おいしい店とのつきあい方。 |
初めてのお店に行くとき、 行き方を聞くスマートな方法ってあるんですか? 初めてのお客様に思われるのは死んでもイヤだ、 という人がいます。 入念に情報収集をして、まだ見知らぬ店の場所であるとか 名物料理、シェフの経歴から実際の評判までを 分かった上でないと安心してお店にゆけない‥‥、 という人達です。 理由は、お店の人に初めてだ、と分かると 馬鹿にされるんじゃないかしらとか、 常連の人の方が初めての人よりも 大切にされて得をするんじゃないかしら、 というような心配です。 確かに有名で高級な店では そうしたこともあるかもしれない。 しかも、今の時代はこうした 「お馴染みのお客様に見られたい症候群」 の人にとっては便利なものがたくさんあります。 インターネット、情報誌‥‥。 その気になれば、そのお店のかなりの常連のお客様よりも 裏事情に精通することが出来るかもしれない、 そんな時代ですから前勉強をすることは全くの無駄、 ということにはならないでしょう。 でも、そうした準備をすることも大切だけれども、 あまり行き過ぎるとお店に行く前から 偏見を持ってしまったり、 不必要な期待を抱いてしまって、 大した不手際を受けたわけでもないのに、 なんだか期待したよりも良くなかったネ‥‥、 なんてことになってしまう。 だから情報収集はそこそこに。 なにしろそのお店を初めて訪ねることが出来るのは、 後にも先にも一回きり。 そして、初めてであるということを上回る興奮だとか、 スリルだとか、あるいは時には落胆もあるでしょうけど、 ドキドキはその後、絶対にやってこない。 常連のお客様には絶対に味わうことの出来ない楽しみを、 自ら放棄してしまうのは勿体ないことだとは思いませんか? それにどんな常連のお客様でも、 必ず一度は「初めてのお客様」として そのお店を訪ねている。 紛れもない事実です。 良いお客様として記憶されて、 その後、素敵な常連のお客様として 特別扱いされたり得したりすることが出来るかどうかは 実は、その初めての瞬間にどれだけお店に人にとって 好印象を与えることができるか、にかかっているのです。
そこで果たしてお店の人に行き方を聞く、 それは良いことなのか? あるいは「良い聞き方」と「悪い聞き方」があって、 知らずにした何気ない電話が あなたのイメージを悪くすることがあるのかどうか? どうでしょう? あるレストランで食事している最中に、 お店の人がこんな電話の応対に追われる場面に遭遇しました。 「そうですか‥‥。お客様は今、 どちらにいらっしゃいます? ‥‥、六本木。‥‥、 それではまず西麻布までお越しになって、 それからまたお電話頂けますか?」 電話の向こう側でどのようなことを彼に尋ねたのかが 聞こえたワケではないですが、 初めてなのでここへの来方が分からない、 というようなことを聞いているのだな、 ということは容易に想像できました。 お客様としてのボクがそこにいる時間ですから、 当然、お店は営業のまっただ中。 それほど大きくはない客席ホールを ソムリエ兼ウェイターが一人で切り盛りするような、 でも繁盛店。 一つのテーブルを残して ほぼ満席になったばかりの状態で、 だから彼にはやることが一杯ありました。 電話がなったその瞬間も、 ちょうどボクの隣のテーブルで ワインの栓を抜こうとした時で、 ボトルの首をつかんで持ったままで、 受話器をとったのです。 にもかかわらず丁寧な応対をし、 電話を終えて、ワインを抜いてテイスティングをし、 続いてボクのテーブルにワインリストを もって来ようとする瞬間に、 再び電話が‥‥鳴りました。 リストを慌てて手渡し、受話器を取って 「西麻布までこられましたか‥‥。 それでは大きな通りを渋谷方向に向かって歩かれて、 二つ目の信号を‥‥」 とまた丁寧に対応をしていました。 「大変だネ」と僕らは言って、 でもそれで終わったモノだ、と思っていたら! そろそろ最初のお客様が頼んだ最初の前菜が 厨房から出始める頃になり、 さあいよいよ旨いモノをお願いしますヨ‥‥、 とレストラン中が舌なめずりしながら 揉み手を始めたその時。 ‥‥電話がなりました。 ボクはその電話に一番近い場所にいたモノだから、 その時、よっぽど彼の代わりに電話をとって 「店の場所ぐらい、自分で調べてやってきなさい」 と言おうと思ったほどです。 