おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。



パスタを上手にフォークで食べるには
どうすればいいんでしょう?

長い間、スパゲティは
スプーンとフォークで食べるもの‥‥、
と思われていました。
もっと前は、スパゲティは
フォークですくい上げてズルズルすすりこむ
「西洋うどん」のような料理でありました。
“スパゲティをズルズルすすり上げるのは
 マナーに反することなんだヨ”
“イタリアに行ってそんなことしたら
 野蛮人を見るような目で見られるんだヨ”
というようなことを言われたものです。

“スパゲティの食べ方は、
 フォークに一口大分の麺を巻きつけて、
 口に運んでパクッとするんですヨ”
 
ズルズルじゃなくて、パクッ。

そこで気のきいた店でスパゲティーを頼むと、
フォークと一緒に
スプーンが添えられるようになりました。
お作法はこうです。
右手のフォークで適量の麺をすくい上げ、
それを左手に持ったスプーンの上に乗せ、
フォークをグルグル回しながら巻き取って口に運ぶ。
確かにこれは発明でした。
なぜかというと、普通にお皿の上のパスタを
フォークだけで巻き取ろうと思ったら、
これがなかなかに難しく、
最初はほんの少しの麺を取るつもりだったのに、
フォークを回すにしたがって次々麺が巻き取られ、
気づけばまるで小さな毛糸玉くらいの大きさの
パスタボールが出来上がる。
下手をするとお皿の上のパスタが
ほとんどフォークに絡んで、
収拾がつかなくなったりするのだけれど、
スプーンをフォークの下に添えると、
それをある程度、防ぐことができる。
発明です。

多分、イタリアの人もこうやって食べてるんだ、
と誰もが思いました。
そう思ったのもつかの間、
実際にイタリアに行って
イタリアの人がパスタを食べているのを見てみると、
スプーンとフォークで食べている人なんかいやしない!
当然、レストランでスパゲティを頼んでも、
テーブルの上に置かれるのはフォークだけです。
「スプーン下さい」と言うと、
かなり怪訝な顔をされたりして、
「ええ? パスタを食べるときに
 スプーンを使うのは
 本当の食べ方じゃなかったんだ」
ってビックリすることになったりします。

スパゲティをスプーンとフォークで食べる、
どこでそんな風になっちゃったんだろう?

スパゲティにスプーンを
使い出したのはアメリカ?

話はアメリカに行きます。
イタリアじゃなくてアメリカ。
彼の地の日常使いの普通のイタリアンレストランで
パスタを頼むと、
フォークとスプーンがセットでやってきます。
彼らのうちの何人かは、僕らがやるのと同じように
スプーンの中でパスタを一口大分、
フォークに巻き取りパクッとやります。
でも、彼らのほとんどは、
フォークで麺をブチブチ切って、
マカロニ程度の短さにして
スプーンですくってバクバク食べます。
ビックリです。
その食べ方もビックリですが、
フォークで見事に千切れるほどに
柔らかく茹で上がった麺そのものにもビックリします。
お国柄。
イギリスに行くともっと過激で、
スパゲティを頼んでやってくるのは
ナイフとフォークだったりして、
ナイフでパスタを短く切って、
それからフォークですくい上げるようにして
バクバク食べることもある。
これもお国柄でしょう。
もっとも食べるということに貪欲で
向上心の高い人たちは、そんなことをしないで
フォークに巻きつけスパゲティを食べますが、
でもそうした景色に遭遇すると、
マナーにこだわることって一体なんだったんだろう、
と愕然とさせられたりします。
そうして多分、米国的と英国的が幅を利かした時代の
テーブルセッティングの常識が、
パスタと言えばフォークとスプーン、
という習慣を生んだのじゃないかと思います。

ところでイタリア。
さすがにイタリアの人はフォーク一本で、
見事に美しく、パスタを食べます。
イタリアンレストランで素敵なお客様、と思われる
一番いい方法は、
「まるでイタリア人のように食事を楽しむ」こと。
だからイタリア人のようにパスタを食べる、
ということに挑戦してみたいとは思いませんか?

