おいしい店とのつきあい方。 |
楽しかったレストランでの食事の最後は どうやって締めくくりましょう? デザートです。‥‥デザート。 良く男性だけのテーブルで 「甘いものは苦手だから」と、 デザートをスキップして メインディッシュが終わるやいなや、 早々にテーブルをたとうと 急ぐ様を見ることがあります。 勿体ない。 デザートにはデザートとしての大切な役割があるのです。
前菜は、美味しい料理と美味しいお酒を 受け入れる準備をするためのもの。 ワインは、会話を盛り上げ、 テーブルを囲む人達のよそよそしさの壁を取り払い 親密な空気を作るためのもの。 メインディッシュは、 今日、この店を選んで良かったという 実感を噛みしめるもの。 料理にはそれぞれこうした役目があります。 ならば肝心のデザートの役割は? それは、「今日の食事を思い出に変えるためのもの」。 今日の料理がどれほど素晴らしかったか、 今日のサービスがどれほど気の利いたものだったか、 ‥‥と、この数時間の総決算をまずします。 デザートを囲みながら。 食事に関する反省会が終わったら、 それからあれこれ、世間話や思い出話や、 あるいはとっておきのジョークを披露しながら、 今日、同じテーブルをみんなで囲めた幸せを味わい直す。 デザートが提供されたらもうその瞬間から テーブルの主役は私達の会話です。 会話のない食事は思い出にならず、 思い出になり損なった食事は ただの時間とお金の無駄遣い。 だから放棄しないでください。 デザートという素晴らしいきっかけを。 お腹一杯で一人一皿食べるのはもう物理的に無理、 という場合でも、テーブルに一つでいいから、 是非、デザートを。 デザートが無い寂しいテーブルで語る今日一日と、 華やかなお菓子が真ん中に置かれたテーブルで語る一日は 全然違った印象になるのですから。
それからもう一つ。 デザートは 「そろそろトイレに行ってもいいのですよ」 という合図、という役目も背負っています。 デザートを目の前に置く、という段階に 首尾良く到達したあなたは、 もうすでに2時間近くもテーブルにはりついている、 ということになっているはず。 ワインもたっぷり飲んでいるし。 トイレはどうしよう。悩みませんか? 自然があなたをトイレに駆り立てるようなことが 運良くなかったとしても、 化粧直しをしたいな、と思う頃ではありませんか? 女性ならば。 デザートまでたどり着いた、 つまりテーブルの上がきちんと片づいたこの状態が、 トイレに立っても良い、という合図だと思いましょう。 テーブルにぽつんと残された人にとって、 きれいで美味しいデザートがどれほどの救いになることか。 だからデザートです。 ここで女性を同伴した男性のエチケットを一つ。 先にトイレに立ってあげる。 そしてトイレから帰ってきて、同伴の女性に 「凄く気持ちのイイ、きれいなトイレだったヨ」 とかと言ってあげる。 彼女に化粧直しの口実を作ってあげる、ということです。 特に小さなビストロなんかだと、 トイレが男女共用で一つしかないところがあるけれど、 こんなところだと、非常にことはスムーズに行きます。 トイレに行った後で、 とてもかわいらしいトイレだったとか、 飾ってあった絵がきれいだったとか、 そんなことを言ってあげるとすごく喜んでもらえます。 洒落た英語ではトイレのことを 「パウダールーム」とよんだりします。 白粉をはたくための部屋、という意味です。 文字通りの「化粧室」。 女性に対して優しくありたい、 と願っているレストランは トイレを見ればよくわかります。
