おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。



お店に行く、良い時間帯っていうのは
あるんでしょうか?
というお話の、つづきです。
「レストランにとって優しいお客様であろうとしたら、
 お昼なら午後1時過ぎ」と書きました。
では「レストランを厳しい目で評価する」つもりならば、
何時ごろに訪問するのがいいのでしょう?

ボクは初めてそのお店を訪れるとき、
なるべく昼の開店直後を狙って予約をします。
そうして開店時間ギリギリに間に合うように店に行き、
ドアが開くか開かぬかのタイミングで入店します。

大抵は午前11時か11時半。

その時間のその瞬間が、
そのレストランが良いレストランかどうかを判断するのに、
とても良い時間帯だ、と思っているからです。

お店がお客さんに誠実であるあかし、
そのもっともわかりやすいものが「時間」です。

良いレストランとそうでないレストランの一番の違いは
誠実であるかどうか、です。

誠実であるということは、約束を守るということ。

絶えず守り続ける、ということです。

レストランの中には様々な約束、
お客様に対して守らなくちゃならない約束が一杯あります。

例えば美味しい料理を作るためにレシピというのがある。

どんな材料をどのくらいの分量使って、
どのくらいの時間をかけて‥‥、
というような事細かな調理手順をまとめたものですけれど、
そのレシピの中に書き込まれている内容が「約束」です。

その通りに料理する、ということは
お客様との約束を果たすことであり、
いつ行っても美味しい店は、
レシピ通りに作る努力をしているということに
ほかなりません。
つまり「お客様との約束を守り続ける誠実な店」である、
ということになります。

オーナーシェフが一人で腕をふるうビストロや、
板前さんが一人でやっている割烹料理屋なんかでは、
レシピはないヨ、作り方は全部、
オレの頭の中に入っているから、ってことがある。
でも「経験」というレシピが
そうした店のシェフの頭の中には入ってる。

そしてその「経験に忠実であり続ける」ことが
お客様との約束のすべてであって、
やはり約束を守り続けることが出来なければ、
「あの人の料理は期待外れだ」と言われることになる。

サービスにしてもそうです。

お店の雰囲気作りにしてもそう。

お客様との約束を守り続け、期待にこたえ続けることが
良いレストランになるためには大切なのです。

そしてそうしたたくさんの果たすべき約束の中で、
お客様として一番わかりやすくて、
なのに容易にくじけそうになってしまうモノ、
それが営業時間なんです。

時間にルーズな店はダメ! ですよ。

時間通りにお店を開ける、というのは
簡単そうで難しいことです。

開店のための準備には、
もう本当にめまいしそうなほどたくさんの作業がある。
料理の仕込みや下ごしらえ。
テーブルのセッティングや簡単な掃除。
今日のメニューの確認や予約状況の把握など、
いろんな作業がたくさんあって、
しかもそれらの作業のほとんどが、
毎日同じことの繰り返しという単純作業。

単純な作業を繰り返すには、やる気が必要です。

そしてお店からこのやる気や規律がなくなると、
開店時間を守ることが出来なくなる。

やる気の無いお店の料理が美味しいはずがありません。

そして、規律をなくした店のサービスが、
気持ちよくあるはずもありません。

これはどんなレベルのお店にも共通して言えることで、
昔、ファミリーレストランチェーンの
営業状態を調査するのに、
開店時間にキチンと店をあけているかどうか、
だけを追いかけたことがあります。

開店時間を守れない店は、必ず数ヵ月後に
お客様の満足度が下がり、それにつれて売上高も減ってくる。

それほど大切なんです、営業時間。

だからまず開店直後を狙って予約した時間に
お店が開いていないようでは話にならない。

やる気はゼロです。

気の抜けた料理と間の抜けたサービスに
へたすると何時間も付き合わされる羽目になります。

でもお店が開いていればそれでよいのか、
というとそうでもない。

ただ開店時間に間に合わせるのでなく、
お客様をお迎えする準備が完璧に整った状態で
開店時間を迎える、これが大切。

まず、お店を運営するのに必要な人がすべて、
そこにいなくちゃ駄目です。

開店してから、シェフが裏口からのこのこやってくる。
ホールサービスのアルバイトと思しき若いスタッフが
頭をかきかき、遅れてやってくる。

そんな光景を目撃したとしたら、
今日の食事は期待薄と思って間違いない。

テーブルに座って耳を済ませると、
厨房の中がなんだかせわしない。
食材の納入業者が出たり入ったりしていたり、
明らかにまだ仕込みの作業が
終わっていないように思えたりする。

