おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。



イタリアンレストランでピザとパスタを頼んだら、
どっちが先に出てくるんでしょう。

イタリアンレストランで
ピザとパスタだけを注文したとしましょう。
どっちが先で、どっちが後か。
つまりどっちが前菜で、
どっちがメインディッシュとして扱われるか、
ということですが、皆さんはどう思います?
理論通り、杓子定規に答えましょう。
答え、パスタが前、ピザ後ろ。
ちょっとビックリじゃないですか?

まっとうに答えるとそうなるんだけど。

問題はパスタという料理の性格にあるんです。
パスタはメインディッシュの前に食べるモノ、という性格。
イタリア語で、「プリモピアット」と呼ばれます。
直訳すると一番目のお皿。
メインディッシュがその次にやってくる、と言う意味で
「セコンディピアッティ」、
ただ単にセコンディと呼んだりもします。
ピザにはこれと言った性格付けがないので、
だからパスタとピザを頼んだら、
パスタは何かの前に提供されなきゃいけないワケで、
そこでパスタが前菜、ピザがメイン、
という順番になっちゃう。
事実、古典的でかたくなに頑固な
イタリアンレストランでは、この順番で提供されます。
たいていの人はビックリします。
お腹一杯になるものが先に出てきて、
いかにも頼りないペラペラのピザが
最後を飾る食卓に対して
かなりの違和感を覚えるのも仕方ないでしょう。
でも欧米の人たちが、器用にナイフとフォークで
ピザを切り分けて食べるのを見ると、
なるほどフォーク一本で食べられるパスタより、
ずっとピザの方がメインディッシュに近いのかな、
と思ったりもする。
さて、本場、イタリアではどうなんでしょう?

そう聞かれるとかなり困ります。
そうしたシチュエーションがイタリアにあるか?
というと、それがあまり思い浮かばないから。
ピザが美味しい店はあります。
パスタが名物の店もあるけど、
そのどちらもが美味しくて、
しかもピザとパスタを一緒に食べることを
推奨するような店があるかというとこれが困る。
街の人に聞いても頭をひねるし、
あまりしつこく聞き続けると、
なんでそんなにピザとパスタばっかり食べたいんだ、
と怒り出したりするかもしれません。
もしかしたらイタリア人はピザやパスタが
好きじゃないんじゃないか、って思わざるをえなくなる。

そういえばピザとかパスタとか、
ヨーロッパの料理の中ではかなり貧しい料理です。
お腹一杯になるには適しているけれど、
お腹一杯になりすぎる、
それも手っ取り早くお腹一杯になってしまう。
ボクの友人にとても外食が好きな人がいて、
彼女はこう言います。
「ワタシはイタリア料理は好きなんだけど、
 パスタだけは好きになれないのよネ。
 どうもお腹一杯になっちゃうから‥‥」
 
イタリア本国のピザやパスタがおいしくない、
という経験はありますか?

イタリアと言えば大昔、とても豊かな国でした。
でも今、この現在も経済的にも豊かか、
というとそうじゃない。
むしろ貧しい。
貧しさの歴史も半端じゃなく長くて、
ローマ帝国がなくなっちゃってからずっと貧しくて、
その貧しさがパスタやピザという料理を生みました。
美味しいのだけれど哀しい料理、それが小麦粉料理。
で、出来れば小麦粉のようなモノを食べないで
お腹一杯になりたいと思い続けて
何十世紀なんじゃないかと思うんだネ。
だから比較的豊かな北イタリアに行くと、
ピザは食べない。
高級レストランなんかでは
パスタもあまり出てこなかったりする。
どんどんフランス料理に近づいてくる。
イタリアで食べるパスタやピザって
思ったほど美味しくないわネ、
と失望する人がいるけれど、正直ボクもそう思う。
だって、出来ることなら
食べなくてすむようになればいいなぁ、
と思っているものを作るときに
ココロからの気合が入るか?というと、
そうじゃない。
だからピザとパスタを一緒に食べる、なんて
卒倒するほどの出来事に違いない。
日本からワザワザ、イタリアに来れるくらいの
金持ちのお前らが、なんでもっと
贅沢で気の利いた料理を食べて帰らないんだ、
と思われても仕方ない。
美味しい料理に貴賎なし、が日本人のポリシーだから、
食べたいものは食べたいんだし、
何より日本人のイタリア料理宇宙の真ん中で
キラキラ輝いているのがピザとパスタで、
だからそれを一緒に食べられるなんて
素晴らしいアイディアとしか映らない。
本場の人にどういわれようがしょうがない。

パスタとピザ、どうしても後先を考えるのであれば、
やっぱりパスタがピザの前だろうネ。
それにしても変な質問しないでヨ、
っていうのがイタリア的回答でしょう。
ところがこの質問にメインディッシュを付け加えると
状況は一変するのです。
それなら簡単さ、最初がピザで、
メインディッシュの前にパスタの順番だヨ、と即答となる。
ピザを肴にワインを抜いて、
パスタで腹ごしらえをしたら、
じっくり腰を落ち着けてメインディッシュをやっつける!
という、彼ら得意の楽しみ方がこれで可能になるから。

でも日本ではこういうスタイルが
スマートかもしれませんネ。

ステージを日本に戻しましょう。
日本人にとってピザとパスタ、
どちらを後に食べたいかというと
やっぱりパスタだと思います。
お腹一杯になったという実感を得やすいのは麺類で、
だから定石とは違っているということは分かっていても、
ピザの後にパスタを出してもらいたい。
そうした日本人の気持ちを分かって、
そのように最初から提供してくれる、
あるいはそうした提供方法がもうすっかり
システムとして定着しているレストランもあります。
ありますけれど、ここは一言、
お店の人にこう言ってみましょう。

「申し訳ないですけれど、
 ピザを前菜代わりに楽しみたいので
 パスタを最後にしてくれませんか?」
カッコいいです。
大人っぽい。
でもそういっちゃうとワインを一本くらいあけなくちゃ、
逆にかっこ悪くなっちゃうリスクもありますけれど、
でもこの人、なかなかわかってるじゃないの、
ということになる。
あるいはこうです。
「今日はパスタをメインディッシュ代わりにしたいので、
 ピザを最初に持っていただきたいのだけれど、
 いいですか?」
ちょっとダイエットを気にしているのよネ、
という余裕な態度ですらすらいえたら、
まるでイタリア人のように見えるかもしれない。

慣わしを少々曲げて、ワガママを楽しむ。
たまにはそれもいいことではないかと思います。

illustration = ポー・ワング

2004-10-21
-THU

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