新宿の歌舞伎町。 それもコマ劇場の裏っかわと言う、 まことに歌舞伎町の中の歌舞伎町とでも言うべき ディープな場所に 面白い炉端焼きの店があります。 かつてワタシにも師匠と言う人がいて、その人が 「女の人に優しい居酒屋」というものを見せてあげよう、 と言うので連れて行ってくれました。 まだボクが20代も前半の頃の話です。 落ち着いた雰囲気で、 三方を囲んで8人がやっと座れる程度の 小さな囲炉裏に炭をおこし、 正面の一辺側にご主人が座って 好みの素材を焼いてくれるという 確かに大人のお店でありました。 極限まで照度が落とされた店内に、 炭の明かりがともるように映え、 炭のはじける音とそこで料理が仕上がる気配だけが 存在感を持つ空間。 料理も旨く、何より歌舞伎町という場所に 侘びを感じさせる静寂の空間がある、 という意外感が面白く、 これは使えるな、とボクは思いました。 それにしても確かにその時のその店は、女性が半分以上。 男性も女性に連れてこられた感がありありでありました。 商品が女性向けであるか? といえば、 メザシやら牛タンやら当たり前の炉端焼きであり、 なのになぜ、ここには女性が集まるのだろう? と、 そんな疑問を師匠にぶつけました。 すると師匠はこう言いました。 「トイレに行ってご覧なさい。 トイレにしゃがんで考えてご覧なさい」 小さいながらも気持ちの良いトイレでした。 きれいに磨き上げられた便器に座ってみると、 なるほど目の前に大きな鏡があって、 その部分だけがまぶしいほどに明るく 照明で照らされていました。 ボクはこれだ、と思って急いで戻り、その旨を伝えます。 「50点ですね。満点じゃない。 トイレットペーパーを見ましたか? 触りましたか?」 と言われて再びトイレに向かうこととなりました。 当時、まだ二枚重ねのトイレットティシューというのは 珍しかったものです。 当然、値段も高い贅沢品であったから、 飲食店などの営業店舗で使われることはごくまれで、 ましてや歌舞伎町の中の炉端焼き屋で そんなトイレットペーパーを使っているなんて そんな不釣り合いは想像を絶することでした。 しかもエンボス加工も施していない、極上の肌触りで、 これは凄いや、と思いながらも でもなんでこんなことが大切なんだろう、と思って、 正直に師匠に訊きました。 「男性はトイレに行って トイレットペーパーを使うことはごくまれでしょう。 特に飲食店のトイレを使うときには。 でもね、女性は必ず トイレットペーパーを使うのですヨ。‥‥必ず。 肌を伝って訴えかけてくる極上感を、 女性は絶対忘れません。 だからこの店を女性は好きなんだろう、 と思うのですヨ。 少なくとも新宿区の和食のお店で、 ワタシが知る限り 女性が使うの値するトイレットペーパーを 置いてある店はこの店、一軒ですからね。」 お客様発想で物事を考える、ということの大切さを このとき、ボクは教わりました。 確かに‥‥とそう思い、それから暫く、 行く店、行く店でトイレに入り、 トイレットペーパーを千切っては 頬ずりするのがしばらくの間の習慣となりました。 薄暗いトイレの片隅で紙に頬ずりするおじさん。 想像すると気持ち悪いハナシでありますが、 でも肌触りは不思議と嘘を付きませんでした。 今となっては劣悪なトイレットペーパーを使う店の方が 圧倒的に少なくなったので、 こうした習慣はすっかり 過去のものになってしまいましたが、 でも、トイレというのは レストランがお客様をおもてなしする気持ちが 知らず知らずのうちに剥き出しになるスペースである、 と信じています。 いつもクールで禁欲的なお洒落をしている 友人の家に遊びに行って、トイレに行ったら レースのドアノブカバーに花柄のスリッパに遭遇! 窓にはドライフラワーの花束がかかっていた。 なるほど彼には少女趣味と言う隠れた趣味があったのだ。 案外、レストランの真実は トイレの中にあったりするのです。 だからトイレに行かずレストランを立ち去る。 それはかなり勿体無いことなんだよネ‥‥ などと言い訳しながら、 さあ、今回の楽しい食事の終わりの準備を始めましょう。 次回は「チーズ」のお話です。 え? これからチーズ? そうです、これからチーズなんです。 illustration = ポー・ワング |
2004-05-13-THU
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