そんなときは多分、料理の提供時間が遅れるだろうから、
辛抱強くならなきゃいけない。

ナイフ・フォークがまだ並んでいなかったり、
今日のお奨め料理がまだ徹底されていなかったりと、
お客様を喜ばせる準備が整っていなかったりする。

そうした店、よほどのことが無い限り、
ボクは二度と行かないです。

料理やサービスの不都合は、
ちょっとしたアドバイスやちょっとした気付きで
いくらでも改善することができます。

でも心がけの不都合を直すことはとても困難。

習慣や癖の問題であったりもしますしネ。

おいしくっても、これじゃあ‥‥ネ。

野菜や魚介類の素材感を活かした
力強い料理が楽しめるので有名な、
とあるイタリアンレストランに初めて行ったときのことです。

開店時間にあわせて予約をし、
楽しみにしながら仲間が集まったその当日は、
忘れもしない、冷たい秋雨の降る日でありました。

開店時間の5分ほど前にお店について、
ドアをあけるとまだ準備中ですとウェイトレスが言う。

見れば店は真っ暗、
テーブルのセッティングもまだ出来てなく、
どう考えてもあと5分で店が開くようでなく、
ならば店で待たせていただけませんか? と言うと、
「いえ、それはできません。
 また5分後にお越しください」と断られました。

よっぽどそのとき、
そのまま帰ってしまおうかと思いました。
あまりの惨めさに。

でも前評判の高い店です。待とう。
結局、どこかで時間をつぶそうとしはするのだけれど
適当な場所も見つからず、
グルグル近所を散歩することとなりました。

‥‥冷たい雨の中を。

ちょっと遅れて行ったほうがいいんだろうネ、と、
靴をグズグズに濡らしながら
10分後に行くもまだ準備中で、
結局、テーブルに案内されたのは予約時間の15分後。

料理は? 不味くはなかった。

けれどサービス精神に欠けた料理でしたネ。

切り分けづらい形状の肉の塊、
グリルしただけの、美味しいけれど、
料理以前に感じられる季節の野菜、
のような感じの料理であって、
開店時間にお客様をお迎えしようという
心構えに欠ける人が作る料理って
こんな具合になるんだね、とみんなは思いました。

何より陰鬱で勢いの無いサービスは絶望的で、
ホールサービスの人たちはお客様の方を見るのではなく
厨房のシェフのために働いているような気さえしました。

お客様よりも料理やシェフが大切にされる店。

二度とその店には行っていません。

ファーストゲストのハッピーゲストに
なりましょう。

本来、開店直後は
お客様をお迎えする元気と情熱が
いちばん濃厚な時間であるはず。

今日一日を一生懸命頑張ろう、
という緊張感とさわやかさに満ち溢れているはずです。

お店に行きます。

ドアを開けると開店直後であるにもかかわらず、
もう何時間もボクのことを
待ってくれていたかのような状態で、
いらっしゃいませと言われて
準備万端のテーブルに案内される。

テーブルクロスはしわ一つ無く、
店内は美味しい匂いに包まれて、
仕込みをとっくに終えたシェフが笑顔で会釈をしてくれる。

しかもそのとき、お店のゲストはボク達だけである、
というような時。

これほどの幸運はありません。

シェフもサービススタッフも、そのお店で働いている人、
みんな漏れなく私達のためだけにそこにいてくれる。

開店直後の素敵なレストランを予約する最高の特権です。

なんの遠慮もせず、心置きなく
いろんな質問をしてみましょう。

このシェフはどんな料理が得意で、今日は何が美味しいのか。

夜はどんな雰囲気で、どんなお客様がいらっしゃるのか。

今日のようなお料理のときには、どんなワインを飲んで、
どのように楽しめばいいのか。

ゆったりした気分でメニューを開いて、
気になったことをなんでも聞いてみると良いでしょう。

その幸運は、繁盛店であればあるほどほんの一時で、
次のドアを同じ心持ちで開く
次のお客様がやってくるまでの楽しみでありますけれど、
一度経験すると、忘れることの出来ない時間になります。

徐々にテーブルが埋まっていき、
お店がざわめいてゆくのを
ただただ眺めるだけでもとても楽しいものです。

それから何より、ファーストゲストの料理は
とても大切にされるものです。

毎日の業務日誌にその日のファーストゲストのことを
書くことを習慣にしているシェフがいます。

その日、一番最初に作った料理と、
その料理を頼んだ人のことを克明に記録していて、
そのお客様が気持ちが良くてしかも楽しんでくれた日は、
とても良い気分で料理を作ることが
できるような気がするんです、と彼は言います。

そんなお客さまを「ラッキーゲスト」といいます。

幸運を運んでくれるお客様。

ファーストゲストがラッキーゲストだった一日は、
レストランにとって素晴らしい一日です。

ラッキーゲストになってみませんか。
レストランを使うことがとても楽しくなります。

さてさて、素晴らしいお店のとてもラッキーな
ファーストゲストとしての食事が始まりました。
実際に提供される料理がとても素晴らしく、
サービスを含めてその日の食事を堪能することができたら
手帳を出して、この次、ここに来れそうな日を
探してみましょう。
当然、予約する時間はお昼のピークが終わる午後1時過ぎ。
あなたはこの店の素敵な常連になる第一歩を踏み出した、
ということになるでしょう。

illustration = ポー・ワング

2005-01-13-THU


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