おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。


ところでワインって、
だいたいいくらぐらいのものを
どのように選べばいいんだろう?

ワインにすごく詳しい人ならともかく、
ふつうなら、誰もが浮かべる疑問ですよネ。

そんな時、まず自分は今日、
どんな目的と期待感をもって
レストランに来たのかを思い出してみましょう。

1)食事することが目的でレストランに来た。
2)食事を楽しむのが目的でレストランに来た。
3)食事と贅沢な気持ちを味わうことが目的で
  レストランに来た。
4)特別な出来事を祝うつもりでレストランに来た。
5)酒を飲みに来た。

レストランを使う際の言い訳の代表的なものを5つ、
挙げてみました。
ワインに配分されるべき予算は、
これらの利用動機によって決まるんですね。

目的とワインの値段の関係。
これは覚えておきましょう。


まず「食事することそのものが目的」の時、
例えば食堂で定食を食べる、というような場合です。
このとき、基本的にワインは必要じゃない。
予算=限りなくゼロ、ということでよいでしょう。
お腹一杯になることが目的なのですから。
ただ、というのか、だからというのか、
この時、濃密なサービスは期待しちゃいけない。
期待すべきはおいしい料理であって、
サービスではない、と割り切る姿勢が必要です。

次いで「食事を楽しむのが目的」の場合、
その楽しみの中には
「気の利いた会話」と「素敵なサービス」が
必須条件として含まれているはずだから、
ワインは欲しいところですね。
たとえば二人で食卓を囲んだとしましょう。
ワインを1本、あるいはあまり飲めなければ
ハーフボトルを1本、というのが現実的な分量でしょう。
予算は、1人分の食事代、と思ってみてはどうでしょう。
例えば、3800円のプリフィックスを頼んだら
一本4000円前後のワインを頼む。
これがちょうど良い料理と
ワインの品質のバランスだと思います。
だから、3800円のコースを売り物にしているのに、
一番安いワインでも6000円以上、
とかというワインリストを持っている店は
誠意のない店だ、と思っても良い。
大体、レストランのワインというのは
料理とのバランスでそろえられるべきであって、
高ければいい、というものじゃないから。
どんなに美味しいと言われ、
流行と思われているワインでも、
自分のお店の料理とバランスが悪いものであれば
取り扱わないことが、
良識あるレストランのすべきことなんですね。
一人前の料理よりも遙かに高いワインばかりを置き、
売りたがる、という店は
ワイン好きを対象としたワインバーであって
レストランではない、そう思っても良いくらいです。

「贅沢な気持ち付きの美味しい料理」を食べに来た、
という場合には、ちょっといいワインを奮発しましょう。
予算は同じテーブルを囲む人たちの料理代金の総合計、
と考えると良いでしょう。
さっきの店であれば、
3800円のプリフィクスを2人で食べて
7600円だから、ワインは8000円前後。
そこそこによろしい出来のワインが楽しめる値段でしょう。
もし3人で行ったとしたら、
3800円×3=11400円というワイン予算。
これを一本で豪勢に費やすか、
それとも6000円前後のワインを2本飲むか。
徹底的に悩みましょう。
例えば、1杯1200円のグラスシャンパンを
まず1杯ずつ飲んで、8000円前後のワインを抜く、
という選択肢も考えられます。
どのプランで行こうか考え始めると
もうてんやわんやの大騒ぎになるはずです。
お店の人も巻き込んで、徹底的に悩みましょう。
「贅沢な気持ち」の中には
「楽しく悩む」も含まれているのですから、
心おきなく悩みましょう。

「何か特別な機会の会食」となると、
ワインに費やす予算の考え方はきわめて柔軟になります。
もう「懐の許す限り」という具合になるのですが、
でも、料理とのバランスを
あまりにも無視する訳にはいきません。
ワイン1本当たりの予算は1人分の料理代金の
せいぜい2倍まで。
これがスマートな考え方です。
後は何本飲むか、の問題になるでしょう。
程度をすぎて、ひとり2本も
ワインをあけてしまうような状況は、
すなわち「酒を飲みに来た」状態ですからネ。

これでめでたく5つの代表的なレストランの使い方別
ワインの予算に関する一考察の完了、
ということになります。
それでは次に、
「どのようなワイン」を選べばいいのか?
を考えてみましょうか。

あなたはあなたの好きなワインを。
それがいちばんです。

じゃ、どうやってそれを探す?


