おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。




伝票は誰の前にやってくるでしょう?

レストランの従業員にとって、
大切な作業の一つが
「だれがお金を払うか?」を見極めるコト。
そしてお金を払いそうな人の横にそっと伝票を置く、
ということ。
サービススタッフにとっては緊張の瞬間でありますネ。
大抵の場合、それは男性。
しかもそのテーブルで一番、年長でありそうな男性の横。
女性だけのテーブルの場合は、
会話の中心に座っている人。
一番おしゃべりで、
一番積極的にあれこれ質問をしてきた人。
そうした人に見当をつけ、伝票をそっと置くのです。

十数年前、母に御馳走したかったボクに
伝票は回ってきませんでした。

ボクの母は非常に若く見えます。
化粧が上手とか流行の服を着ている、
という若さじゃなくて、しぐさや振る舞い、
それに何より気が若いのです。
若く見られることを無邪気に喜ぶものだから、
まわりも若い若いと言ってあげるし、
不思議なもので若いといわれ続けると
どんどん若くなってゆく。

ボクが20代後半の頃のことです。
その母にあれこれ嫌なコトが続けざまに起こって、
傍目にもつらそうで仕方なかったから
美味しいものでもご馳走するヨ、と
ボクは彼女をレストランに連れ出しました。

エスコートは完璧だ、と思いました。
まずその店が母好みの店なのかどうか、
徹底的に調査しました。舞台選びは完璧でした。
予約の段階で、ボクは同行の女性にとって
思い出に残るような食事にしたいのだ、
ということを正しく伝えたつもりでしたし、
注文も、サービススタッフとのやり取りも、
すべてボクが正しくリードしました。
なのに、お勘定書きはどこに‥‥?
というと、ボクの母の前にポンと置かれたのです。

あなた、若いツバメだと思われたのヨ。

母はその伝票をボクに手渡しながら、
「この人、ワタシの息子なんです。
 今日はご馳走してくれる、と言うので
 勇んでやってまいりましたの。親孝行でしょう?」
と、ウェイターにそう言いました。
「申し訳ありません。
 あまりにお若くてらっしゃるので、
 お姉さまでらっしゃるのかな、と思いまして。
 失礼致しました」
恐縮してわけの分からない言い訳をする従業員に、
してやったり的な笑顔を作る母。
男としてのプライドをいささか傷つけられながらも、
ボクは仕方ないやと思いました。
だってボクなんかよりずっと堂々として、
お店の人とのやりとりも堂に入ってて、
ボクがウェイターでも彼女の前に
伝票を置きたくなるよな、とそのとき思いました。

おかげで気晴らしが出来たわ、ありがとう、
と母には感謝されたけれど、
ボクはやっぱりガッカリでした。

それからしばらく、母と一緒に食事するたび、
母の前が伝票の定位置でした
あれこれ工夫はしてみたのだけれど。
ところがボクも30の半ばになった頃、
食事が終わってニコニコする母の前を素通りして、
ボクの前にストンと伝票を挟んだ
黒いカバーが置かれました。
ビックリしました。
それまで、そうならぬ悔しさに今度こそ、
と意気込みながら食事を繰り返していた、
その願いの通りになったのだけど、
正直、ビックリしてしまったんです。
母のビックリはそれに輪をかけたものであり、
「あなたも年取ったってことよネ…」
と憎まれ口をきくことを忘れはしなかったけれど、
ちょっと嬉しそうで、
でもちょっと寂しそうであったりもしました。

払いたい人が決まっているときは
予約の段階から注意が必要です!

思い切り特殊な例を挙げてみました。
男性と女性が食事をし、
女性の前に請求書が回ってくるというのは
本当に例外的な出来事です。
それがどんな会食であれ、
二人の間柄がどんなものであれ、
大抵の場合、伝票は男の前にやってきます。
なぜか、というと、
女性がエスコートする会食という機会を
ほとんどの飲食店では想定してはいないからです。
でも女性が男性に食事を奢る機会が絶対にないか?
と言うと、もちろん、あります。
奥さんがご主人の50回目の誕生日を
レストランでお祝いする。
女性の部下、数名が集まって
男の上司の昇進祝いをワインバーでする。
そんな機会は誰にだって、
どこにだって転がっています。
どうしましょう? そんなとき。

