おいしい店とのつきあい方。 |
おしぼりが出てこないレストランって、 不親切じゃないですか? 確かに和食のある程度、高級なお店に行くと おしぼりが出てくるのは当たり前です。 中国料理店でも高級になるとやはりおしぼりが出てくる。 おしぼりの分厚さ、フワフワ感、 あるいはその提供のされ方が、 そのお店の高級さ加減を表す 指標のようであったりもします。 ところがフランス料理やイタリア料理の店で おしぼりが出てくるか‥‥、というと、 それはちょっと事情が違う。 おしぼりを出すヨーロッパ料理系の店は とても少ない例外だ、と言わなくちゃいけません。 どうしてでしょう?
そもそもおしぼりは何のためにあるんでしょう? 手をきれいにするためにあるのでしょうか? 私たちの手は、食事するために おしぼりできれいにしないといけないほど 汚れているのでしょうか? よしんばそうだとしても、 直接、手で料理をつまむ寿司のような料理以外でも、 何故、手をきれいにしろ‥‥と お店の人から言われなくちゃいけないんでしょう。 日本料理店における正しいおしぼりの使い方といえば、 まず「ようこそいらっしゃいませ」と言われながら あつあつの、あるいは季節によってはひやひやの おしぼりを手渡され、 まず手をニ、三回ぬぐったら即座にそれで顔を拭く。 顔だけじゃなく首筋までゴシゴシぬぐい始めたら それは十分に「親父系中年男性」の烙印を押されますから 控えたくはありますが、 ただこのように、おしぼりというのは 単に手をきれいにするための道具じゃなくて、 「さっぱりした気持ちで食事を始めていただきたい‥‥」 という気持ちの表れ、だと考えるのがよいでしょう。 例えば旅館で 「お食事の前に一風呂浴びて‥‥」 という心配りはうれしいでしょう? 旅館の一風呂、レストランのおしぼり。 ‥‥わかりますよネ。 ところがそうした意味でのおしぼりの使い方、 これを堪能できるのは男性です。 女性が顔をゴシゴシおしぼりで拭けるのか? というと、 そのあとの結果を考えると とてもじゃないけどお勧めすることは出来ない行為。 そもそも日本料理の高級店が女性向けに出来ていたか? というと、そうじゃないからなんですネ。 座敷に上がるのに靴を脱がなくちゃいけない。 畳の上にひざを窮屈に折りたたんで座らなくちゃいけない。 お洒落に装うことと、 美味しいものを食べることが一体化しているのが、 女の人のレストランに行くことの 楽しみ方であるとするならば、 日本の伝統的なお店は 明らかに女の人の気持ちがわかっていない。 まあ外食することが 男性の特権であった時代に出来上がった日本料理店に 女性に対するココロからの配慮を求めても 仕方ないのかもしれませんが、 幾つもあるうつろな伝統の代表的な一つが 「おしぼり」だ、ということができるのです。
女性をもてなすことが 非常に上手な欧米では、こう考えます。 レストランに入ったら、まずトイレに行って手を洗う。 例えば欧米で誰かの家にお呼ばれしたとしましょう。 「今晩、うちで食事でも一緒にしませんか?」 と言われて部屋を訪ねて、 一番最初に案内されるのはたいがいトイレです。 欧米の場合、トイレと言っても バスルームの中にあるのが一般的なので、 食事に呼ばれて一番最初に風呂場に案内されます。 一瞬、ぎょっとしますけれど、ついでにこう言われます。 「食事の前に手を洗われるといいでしょう」 日本の料理屋で、おしぼりを出されたのと同じです。 でもその実際の意味はこうなります。 「食事が始まる前に、 どうぞお化粧直しをして下さいね‥‥。」 そこにたどり着くまで、もし真夏なら 汗で化粧崩れしているかもしれません。 冬なら冬で、北風で髪の毛が 乱れてしまっているかもしれません。 そのままの格好で何時間も食事するというのは あまりの不手際。 そうした不都合をまずバスルームの鏡で確認して、 身づくろいをしてからテーブルに付く。 美しく整った姿は、同じテーブルを囲む人に対する 最高のおもてなしであるのですから、 素敵な食事をするための準備をなさってくださいネ、 という意味で、まずバスルームに案内されるのです。 