おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。



韓国料理屋さんでは、食器を持ち上げちゃいけない、
と言われるんですが、本当ですか?

確かに韓国では食事の時に
食器を持ち上げるのは失礼だと言われます。
フランス料理などの洋食では
お皿を持ち上げないで食べるのは当然だと
皆さん、知っているでしょう?
そもそも「ナイフフォークで食べる」ということは
両手がそれらの食べるための道具で
ふさがっているのですから、
お皿を持ち上げるという行為は
不可能なように出来ています。
その「当然」がマナーになっている‥‥ワケです。
だれも疑問に思わない。
ところが韓国料理。
おかずがあってご飯がある。
まるで日本料理のいとこのように見える
姿かたちをしています。
しかもご飯やお汁がお碗のような形の食器に入って
目の前に並んでる。
お箸がある。
だからどうしても茶碗を持ち上げて、
ご飯を口に運びたくなりますよね。

持ち上げてもいい食器は
持ち上げて欲しそうな形をしています

しかし韓国料理の食卓を注意深く観察してみましょう。
大きな違いに気が付きます。
お箸とならんでスプーンがある!
これが「食器を持ち上げると失礼」を理解するヒントです。
彼らは、箸でつまみあげやすい料理は箸で食べる。
でもつまみ上げにくい料理はスプーンですくって食べる、
という、非常に合理的な食事のスタイルを持っています。
だから、米粒を食べるとき、
茶碗をテーブルに置いたまま、
おかずをご飯の上に乗っけて
一緒にスプーンですくって口に運ぶ。
合理的です。
慣れると結構便利で、
楽しかったりするから不思議なもので、
何故、日本人はこうした道具を作ることを
しなかったのかなぁ、と逆に疑問に思ったりします。

ただ最後の最後に数粒のご飯が
お茶碗の底に貼りついたりすると、
スプーンだけでそれを食べ尽くすのが難しくなります。
思わずそれをこそげ取るのに
茶碗を持ち上げたくなる衝動に駆られてしまいますネ。
汁碗の場合もまったく同じ。
最後の最後の数滴の美味しいスープをすくい取るのに
どうしてもお碗を持ち上げ、
傾けてスープをスプーンの中に流し込もうとしてしまう。
それでもマナーはマナーだから、と
一生懸命、食器をテーブルの上に置いたまま、
スプーンとお箸を操って平らげようとするのだけれど、
これが本当に難しい!

ところがです‥‥。
そのような状況で、ボクは見ました。
現地の人はあっさり食器を持ち上げ、
最後の最後を味わい尽くすのを‥‥!

ビックリです。

食器を持ち上げるのはマナー違反じゃないのですか?
と聞くと、
無理な食べ方をしたり、
マナーにこだわって食事を楽しまないのは、
逆にマナー違反じゃないですか?
と返されました。‥‥いぶかしげに。
それどころか韓国の人たちも日本料理のお店で、
日本風の茶碗でご飯を食べるときは
しっかり手で食器を持ち上げて食事をします。
だってこっちの方が自然だもん、
と至って当然な理由を挙げて、
茶碗を持ち上げ、ご飯を口に次々運びます。
‥‥驚きですが、当然でもあるのでしょう。

日本人の私たちはこのように教えられて育ちました。
「ご飯とお汁はかならず
 食器を手で持ち上げていただきましょう」と。
当たり前のように思ってそうしていますが、
考えてみればそれは「押し付けがましい命令」
だったとも言えます。
命令なのにそれに何世紀も日本人は従ってきた。
なぜか、というと、
食器を持ち上げて食べるのがマナーであると
決めたのと同時に、
思わず手で持って持ち上げたくなるような食器を
作ってきたからなんですね。
マナーを命令形として意識させないように、
洗練された形をマナーに与える。
それが文化の役割、ということです。

持ち上げてもいい食器は
「持ち上げて欲しそうな形」をしている。
そう思いましょう。
お茶碗や汁碗を持ち上げなくては失礼な
日本料理のマナーでも、
おかずの入った大きなお皿を
持ち上げて食べることは失礼ということになっています。
同じおかずでも小さな鉢に入ったおひたしなんかは
持ち上げて食べても良いことになっています。
その違いはやはり食器の違いで、
「持ち上げにくい器」に入っている料理は
そのままテーブルの上において食べなさい、
という命令を秘めているわけです。
そういえば韓国料理のご飯、汁ものは、
大抵は鉄の重たい食器に入っています。
重たいだけじゃなくて底が比較的平らに出来ていて、
持ち上げようとしても手がかりが無い形をしています。
片手で持ち上げるのは殆ど無理で、
両手でしかもテーブルからはがすようにしなくては
手の上に乗ってくれません。

迷ったときはどうすればいいのかな?

手で持ち上げてもいいのかな? と迷ったときは、
その器を手で持ち上げる姿を、
他人の視線で思い浮かべてみてください。
スマートではない、美しくないな、と思ったら、
持ち上げるのをやめることです。
ハンバーグを食べに行った。
ご飯が一緒にやってきた。
そしてそのご飯が平べったい洋皿に盛られて、
しかし手元にはお箸しか無い。
お皿を持ち上げることは美しくない。
しかし同時に置いたままのお皿から
箸でご飯を口に運ぶことも美しくはない。
‥‥困ります。
そのときはお店の人にこういえばいいんです。
「スプーンを下さい。あるいはフォークでも結構です」。

不親切な飲食店もあります。
重たくて手首がとれそうなボールに
ご飯を入れて出すお洒落なダイニングレストラン。
大きくて見場はいいけれど、
とてもじゃないけれど持ち上げることは
絶対出来ないようなお皿に
ちょこんちょこんと料理を盛り付けて出す店。
お店は美しいのに
私たちが美しく食べることを許さない店。
‥‥許せない店です。

例えばお蕎麦やうどん、そしてラーメン。
丼で出されますネ。
手で持ち上げる、重さを確かめる、
そして温かさを確認する。
するするとすすり上げながら、
徐々に軽くなってくる手と引き換えに、
お腹がずんずん重たくなってくるのを感じる。
それが麺類を元気に食べる醍醐味であると思うのだけれど、
面白いデザインで豪華には見えるのだけれど、
重たくて到底、持ち上げられないような丼で提供される。
手で持ち上げて料理を楽しむことを許さない店。

ただ彼らは悪気があって
そのようなサービスをしているわけじゃありません。
気が付かないだけなのです。

お客様が美しく食べるということはどういうことか?
お客様が楽しく食べるということはどういうことか?

そんなときは静かに教えてあげましょう。
「スプーンを下さい」
あるいは
「もっと食べ易い食器に変えてはいただけませんか?」
お客様とレストランは手に手を取って
良くなり続けるパートナーでなくてはいけない、
と思うからです。


illustration = ポー・ワング

2004-09-09
-THU

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