簡単です。
フォークの持ち方さえ間違えなければ、簡単です。
フォークを一本、テーブルの上に置いて
ここから先を読んでみてください。

簡単です。練習してみましょう!

テーブルの上にフォークの表を上に置いてください。
フォークの表、は先が上にそっくり返る置き方、
つまりフォークの真ん中、
首の部分が浮き上がった状態です。
これからスパゲティを食べるつもりで持ち上げて、
握ってみてください。
どんな握り方をしていますか?
たいていの人は、鉛筆を握るように
フォークを持っているのじゃないかと思います。
この状態でお皿に盛り付けられたスパゲティを
取ろうとするどうなるでしょう。
試しにデスクの上にフォークを下ろしてみてください。
フォークは斜め、鋭角にデスクの表面に刺さります。
そうやってスパゲティの天辺から底までを貫いた
フォークをぐるぐる回すとどういうことになるか、
というと、次々、麺をかき集めて
巻き取りたくもなかった分まで
フォークに絡みつくことになる。
パスタの山にフォークを突き刺して回すと
シャベルで麺をすくい上げながら、
しかもサンダーバードのジェットモグラのように
ずんずん深みにはまってゆき、
そしてますますたくさんの麺をすくい上げ、
見事なボールを作ることになるのです。

そうならないようにどうすればいいのか。簡単です。
テーブルの上のフォークの盛り上がった首の部分を
上から親指と人差し指で軽く挟んで持ち上げる。
そしてそのままこぶしを握って
フォークの柄全体を包み込むように握ります。
小さな子供が始めてスプーンを握って
横にくわえるしぐさをしますネ、
右手親指がフォークの頭側、
小指がフォークの外側の端に向き、手の甲が上、
ちょうどそんな持ち方です。
ちょっと目、お行儀が悪い握り方ですが、
そのままスパゲティの山の上に持って行き、
その天辺にある麺を数本すくい取ります。
そうしてちょっと持ち上げて、
そのままクルクル、フォークを回す。
手のひらの中でフォークの柄を転がすようにクルクル、
フォークはお皿に水平の位置を保ったままで
クルクルクルクル。
そうすると不思議なことに
最初にすくい上げた分だけの麺が
きれいにフォークに絡みつく。
‥‥、それがちょうど一口分。
突き刺してグルグルではなくて、すくい上げてクルクル。
これがポイント。
ぜひ、練習してみてくださいネ。
まるでイタリア人のようにパスタを食べる。
ぜひ、チャレンジしてみてください。

最後の1、2本と
ソースをすくうには?

ところでそうやってフォーク一本できれいに美しく、
しかも楽しく快適にパスタを食べる。
でもどうしても最後の最後でパスタが数本、残ってしまう。
貼りついたようになって残ってしまい、
それをすくい上げて一本残さず
平らげようと思うのだけれど、
フォークだけではそれもかなわず、
ああ、もったいないな、ということが必ず起こります。
麺と一緒に野菜のかけらだとかハーブの一片だとか、
ちょっとした具材が一緒に残ったりして、
それも残さず食べたいな、と思いはするのだけれど
それも果たせず、ああ勿体無い、どうしよう。
そんなときはパンをもらいましょう。
パンを一切れ、左手に持って
それで残ったパスタだとかこびりついた具材だとかを
フォークの方まで持って行き、
フォークに乗せる手伝いをさせ、お皿をきれいに片付ける。
ついでにパンにはソースがタップリ染み込んで、
一皿のスパゲティを最後の最後まで
味わいつくす手伝いをしてくれます。

そうやってスパゲティを食べる。
美しさに満ちています。
食べる姿も美しく、食べ終わったお皿まで美しく、
厨房に帰ってきたお皿をみた瞬間に、
「ああ、このスパゲティを食べてもらって
 本当に良かった‥‥」
とシェフに思ってもらえる、そんな幸せに満たされる。
だから、フォークにスプーンなんて決して言わず、
楽しみましょう。


illustration = ポー・ワング

2004-11-18-THU


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