そんな気持ちはボクだけじゃなく、 そのお店にその時いたすべての人が 電話の方向をにらみ付けました。 そのくらい憤慨したんです。 でも、電話をとったのは彼。 そこから幾つ目かのビルの3階で、 看板が掛かってますのでおわかりになると思います、 ともうここまでくると 彼の応対が悲鳴に聞こえるようになりました。 ああ、やっと終わった。 そう思うと、この一部始終の目撃者である お客様のほとんどがもうワクワクし始める。 どんな不届きモノがやってくるのかと思って 入り口の方向が気になって仕方ない。 もうみんな「被害者友の会」的連帯感で一つになってる。 ほどなくしてお店のドアがあきます。 若い男女のカップルでした。 「すいません、先ほど電話しましたものですが‥‥ 迷ってしまって‥‥。」 と一応、恐縮しながら彼らは入ってきたのだけれど、 でもその時の店の雰囲気は独特なモノだったと思うな。 それまでにぎにぎしく会話していたみんなが 口をつぐんで入り口を見る。 その時、お店で彼らを待っていた僕らは仲間で、 僕らに迷惑をかけていた彼らに対して 無言の抗議を一斉に吐き出したから、 その空気の重さと冷たさと言ったらなかったでしょう。 テーブルについた彼らも、 そのただならぬ雰囲気に 違和感を覚えたんじゃないのかなぁ。 こう言いました。 「なんだか私達、場違いな感じがしない?」 「うん、多分、みんな常連なんじゃないか‥‥? オレ達、歓迎されてないような感じがするよな」 「なんか、やな感じ‥‥!」 なんの気なしにした、あることが自らを 「失礼なお客様」を演じさせてしまったのにもかかわらず、 この店、なんだか雰囲気悪い‥‥と思いこませた。 お店にとっては大変な迷惑です。 何よりそこにいたお客様を含めて すべての人にとって迷惑な話でもあります。 そしてこのような場面にしばしば遭遇してしまう。 ‥‥勿体ない! 店への行き方を携帯から聞く、 しかも予約時間のギリギリになって。 それこそが忙しいお店に対して配慮に欠ける行為であって、 尊敬されるお客様になり損なう重大な過失です。 「ワタシはあなたの店に行くのが初めてで、 しかもあなたのお店のことを あまり知らないままで参ります」 ということを暴露しているようなもの。 しかもそれだけでなく、 そのお店にいたすべてのお客様に 素晴らしいサービスを受け損なわせた。 大変な損失です。
お店への行き方は、 予約を入れる時にまとめて聞きましょう。 レストランが多分、忙しくないであろう時間帯をねらい、 必ず手元には地図を置き、 そのお店の住所近辺のページを開いて電話をかけましょう。 「初めてそちらに伺うことになるので、 今、地図を見ながら電話させて頂いております」 ‥‥ああ、素晴らしい。 こんな電話を受けたら、 早くこのお客様をお迎えしたい‥‥と 受話器の向こう側の人は思うでしょう。 「そちらへの行き方なのですが、 地図で大体の見当はつくのですが、 近くに目印になるような建物はありませんか?」 ‥‥ああ、なんというシアワセ。 なんでしたらこちらからお迎えに上がりましょうか、 とさえ思わせてくれる予約です。 お店の位置をとても手際良く、 しかも分かりやすく教えてくれる店があります。 逆に、電話の向こうの応対がぎこちなく、聞いている方が 「大丈夫ですか? あなた自分の店に迷わず 毎日、通えてるんですか?」 と心配したくなるような応対の店もあります。 前者は多分、とても繁盛しているお店で、 なんどもなんども自分のお店への道順を 説明し慣れている店だ、と言えます。 でもそれ以上に、お客様の立場で 自分の店の場所をいつも見直しているんだろうなぁ、 説明の仕方を考えているんだろうなぁ、 と思ってなおさらいとおしく感じられたりしますよネ。 お互い様です。 お店の人が心待ちにするだけでなく、 お出迎えしてまで来て欲しい、と思ってくれるお客様。 お店の人から歓迎されないお客様。 なによりお店にいるすべての人を敵に回してしまうお客様。 ちょっとした心配りであなたの印象はかわってしまう、 ということです。 illustration = ポー・ワング |
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