ワインの頼み方にはいろんなルールがある、
と言われています。
曰く、
「料理に合わせるとすれば」ああとかこうとか、
「季節を考えると」どうこう、
「このワインとあのワインの相性が」なんだらかんだら。
ひとつひとつ覚えていると頭の中が一杯になっちゃって
毛穴から溢れ出しちゃいそうなほど、
いろんなルールがあります。

アドバイスです。
そんなものとりあえず忘れちゃいましょう。

そうしたルールは、
ワインを飲むことを仕事にしている人だったり、
1年に100本以上もワインを飲む生活を
している人だとかが、勝手に考え出したことであって、
私達はもっと純粋に
「自分の好きなワインを飲む」
ということに徹すればいいと思うんです。

まじめに勉強するにしても、経験をある程度積んでから、
でいいんだと思うんです。

私の友人に非常に聡明な女性がいます。
彼女はレストランに行くとき
必ずハンドバッグの中に
2枚のエチケットを入れていきます。
エチケットというのはワインのラベルのことです。

ちょっと脇道にそれてもいいですか?
フランスの王朝時代、現代人の感覚で言うと
恐ろしく不潔な時代だったと言われます。
例えば、驚くことにベルサイユ宮殿にはトイレはなかった。
お丸をまたいで、排便したらその内容物を庭にまく。
これが当然であった時代です。
そんな時代の晩餐会‥‥!
それはそれは大変な出来事だったのでしょう。
だって宮殿に招かれた人たちは貴婦人であれ騎士であれ、
自然に呼ばれると庭の灌木の間に入っていって、
用を足すほか、術がなかった。
それがひとりやふたりなら
問題にもならぬことであったのでしょうが、
大きな晩餐会となると何百名もが勝手に
いろんな場所で用を足す。
そりゃあ、シャンゼリゼ通りにおける犬の糞、
どころの騒ぎじゃなくなります。
困った、というので、宮殿の特定の場所をトイレと決め、
それ以外のところで用を足すのはご遠慮いただきたい、
という意味の札が立てられました。
その札の名前がエチケット。

この話にはエレガントバージョンがもうひとつあって、
それは宮殿の庭でご婦人方に贈るための
花を手折る紳士が余りに多く、
庭師がココでは花を摘まないように、
と札を立てたのがエチケットの語源、
というものなんですが、
ボクは人間としてより切実な逸話の方が面白くて好きだな。

時代が流れ流れて、
「人前でしてはならぬことと、
 しなくてはならないことの境界線」
の集大成である、現在のエチケットという言葉の
これが語源になりました。
また一方で、「内容を示す札」という、
もともとの言葉の意味そのままに、
ワインのラベルを表す言葉にもなったんです。
豆知識ということで、今度、
ワインを抜くときにひとくさり、
使ってみてくださいネ。

で、彼女は5000円で飲んで
ものすごく美味しいと思った
カリフォルニアワインのエチケットを1枚、
もうひとつは1万円と値段が張ったけれど、
自分のワイン観を決定づけたと
心から信じている北イタリアのメルロー系の
ワインのエチケットを1枚、
バッグの中に忍ばせて、戦いに挑むのですね。
これからワインを頼もうと言う段になると、
やおらその日のお料理の予算に合わせて、
どちらか一枚を選んでお店の人に手渡しながら、
「私はこのワインがとても美味しいと思ったのですが、
 今日、お願いしたお料理に合うもので
 このワインに近いものがあれば
 勧めて頂けませんか?」と言うんです。
笑顔を添えて。
彼女はこのエチケットの裏側に、
今までいろんなお店で勧めてくれた
そのワインに近しい味わいの、
しかしながらそれぞれ異なる特徴を持った
ワインの銘柄をお店の人に書いてもらいます。
だから、そのエチケットには
何枚かの紙切れがくっついて分厚くなっているのですが、
それを確かめると
たいていのお店のソムリエは襟を正して、
彼女の好みに合いそうな素晴らしいワインを
セラーから数本、抱えて出てきます。
そして一本一本、丁寧に説明をしてくれ、
根気よく、彼女のリストの
最後の一行を飾るにふさわしいワインを選ぶ
手伝いをしてくれるんですね。
時にそれは南半球の一風変わったものであったり、
フランスのへんてこりんな
ヴィンテージのものであったり、
思いもよらぬサジェスチョンに出会ったりするけれど、
彼女はそれを確実に思い出に変えてゆく。
お店の人に書いてもらった最後の一行の傍らに、
必ず一言自分の感想を添えて書き、
日付を書いてバッグに戻します。
お店の人のサジェスチョンを信じて、
失敗したことはないの? と聞くと、
「失敗も立派な思い出」と胸を張って言います。
そしてその時はコメントの代わりに×印をつけて、
次の1本を選んでくれる人へのヒントにするそうです。

彼女はそれを宝物のようにしています。
それで彼女はワインの知識が豊富になっているか?
というとそんなことはないのがご愛敬。
「ワインの勉強はしないの?」と聞くと、
「そんなことしたらソムリエさんの仕事が
 なくなっちゃうじゃない。
 私はいろんな人からワインの話を聞くのが好きで
 レストランでワインを頼むんだから、
 自分の楽しみを自分でなくしてしまうような
 余計な努力は一切しないの」
と言うんだね。

そう。
僕たちはワインを楽しめばいい。
難しく考えるのでなく、楽しめばいいんです。
予算と好みという明確なガイドラインを決めさえすれば、
あとはお店の人と共同作業。
身構えるのは損。
心構えさえしっかりしていればそれで良し。
そう思えばいいんです。

今日は長くなりました。
次回は‥‥まだまだ「ワイン」が続きます。
ワインの楽しみ方、を。


illustration = ポー・ワング

2003-12-18-THU

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