しむ準備が出来ました、
という合図にナプキンを取る。
大抵が注文をし終えた後、
ということになるでしょう。
お店によっては、一番最初に
アミューズと呼ばれるお通しのような小さな料理が
出ることがあるけれど、
そんな時以外は、注文をし終えたときで大丈夫。
ああ、一仕事終えました、
あとは美味しい料理に身を任せるだけ、
というような安堵感と一緒にナプキンをひろげる。
これが一番スマートでしょう。

幕は、いったん上げたら
最後まで下ろしちゃいけません。


ナプキンの扱い方に関する様々な面倒なことは
いろんなマナーブックに書いてあるでしょう。
だからココでは言及するのはよしましょう。
ただ覚えておいて欲しいことがひとつ。

「一旦、幕を上げたら、
 舞台が終わるまで下ろしちゃいけませんよ!」

レストランで食事の幕を下ろす、というコトは
ナプキンを始まりの状態まで戻すということ。
つまり一旦、ナプキンを膝の上にひろげたら、
食事が終わるまで絶対、食卓の上に戻さない、
と言うコトです。

食事をしていて中座する必要に迫られることがあります。
トイレに行く。
化粧直しをする。
あるいは急にかかってきた携帯電話を取る。
いろんな場面で中座する必要性に襲われることがあります。
そんなとき、ナプキンはどこに置くか? というと、
椅子の上にクシャクシャと丸めて置いておく。これは
「まだ私は食事を堪能している途中です。
 このナプキンをワタシの身代わりに
 おいておきますから、よろしくネ」
という合図です。

何人かでテーブルを仲良く囲んでいるときはまだしも、
もしあなたが一人で食事していて、
なんかの都合でテーブルを立ち、
その後にキレイに畳まれたナプキンが
テーブルの上に乗っかっていたら、
戻ってきたとき、
間違いなくお店の人が飛んできます。
お勘定書きを抱えて、
「お客様、何か不都合がございましたでしょうか?」
と心配顔に飛んできます。
気をつけましょう。
そんなつもりはなくても、
ナプキンをテーブルに戻すと言うことは
舞台においての幕切れを意味する行為なのですから。

東京の西新宿、超高層ビルのホテルの
最上階のダイニングレストラン。
夜になるとジャズのライブが入るバーを併設した、
恐らく日本で最も景色が良く、
またアメリカンスタイルのスマートなサービスが売り物の
‥‥とここまで書くと勘のいい方は、
ああ、あの店だなと思われるでしょう。
その店のランチタイムは、
前菜とデザートがバフェ(Buffet)、
メインディッシュが厨房からサービスを伴って、
という変則的なシステムで、
またそれが人気を呼んでなかなか予約の取りづらい
話題のレストランです。
バフェ、というコトはセルフサービスですから、
どうしても席を立たなくてはなりません。
一回の食事で少なくとも前菜の時に一度、
デザートの時に一度と、二回は席を立つことになります。
そのたびにナプキンをクシャクシャと丸めて
椅子の上に残します。
レストランの真ん中の壮大なバフェカウンターの
料理に心奪われて、しばしテーブルを空にして、
戻ってくると、あーら、不思議、
ナプキンがきれいに畳まれてテーブルの上に置いてある。
最初はそんなこともあるのかなぁ、と思いながら、
でも再び席を立って戻ってくると、
またナプキンがきれいになってお皿の上にのっている。
どうしたんだろう?
怪訝な顔で、まわりを見渡す。
見ると隣のテーブルでお客様が立ち上がった瞬間、
ウェイターがやってきて、
クシャクシャのナプキンを畳み直して
テーブルの上に置いている。
‥‥これがここのサービスです。
サービスがなってないんじゃないんですよ。
戻ってきたお客様は、ボク達と同じように
怪訝な顔をしながらも、再びナプキンを
パンとひろげて食事を始めています。
そう、このレストランは、
何度も何度も幕を上げることが出来る楽しみ、
何度も何度も、いらっしゃいませと言われる楽しみを、
たったナプキン一枚で演出しているんですネ。
素晴らしいことでしょう?

最後は「クシャ」でOK。
でも美しく、ネ。


ナプキンでのメッセージは、世界共通の言葉です。
中座するときナプキンを無造作に椅子の上にポン。
帰ってきたときにそれがキレイに畳まれて置かれていれば、
自分達はお店の人から気配りをされている、
という証になります。
しかもです。
自分が残してきた同席の仲間は、
ナプキンを畳みに来てくれたお店の人と、
一言二言、会話を交わしていたに違いない。
バフェでないかぎり、
中座という行為は申し訳ない行為であるけど、
でも「サービスと会話のキッカケを椅子の上に残した」
というコトで帳消しになるんじゃないかな?
と思ったりもします。
だからナプキンは椅子の上にクシャ!

食事が本当に終わって、お勘定も終わって席を立つとき、
その時はテーブルの上にナプキンを。
同じように無造作におきましょう。
「ご馳走様!」の合図です。
ナプキンはどのように使ってもいいけれど、
その最後の瞬間、あまりに見苦しく汚れた布切れを
テーブルの上に残したくはないでしょう?
だから、口をぬぐうにしても気を使って、
美しく汚れるように工夫しましょう。
なんといっても「幕切れは美しく」、これが大切です。
(その方法は‥‥? それはこの連載の範疇外。
 あなたの手近のマナーブックの
 「ナプキンの使い方」の項目を参考にして下さいネ。)

さあ、ナプキンをパン! と開いて、
幕を上げましょう。
あなたとあなたの友達と、
そしてレストランの素敵な人たちとが繰り広げる
素晴らしい舞台の始まりです。

次回からは、これもなかなかの難題とされる
「ワイン」のお話をします。
あなたは、どんなふうにして、選んでいますか?

illustration = ポー・ワング

2003-12-04-THU

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