まずすべては予約の段階から始まっています。
フルネームで予約することです。
「佐藤といいますが‥‥」で始まる予約には、
佐藤さんからの予約の電話であるということ以外の
特別の意味はありません。でも、
「ワタクシ、佐藤正子と申します」
と言えば、何かしら特別の目的を
この人はワタシ達に託そうとしているな、
と注意をひきます。
勘のいい人ならば
「ご夫妻でお越しになるのかな?」
と思ってくれます。
お店でも「佐藤様」と呼ぶときには、
あなたの方を見ながら言ってくれます。
あなたの了解を取ることなくして、
すべてのサービスが始まらないという状況を
作ることができるのです。

ついで予約の日時と人数、予算などを述べ、
最後に会食の目的をハッキリ、的確に伝えます。
例えば‥‥。
「主人に飛び切りの思い出をプレゼントしたいんです!」
というような、ワタシは女性であるけれど、
同行する男性をもてなす立場になりたいのである、
という情熱が伝わるようなフレーズを用意しましょう。
お店の人は心を引き締め、
あなたのことを待ってくれます。

招待する側のあなたは、
どうふるまうべきなのか?

さて、とりあえずの舞台設定は万全の状態で、
お店につきます。
座る場所はどうでしょう?
お店の人が必ず一つの椅子を引いてくれる。
そちらが上席です。
おもてなしされる今日のゲストが座る席が
そこでしょうから
相手の男性に座ってもらえばいいでしょう。
当然、彼が座ってからあなたが座る。
レディファーストではなくてゲストファーストです。
メニューが手渡されます。
ジックリ吟味を繰り返した後、注文をとりにきたら
ゲストから先に注文をしてもらいましょう。
あなたは後です。

ワインを頼む。それもあなたの仕事です。

ところでテイスティング。
同格の人たちが集まる食卓で、
ワインのテイスティングは
そのワインを指名した人が行います。
グルメの集いでは、その場で最も
ワインに対する造詣が深いであろう、
と思われる人が行い、
皆が息を潜める中での儀式めいた瞬間が続きます。
でも親密な、とても平和な気分に満ちた
食卓におけるワインテイスティングは、
おもてなしする立場の人がすればいいんです。
だからあなた。

これは不自然な食卓か? というと、
決してそんなことはありません。
ワタシがもてなす側である、というコトを
徹底してお店の人に伝えるのは
お客様として大切な義務である、とボクは思います。
恐らくお店の人は、あなたより先に彼に
料理を提供するようになるでしょうし、
デザートやコーヒーの注文をとるのにも、
彼に先に聞くようになるでしょう。
レディーファーストではなくて、ゲストファースト。
自然に伝票はあなたの前にあって、
彼の前にはないでしょう。

そうした「この食卓の主人はワタシです」
という意思表示を一切せずに食事したとしましょう。
伝票は当たり前のように彼の目の前にやってきます。
その伝票をひったくるように、
「今日は私が払いますから」
と言ったとしたら、お店の人はどう思うでしょう。
確実にあなたから裏切られたような気がします。
彼があなたをもてなすために店に来ていただいたもの、
と思ってお店の人は「彼に協力した」ワケです。
そして最後の土壇場で、
そのすべての努力は無駄な努力であった、
というコトを教えられ、彼らは大きく失望をする。
協力すべき人は彼ではなくてあなただった。
なんでそう最初から言ってくれなかったのだろうと
結局、あなたを恨むことになるのです。

このような「常識的にはイレギュラー」な役割分担、
別に男女の間だけに起こるものではありません。
子供が親をもてなす。
見るからに年下の人が、目上に見える人をもてなす。
いろいろあります。
それらすべての役割逆転を一つにすると、
冒頭の、ボクと母の十数年前のような状況になる、
というコト。
あの頃、ボクは自分ひとりで努力していました。
そしてその努力は報われることのない
一人芝居であったワケです。

お店の人をパートナーとして
初めて楽しい食事ができる。
それぞれの役割分担をしっかり守ることが
素晴らしい時間を作り出す前提条件であるのですから。


次回は「お店を出るとき」のお話です。


illustration = ポー・ワング

2004-06-03-THU

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