おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。




「会食とかパーティーで、
 スマートな着席の仕方ってあるんでしょうか?」

もちろん、あります。
カリフォルニアでの思い出話からスタートしましょう。

洋の東西を問わず、どんな街にも
その町を代表するレストランがあります。
そこで晩御飯をご馳走してもらう、
あるいはそこで会食を催すことに、
特別の意味があるようなレストラン。
北カリフォルニアのそうしたレストランでの出来事です。

立ち尽くす、10体のねずみ色の物体!

ボクは地元の大切なお客様の接待に、
その店を選んで食事していました。
さすがに雰囲気は落ち着いて、
サービスもつぼを心得た快適なもので、
おもてなししているボク自身が誇らしくなるような、
そんな素晴らしいレストランでした。

前菜が終わって、サラダを待っていたとき、
ドヤドヤと日本人のビジネスマンが入ってきました。
人数にして10名ほどでしょうか?
案内係りの女性と流暢な英語で
あれこれ話をしていましたから、
日本企業の現地法人の
社員の人たちだったのかもしれません。
決してアメリカという場所に不慣れな日本人観光客、
といった風情ではありませんでした。

彼らは店の奥の結構、目立つ、
つまり決して悪くは無いテーブルに案内されて、
どうぞ、と着席を促されました。
で、それからがちょっとした見ものでした。

彼ら、なかなか座ろうとしない。
なかでも一際、偉そうな立場の人が二人いて、
彼らが席を譲り合ってる。
誰それさんはこちらへどうぞ、
いやいや誰それさんこそこちらへどうぞ、
のような席の譲り合い。
着古したありきたりのスーツを着た日本人中年男性が
10人ほどもたむろしている景色は、
なんと美しくないことか。
しかもお辞儀をペコペコしながら、
席を譲り合い、薄ら笑いを浮かべて立ち尽くしている
10体のねずみ色の物体。
目を背けたくなるほどでした。
案内をしてきたお店のスタッフは困惑顔で彼らを眺め、
「どうぞお座りください」
と椅子を引いて着席を促すこと数回。
でも一向に拉致があかず、こりゃ駄目だ‥‥、
というように肩をすくめながら
そのテーブルを離れていきました。
で、しばらくの押し問答の後、
やっと彼らは収まるところに収まったのだけれど、
そのとき、そのテーブルにはサービスをするはずの
お店の人は一人も立ってはいなかった。
‥‥恥ずかしかった。

5人以上のときは、
席順を決めてから入店しましょう。

多分、彼らはテーブルに案内されるまで、
しばらくバーで待っていることを薦められたはずです。
「テーブルの準備と確認をさせて頂きますから」
とか言われて。
これには実はこうしたメッセージを含んでいます。
「お客様も着席する準備をしていただけませんか?」
つまり、ご案内したら速やかに着席できるように、
座る位置とか順番とか、
そういうものをイメージしておいてくださいネ、
というメッセージ。
だから彼らはこういいながら僕達を客席に案内します。
「Are you ready for seating, ladies and gentlemen?」
着席の準備は出来ましたか? であって、
テーブルまで歩いていく準備は出来ましたか?
ではないのです。

少なくとも5人を超えた会食の場合、
誰がどこに座るのかをあらかた決めてから
お店に入るようにする。
大切なエチケットです。
もし全員が一度に揃わなかったり、
あるいは思っていたようなテーブルでなく、
例えば大きな円卓に8人で座るつもりで行ったら
4人がけのテーブルが二つ用意されていた、
というような場合でも、まず躊躇無く椅子につく。
それから傾向と対策を練り直す。
決してレストランに立ち尽くす、
というようなことをしては駄目です。
格好悪い。
戸惑っているように見えるし、
慣れていないように見えるし、
なにより他のお客様の邪魔になる。
なによりテーブルについた直後の素晴らしいサービス、
つまりこれから始まる素晴らしい一連のサービスの
まず第一歩となるべきサービスを
提供することが出来なくなってしまう。
始まりで躓いたサービスが、
その後、急に良くなることはきわめて稀だ、
と思いましょう。

自己満足かもしれないけれど、
演じてみるのも楽しい!

別の機会にロンドンで、
女性を含む数名の友人とレストランに行きました。
そのレストランはロンドンを代表するほどの
歴史のある店ではありませんでしたが、
21世紀の現在を見事に代表する
野心的でお洒落なレストランとして有名でした。
都合、6名。
店に入ると案の定、
テーブルの準備が出来ているかどうか
確かめてまいりますのでお待ちください、と言われます。
ボクは「どんなテーブルを頂けていますか?」
と聞きました。すると。
ラウンジ風のプライベートダイニングを
用意させていただいておりますが、と言う。
そして、なんでしたらご覧になりますか?
と言うのでボクは一人でついていきました。
‥‥それはそれは素晴らしかったです。
まるでクラブのような艶っぽくてドキドキする空間。
その奥にしつらえられた半分個室のようになった
親密な空間で、そこだけパッと明るくて
多分、映画俳優とかがお忍びでコノ店に来たら、
あの席に通されるんだろうな‥‥ってテーブル。
しかもダイニングルームはほぼ満席の状態。
二ヶ月も前から予約していてよかったな、
というテーブルでした。

ボクは運よくそんなテーブルが
僕達に回ってきた幸運にまず感謝して、
よし、今日は格好よく決めてやろうじゃないの、
と思いながらレセプションに戻りました。
それで着席をするまでのコンセプトを
相談しながら練ってみました。
テーマは‥‥、そうだなぁ、
今年、僕の会社でベストアワードを受賞した
女性エグゼクティブを、管理職みんなでお祝いする、
というのでどうだろう?
会社はモデル派遣会社、みたいな感じで。
で、僕らが貰ったテーブルには
壁を背中にした席が二つ。
当然、ボクと彼女がここに座って、
君らはその反対側に。
お前はガタイが大きくて
ボディーガードのようにも見えるから
入り口に一番近い席。
で、君はその反対側って感じでいこうヨ。
ホールに入っていく順番は、君、君、君の順番で、
ボクと彼女が一緒に入って、
最後をボディーガード役がつとめる、ってのでどうだろう。
一同、了解。

そうやって相談が一段楽したのを見届けて、
「Are you ready for seating?」。
もちろん元気よく答えました。
「Yes, of course!」。
僕らが本当にモデル会社の
エグゼクティブのように見えたかどうかは別として、
その日のサービスはとてもスムーズ。
何よりお店一杯にあふれている
僕らより数倍もかっこいい現地のお客様の間を、
セレブリティのように堂々と、
しかも泳ぐようにスムーズに歩く僕達は
決して格好の悪いお客様じゃなかった。
みんなの羨ましそうなまなざしを感じたもの。
自己満足だったのかも知れないけれど‥‥、
でも多分、確かにそうだったもの。


illustration = ポー・ワング

2005-02-24-THU


BACK
戻る