おいしい店とのつきあい方。 |
前回は、やむにやまれず残すときのお話をしました。 逆に、遠慮なく残してもいいものってあるんでしょうか? よく中国や韓国に行って、料理をごちそうになった先で、 全部、きれいに平らげるのは失礼になる、 なんて言われることがあります。 お皿がきれいになる、というのは 残せない程度の量のおもてなししか出来なかった、 と言う証であって、 だから料理はちょっと残すのが礼儀、 ということなんですね。 それを知らずに、来る料理、来る料理、 全部、うまいうまいって食べていたら、 いつまでたっても宴会が終わらなかった、 なんて泣くに泣けない話を聞いたこともあります。 日本でも昔はそうした風習があったりもして、 でもそうした意味で「残してもよい」じゃなく、 もっと前向きに「残すことを覚悟の上で」 残してもよいもの、ってあるんでしょうか?
以前、ワインの話をしました。 良いサービスを受けるツールの一つとして存在する、 レストランのワイン。 ただ、ボクはどうしても あのワイン一本分の分量というのは、 日本人のアルコール分解酵素の分量を 超えているような気がしてなりません。 特に、二人で親密な食事をする時、 果たして一本、 飲みきれるんだろうかどうだろうかと思うと、 なかなかワインを注文する勇気が出ないですよね。 残してしまうのがわかっていて注文するというのは、 勿体ないような気がするし、なにより気が引ける。 これが女性同士の二人の食卓、となるともっともっと、 大変な分量の勇気がいると思います。 食前酒を飲んで、それからワインを一本あけて‥‥。 なんだか絶望的な気持ちになっちゃったりします。 勿体ないからそれじゃあ グラスワインにしましょうか、とか、 ビールでもいいよネ、とか、 どんどん後ろ向きになっちゃって、 なら飲まなくてもいいじゃない、 ってどちらかが言い始めると、 そうだよネって、お水を下さい! ってことになる。 ふりだしに戻りましょう。 ワインを飲みたいから注文するのじゃなくて、 良いお客様になるためにあるワインだったはずです。 だからボクは、いささかの躊躇もせず、 ワインを一本、抜くことにしています。 そのお店で一番安いのでもいいから、一本。 飲みきれないことがわかっていても、一本。 そうやって抜いたワインが、調子よく飲み進み、 料理も進んで、メインディッシュが提供される直前に なくなって、 どうしましょうか? と言われたら、 その時にも迷わず、一本。 別に気前の良いお客様と思われたいからじゃありません。 もしも残ってしまったら、 お店の人に残してあげればいいんだから、と思って、 一本、あけることにしているんです。
食事が終わってワインがまだ 三分の一位残ってしまっている。 よくあることです。 とても素晴らしい料理だったし、 とても素晴らしいサービスだった。 是非、もう一回、この店に来たいと思うほどに 素晴らしい時間を過ごせて、 頭も体もなにやら、トローンとした状態で夢心地です。 お店の人がワイングラスに 残りを注いでボトルを空っぽにしようとします。 それを制してこう言ってみましょう。 「とても素晴らしいお料理でした。 今日はどうもありがとう。 残ったワインは是非、 お店の人達で飲んで下さい。 私達はもう十分に堪能しましたから」 ‥‥ああ、素晴らしい。 それがどんなに安いワインでも嬉しいものです。 もしそれが、とっておきの記念日か何かであけた、 そこそこに素晴らしいビンテージのワインだったら、 もうお店の人は一日の疲れが吹っ飛んでしまいそうに、 嬉しい出来事に違いありません。 日本のレストランの人達は チップを貰う習慣がありません。 十分なチップに値するだけのサービスをし、 それに感動した私達が、心付けを渡す申し出をしても、 誇り高い彼らは絶対にそれを受け取らないでしょうし、 その潔さこそが日本人が 世界に誇るべき美しい部分であろうと思うので、 ボクは絶対にチップによって、 簡単に感謝の意を表すべきではないと信じています。 だからチップを渡すようなことはしません。 ‥‥だけれど、感謝の言葉だけではすまぬ程に 感激することもままあって、 そんな時は、メインディッシュ直前で ワインリストをおねだりし、 ソムリエか担当のウェイターにこう聞きます。 「あなたが今、一番飲んでみたいワインはどれ?」 と‥‥。 もちろん、あらかたの予算を合わせて告げ、 彼が戸惑いながらも指さすワインを頼みます。 抜きます。 注いでもらい、テーブルを囲む一人一人が 一杯づつを飲み、それぞれに感想を述べ、 残りはお店に贈呈します。 ‥‥チップです。
瓶に半分残ったビールは残り物です。 瓶に半分残ったウィスキーやブランデーは まだ売り物ですが、 瓶に半分残ったワインは、 放っておくと使いものにならないやっかいな代物です。 しかし、どうぞ、と勧めれば それは残り物ではなく宝物になる 素晴らしい芸術品です。 ソムリエにしてもワインを勧める立場である レストランの人にとっても、 数多くのワインを経験するためには、 多大な努力と膨大な出費を覚悟しなくてはなりません。 やっかいな、しかし魅力的な存在です。 だからお店の人の代わりにワインを抜いてあげる。 私が飲んだものと同じワインをお店の人も飲んでくれる。 楽しい時間だけでなく、 楽しかった経験もお店の人と共有できる、 というアイデアは 素晴らしいものじゃないでしょうか? 彼らはお客様の前でそのワインを飲むことはありません。 当然、お店を閉めてから、 今日一日の反省や明日の予定を語り合いながら、 そのワインをあけることになるでしょう。 味わい、そして僕たちのことを思い出しながら、 営業日誌や個人のダイアリーにこう書き残すでしょう。
さて次回は「出てきた料理が変な味だったら?」 ということについて考えてみましょう。 illustration = ポー・ワング |
2004-03-18-THU
戻る |