オトコの身づくろい、特に日本の男性の身づくろいには 鏡は必要ないですから、 とりあえず汗をぬぐってサッパリしてくださいヨ、 とおしぼりが出されます。 おしぼりで事足りる程度のおもてなししか 同席者にしかしなくてよい程度の社交ですから、 それでいいのかもしれませんが‥‥。 トイレのことを「お手洗い」とも言います。 つまりトイレとは用を足すばかりの場所ではなくて、 手を洗い身づくろいするための場所でもある、 ということです。 レストランで、おしぼりが出てこない。 不親切だ、と思うのでなく、 それは「お手洗いを使ってください」という心配りだ、 と思えばいいのです。
ところでスマートなお手洗いへの立ち上がり方、 どうでしょう。 タイミングはテーブルにつき、 食前酒を薦められた直後、 メニューの説明が始まる直前‥‥が一番でしょう。 「すいませんが、手をあらわせて頂きたいのですが‥‥」 そうお店の人に言って案内してもらうといいでしょう。 そして身づくろいは速やかに。 入念に過ぎて、席に戻るのが遅くなると それは身づくろいのために席を立ったのでなく、 我慢していた切羽詰った行為を果たしに行った、 と思われてしまいますから。 ああ、なんて恥ずかしい。 だからすみやかに身づくろいをすましたら、 すみやかにテーブルに戻って 同席の人にこう言ってみましょう。 「素敵なお手洗いでした。鏡がとても大きくて、 気持ちのよい雰囲気でした」 あら、それじゃあ、私も手を洗ってきましょうか、と 一人、また一人とテーブルを立ち上がり、 みんなが素敵なテーブルを囲むにふさわしい 準備を済ませてから食事が始まる。 なんと素晴らしいことでしょう。
ヨーロッパでこんなご婦人に遭遇したことがあります。 4人組の、50を少々超えたばかりでしょうか、 日本のご婦人のグループでした。 私たちのテーブルの隣に案内された彼女たちは、 豪華すぎずカジュアルすぎず、 そのレストランにふさわしい装いで、 とても美しい人たちでした。 しかしその中の一人が レストランの客席に持ってくるには 不似合いなほどに大きなカバンを提げていました。 あまりに大きいものだから、 背中と椅子の背あての間に収まりきらなくて、 床に置かなくてはならないほどのカバンでした。 そしてそのご婦人は、テーブルにつくなり そのカバンを開けて、 がさごそと何かを引きずり出しました。 それは紙おしぼりが入った袋でした。 そしてそれをみんなに配る。 「ヨーロッパのレストランって おしぼりを出してくれませんものネ。 気が利いていないというかなんというか‥‥」 とかと言いながら、みんなに配り、 「みなさんもお困りでしょう?」 と言いながら、僕たちにまでおすそ分けをしてくれる。 これがまた非常に分厚い、 紙おしぼりとしては上等なものなのですけれど、 それだけに使った後が厄介で仕方ない。 ビニール袋やら くしゃくしゃになった紙屑やらが散乱して、 テーブルの上はまるで ピクニックが終わった後のような状態になる。 まだ注文も終わっていないのに、 一仕事終わったような雰囲気です。 しかもビニール袋を何人もの東洋人がビリビリ破り、 中からタオル状の物体を引きずり出して ひたすら手をぬぐうというようなことをしでかすのだから、 他のお客様の注目をひくこと、ひくこと。 「あの人たち、そんなに手が汚いのかしら‥‥?」 と怪訝な顔で見られる始末です。 彼女は入念に手をそれで拭き、 今度はそのカバンから大きなコンパクトを出し、 それを開いて顔を見る。 それはトイレですることです。 彼女がとても美しく、 その後のレストランを堪能する一連の手順も ほぼ完璧なほどに素晴らしかっただけに あまりに残念で仕方なかった。 彼女は食事が終わった最後も、 同じように紙おしぼりを再び出して手をぬぐい、 そしてコンパクトで顔の確認を行ないました。 公衆の面前で、トイレで行うべきことを 二度も彼女は行なったのです。 お手洗い。 密かに身づくろいするレストランのココロの楽園。 上手に使いましょう。 illustration = ポー・ワング |
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