おいしい店とのつきあい方。 |
シズル。 sizzle 【発音】si'zl 【変化】《動》sizzles | sizzling | sizzled 【名】 ジュージュー[シューシュー]という音 【自動】 ジュージュー[シューシュー]と音を立てる 【他動】 〜をジュージューと焼く、〜をジリジリと焼く ‥‥って辞書を引くと書いてあります。 レストラン業界的には「臨場感」とか 「できたて感」というような感じで使われる言葉です。 「おいしい料理がおいしくあるために 備えていなくてはいけない要素」その2は、 この「シズル感」です。
どんな料理でも(例外もあるけれど)、 大抵の料理はできたてが一番おいしいですよネ。 たとえば寿司。 カウンターで握ってもらいながら口に運ぶおいしさと、 桶に一人前がズラッと並んだものを食すのとでは 同じ寿司でもそのおいしさは多いに異なります。 天麩羅しかり、鰻しかり、蕎麦しかり。 日本古来の専門料理というのは 目の前で作ってもらったものを すぐ食べるように出来ています。 究極は鍋だね。日本人は多分、 世界で一番できたてにこだわる人達じゃないかな、 とボクは思っています。 だけど残念なことにほとんどのレストランでは、 それが和食であれ洋食であれ、 できたてを本当に出来たばかりの状態で提供する、 ということが難しくなっています。 厳密な意味では「皿に盛った瞬間」に できたてじゃなくなるから。 でも必死になって「できたてに近い状態」を 保ったままでお客様に提供しようと努力しています。 ‥‥お店の総力を挙げて! だから目の前にお料理が届いたら、 なるべく早く楽しみましょう。 肝心なのはその楽しみ方。 「つい最近まで、できたてだった気配」を楽しむ。 これが肝心です。 料理がもっているおいしさの中で 「味覚」という要素は実は比較的頑丈にできています。 ある程度、時間が経ってもおいしさは残るんです。 だけど出来上がった瞬間がピークであって、 その後、急速に劣化して、 ぼやぼやしてるとあっと言う間にゼロになっちゃう、 そんなデリケートなおいしさの要素があります。 香り、音、感触。‥‥そんなようなものたちです。 ですから。 まずお皿に顔を近づけて お皿の上に充満している空気を 胸一杯に吸い込んでみましょう。 厨房の匂いです。 今までシェフが吸っていたのと 同じ空気を体の中に取り込む。 同時に耳を澄ましてイマジネーションを働かせながら、 お皿の上の音を聞きましょう。 ついさっきまでフライパンの中で じゅうじゅう音を立てながら 焼けていたであろうモノが、 今まさに自分のお皿の上に乗っています。 その音を聞く。 できたての気配が聞こえる時間は限られているから、 束の間、目を閉じ、 耳に全神経を集中して音を聞きましょう。 その時、自分のおなかがグーッと鳴る音が聞こえたら、 今日のお御馳走にようやくありつく合図です。 ボナペティ。
ところで、 できたての一瞬だけに許された最後のおいしさ、 感触のハナシ。 人は口のいろんな部分でおいしさを感じます。 舌こそが味の本質をつかむのに 最も適して発達した器官ですから、 「あの人の舌は確かだ」 などと言う言い方が生まれたのであろうけれど、 でもできたて感を味わうのに もっとも優れた器官と言えば、 僕は「唇」であろう、と思っています。 唇が感じるおいしさ。 例えば揚げたての天麩羅の衣の感触。 あのフンワリでもなくカリカリでもなく、 絶妙にその両方であるような感触。 何より湯気を含んで猛烈に温かいその温度感。 それを感じ取ろうとすれば舌は無力に等しいですネ。 唇の独壇場。 コンサルティングの現場での、 笑い話のようなエピソードがあります。 ある串焼き料理店で女性向けの商品を開発しようと、 どうせだったら試食を女性の気持ちになって やってみようよ、ということになりました。 試食会のメンバーは男6人。 シェフも、ウエイターも、支配人も、ソムリエもいました。 おお、それはいいアイデアだな。 でも女性の気持ちになるってどういうことだ? ──みんな考えるのだけど、 そんな自問に答えが出るはずもなく、 困った誰かがこう言いました。 女装でもしてみるか? ‥‥最初は本当に冗談のつもりだったそうです。 でもそれ以外の明確な答えが どう頭をひねっても浮かんでこない彼らの頭の中には 「女装」という言葉がうねりのように浮かんでは消え、 消えては再び襲ってきます。 しかも訪れの周期は徐々に早まる。 出産直前の陣痛のようなもんです。 ──やってみるか。 で、一週間後、めでたく6人は、 出来損ないのオカマとなりました。 かつらを被り、つけ爪をつけけ、化粧をほどこし、 そしてそのままの格好で料理を食べました。 その時、わかったそうです。 女性ってなんてハンディキャップを背負って レストランにやってきてるんだろう、と。 愕然としたんだね、みんな。 厨房のメンバーも支配人も、 ソムリエだってびっくりしました。 爪が邪魔になって串を上手に扱えない。 前のめりの姿勢をとると髪の毛が邪魔になる。 男にとっての当たり前は 女性にとっての当たり前ではないことがある、 という当たり前のことに初めて気づいたってわけ。 長い爪もたっぷりした髪の毛も、 まあ慣れないからこそのハンディキャップに 思えたのかもしれないけれど、 中でも許せなかったのは口紅でした。 口紅をコッテリ塗った唇には、 焼きたてもそうでないのも同じように感じてしまう。 絶望を感じたそうです。 これから女性のお客様用に おいしい料理を作ろうとしている。 なのにそのおいしさが 正しく伝わらないかもしれない、という絶望です。 ですから、女性のみなさんへのアドバイスです。 レストランで本当においしい料理を 本当においしい状態で食べよう、と思ったら、 唇はなるべく裸の状態が素敵だと思います。 唇をちょっと拭って料理に触れる。 それこそがシェフが意図したできたての状態である、 ということなんです。 最初に唇。 恋愛におけるキスと一緒‥‥、かもしれない。 さて次回は 「おいしい料理がおいしくあるために 備えていなくてはいけない要素」その3、 「お客様まかせの部分を残している料理」についてです。 illustration = ポー・ワング |
2004-01-29-THU
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