おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。




ファミレスのサービス教育で、
「一番気を付けなくてはならないサービスは何」
と教えられていると思いますか?

それは「お見送り」。
食事を終わられたお客様に
気持ちよくお帰り頂くためのサービス。
お客様が立ち上がってレジの方に向かい始めると、
他のどんなしかかっている作業よりも優先して
レジに飛んでいって、会計をして
「ありがとうございました」と言いましょう、
と教育されます。
何故か? というと、
レストランにおける最後の印象が、
お客様にとってはもっとも
インパクトが強い、からですネ。

帰りたいのにレジの前で延々、待たされる。
お金払ったが最後、誰も注意を払ってくれず、
挨拶の一つもなく放り出されるように店を出た。
お前なんか用なしだ、とばかり
次のお客様の方に走っていった。
最後の最後でそんな目に遭わされたらば、
それまでどんなに素晴らしい
サービスを受けていたとしても、
驚くほど素晴らしい料理を食べていたとしても、
そんないい思い出ははすっ飛んでしまいます。
だからお見送りは大切にしましょうネ、
ということです。

最後のサービスを受けられるかどうかは
あなたにかかっているのです!

逆に、こんなことだってありえます。
料理の提供がもたもたして、
思ってたより時間がかかっちゃった。
見たかったテレビ番組、
見損なっちゃうかもしれないなぁ、
と思って帰ろうとしていたら、お店の人が飛んできて
「今日はご迷惑かけてすいませんでした」
とドアを開けてくれながら、
「またよろしくお願いします」と、
お辞儀をしながら見送ってくれた。
しばらく歩いて角を曲がりざまに
お店の方を再び見たら、
まだお店の人がお辞儀をしたまま見送ってくれていた。
料理が多少遅かったコトなんて帳消しです。
また来よう。
もう一度、この店にチャンスを上げようと思います。

終わりよければすべて良し!
だからレストランの人達は最後の最後まで
気を抜かずに一生懸命、サービスをしています。

なのだから、この最後のサービスも
味わい尽くさないと損なんです。
損なのだけれど、その損を自分で招くお客様がいる。
「最後のサービスをさせてくれないお客様」。
どんなお客様なのでしょう?

たとえば、レストランの一番奥のテーブル。
数人が食事しているそのテーブルの
メインディッシュが今、まさに出来上がり、
そこでホール中のサービススタッフが総出で
料理を運んでいます。
その瞬間に立ち上がり出口に向かったとしましょう。
あなたは誰にも気づかれないまま、
店を後にしなくちゃいけなくなるかもしれない。
あるいは精々、遠くから
「ありがとうございました」
と声をかけてもらえる程度。
絶対にお店のドアを開けて、
お見送りはしてもらえない。

たとえば、他のお客様が出口に向かおうとする、
それとまったく同じタイミングで立ち上がる。
出口は荷物を受け取ったり、
あるいは預けたコートをもらったりと
てんやわんやの大騒ぎで、
あなたへの挨拶はついでのものになってしまう。

勿体無いです。
素晴らしいお店の後味の仕上げは
「ドアを開け、ありがとうございますと言いながら
 お客様が見えなくなるまでお見送りする」
というコトで完成となります。
なのにあなたが席を立ち上がるタイミングを
ちょっと間違えるだけで、
そうした素晴らしいフィナーレを
味わわずに帰ってしまうコトになるのです。
本当にもったいない。

席を立つタイミングは
こうして決めましょう。

お店をそろそろ失礼しよう、と思ったら
まずお店の状態を観察しましょう。
今が席を立つのにふさわしいタイミングなのかどうか?
誰かの家にお呼ばれにいったときと同じです。
奥さんがキッチンの中に入って
何かしているときに立ち上がって
「そろそろ失礼します」
「あら、お茶でも入れようと思ってましたのに!」
──間が悪いでしょう?
お店の人が忙しくしていないか、
なにかの作業で手をとられていないか、
状況確認を怠ってはいけませんヨ。

ゆるやかで、ホールスタッフの人が
何か次の作業を探しているように見える時。
あるいは、こじんまりしたお店で、
厨房が客席の間近にあるような店ならば、
キッチンの様子に耳を澄ませてみるといいでしょう。
調理の作業に追われているような様子もなく、
シェフの指示出す声が飛び交っているようでもない。
それどころかシェフが客席の様子はどうかな? と、
厨房の中から顔を出して、ホールを覗き込んでいる。
‥‥そんな時がベストです。
まず、テーブルを囲んでいる人たちみんなが、
退席できる準備が出来ているかどうか確認します。
そしてホールの誰かと目と目を合わせて軽く会釈。
続いてみんなで一斉に椅子を引きます。

みんなで一斉に、というのが重要なポイントです。
一人だけ立ち上がろうとする、
これは「トイレに行きたい」の意思表示。
みんなでいちにのさんで立ち上がります。
これこそが「それでは失礼させて頂きます」
の合図だから、みんなで揃って一斉に。
お店の人はすみやかに飛んできます。
椅子を引いてくれることもあるでしょう。
そしてそのまま自然に
出口までエスコートしてくれることになります。
当然、ドアを開けて
「ありがとうございます」と言ってくれ、
お辞儀と共に送り出してくれることにもなるでしょう。

「ごちそうさま、とても楽しかったです」
そう言いながらすみやかにお店の外に失礼しましょう。

立ち上がったら速やかに退店。
これも重要なポイントですヨ。
帰ろうと思って立ち上がったのに、
誰かが携帯電話がない、とかって探し始める。
みんな待ちぼうけでつっ立ったまま。
見苦しいです。
見苦しい以上に、他の食事している人たちにとって
邪魔で仕方ない。

レストランで食事する人たちはみんな平等。
同じ目線で、同じモノを見、
同じ時間を共有しているから楽しいのであって、
隣のテーブルで見ず知らずの人が立ち上がって
自分のことを見下ろしているだなんて、
こんな不愉快なことはありません。
時間軸は少々異なりますが、
同じように、例えばレストランにおける名刺の交換、
これも座ったままで、が原則でしょう。

一旦全員で立ち上がったら、
すみやかに出口に向かって歩き出す。
これエチケット。
立つ鳥、跡を濁さず、ということでありましょう。


次回は「いい店に出会ったら言いふらそう」というお話です。

illustration = ポー・ワング

2004-06-10-THU

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