おいしい店とのつきあい方。 |
あなたは首尾よく、 今日の気分にぴったりのワインに ありつくことができました。 さあ、どう「楽しみ」ましょうか? 是非、銘々に今、口の中にある ワインの印象を言葉に出して言ってみてください。 どんなつまらないことでもいいですよ。 気が付いたことを自分の言葉で。 私はこう思う、と。 一口含んで、 「草原を吹く風の匂いがする」とか? ちょっとかっこよすぎるかもしれないですね。 じゃあ草原を吹く風の匂いってどんな匂いよ、 って言われるかも。 そんなこと説明しようがないに決まってるけど、 でもそんなことを言ってみましょう。 例えばそれに続いて、 「うん、わかるわかる、時折、 カウベルがカランカラン鳴るのが 聞こえるって感じかな?」 「柔らかな風味に乗って無機質な刺激、 ってことね。 ワタシ、好き。このワイン」 「そうかなぁ、私には土っぽく感じるなぁ。 草って言うより土?」 「ふーん、じゃああなたのとこだけ多分、 草が枯れて土が剥き出しになっちゃったのよ」 で、一同爆笑。 ははは、安っぽい舞台の シナリオのようになっちゃったけど、 これこそ素晴らしい暇つぶしでしょう?
ボクのお気に入りのレストランで 笑い話のような出来事がこの前ありました。 なかなかに美貌の女性が 中年の男性を伴ってやって来ました。 さまざまな状況に目をつぶれば 「女性が男性に伴われてやって来た」 というのが適当なのだろうけど、 ボクは断じてそのような月並みな表現は取りたくはなく、 その堂々たる態度、一貫したイニシアティブの取り方、 なによりも手慣れた注文の作法を目の当たりにすれば、 彼女が彼氏を伴って来たという事実は一目瞭然。 おねだりされた男はもう彼女の言うなり。 ワインリストに一瞥くれるやいなや、 驚くほどのワインを頼みます。 もちろん、高いやつネ‥‥! 誇らしげに大声でそのワインの名を告げるから、 店中が「おおっ」というどよめきに包まれました。 注文のワインが、セラーから届きます。 一瞥。 ラベルを指でなぞりながら 「いいビンテージよネ。軽やかな年」 と一言。 ほれぼれしたね。 嫌みだけど、なかなかのおんなっぷり。 抜く。 注ぐ。 当然、テイスティングワインは彼女の手元で、 そこからが見物だったね。 彼女の、そのグラスを頭上に掲げて ぐるぐる回す様(さま)。 フラメンコかなんかを踊り始めるのかと思った。 それくらい勢い良くグラスを回す。 それもグラス底を見つめながら。 目が回ってワインを飲む前に 酔っ払ってしまいそうなほどぐるぐるグラスを回して、 ゴクっと飲む。 音がするくらいね、勢いよくゴクっとやって、 バタンとグラスを置いて、こう言い放った。 「思ったほどじゃなかったわ。 別のをちょうだい、もっといい奴」 ワインを抜いてそれが気に入らなかったら 別のを貰うことは失礼でもなんでもないんだよ、 とよく言われるし、ボク自身、 テイスティングに際して50回に一回くらいの割合で、 これ変ですね、替えて下さい、と言いたくて 仕方ない衝動に駆られることがあります。 ‥‥でも、できない、そんなこと。 それを、このおんな、軽々としやがった、 とびっくりしたね。 うらやましくはなかった。 ただびっくりした。 彼女達が帰ってそのお店のマダムに、 ああいった場合、2本分のお金を頂戴するんですか、 と聞いたら 「本当は3本分、貰いたいところなんだけど、 2本分で我慢したわ。本当に失礼しちゃうわよね」 と言いました。 で、2本目はどんなワインを出したの? と聞くと 「たいしたことないけど高いだけのワイン。 うちの料理には合わないんだけど、 たまに有名なワインはないのか、とか、 高けりゃいいんだってお客様がいらっしゃってね、 そんな人のために置いてあるの。 嫌いにならないでね、うちのこと。 これも商売だから」って。 ああ、どの店も大変なんだな、って思いました。 客商売って大変なんだ。 嫌われたかったらこの客を真似しましょう。 お店の人に塩をまかれたかったら、 横柄な態度で知ったかぶりをしてみましょう。
レストランで提供されているあるとあらゆるものは、 「良い・悪い」とか「正しい・正しくない」 という基準で云々されるものではないんです。 味にしたって量にしたって、 すべて食べる人の好みで良くもあれば悪くもなります。 だから料理とかワインとかは 「好き嫌い」で判断されるべきであり、 感情に素直になれないかわいそうなおじさんたちは 必死でヴィンテージがどう、とか産地がどうとか、 挙句の果てに1本何万円だとか、 という知識と情報を頼りに注文したり 評価を下したりしがちになるんです。 これはね、男が好きな車を云々する際に、 必ず排気量が何ccだとか 最高時速がなんだらかんだらとか、 性能スペックを基準にしなければ 評価の一つもできない退屈さに似ています。 レストランのさまざまを車のように語るのは 大きな間違いです。 なのにワインを車のように語りたがる人が非常に多く、 それは心からレストランを楽しむことができない 退屈な人達が、 そうじゃない幸せな人達に仕掛けた巧妙な罠、 だとボクは思う。 だからのっちゃいけません。 男性より女性の方が外食を楽しむことができる、 と言われるのは女性の方がより 「好き嫌い」という感情に忠実だからです。 食べたらその時の感覚を正直に言葉にしてみる。 2人で同じ物を食べ、 2人がそれぞれの感想を言い合えば、 そのおいしさは2倍になります。 3人なら3倍、4人なら4倍。 これがレストランで食事する醍醐味なんだね。 だからこんなことを言ったら笑われるかもしれない、 とか素人と思われたらどうしよう、とか心配しないこと。 知ったかぶりは駄目だけど、 萎縮して自分の感じたことも言えないようでは 情けないというものです。 ワインのテイスティングは お店の人とお客様との 信頼関係の始まりの儀式でもあります。 自ら抜栓したワインを口に含み 味わうお客様を心配げに見つめるソムリエの目を見て 「素晴らしいです」と穏やかに答える瞬間は、 ワインが素晴らしいということでなく、 あなたを信頼いたします、 あとはよろしくお願いします、 と告げる瞬間であるんです。 そう思いましょう。 同時にそれは、あなたが寛容で 信頼に値するお客様であるということを お店の人に知ってもらう瞬間でもあるのです。 あとは再びこの章の最初に戻って、 あれこれワインに対する 勝手な感想を言い合って料理を待ちましょう。 一杯のワインを話の種に、 あれこれ盛り上がって楽しそうなテーブルを見、 聞いたお店の人はこう思います。 ああ、早くあのテーブルの人達に 料理をサーブして差し上げたい。 うちの料理をあの人たちは どんな表情で迎えてくれるだろう。 どんな言葉で表現してくれるだろう。 わくわくしながら次のサービスの きっかけを待ってるんです。 ところで、もしワインが飲めない、 飲みたくない、飲むべきものが見当たらない。 これらのいずれかに該当してしまったら? さあ、どうしましょう。 次回はそのお話です。 「ワイン以外は頼んじゃ駄目?」。 illustration = ポー・ワング |
2003-12-25-THU
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