おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。




「ヨーロッパの朝食ってなんであんなに簡単なんですか?」

“コンチネンタルブレックファスト”
と呼ばれる朝食のスタイルがあります。
コンチネンタル、大陸です。
英語で大陸といえば、
それはイギリスという島にとっての大陸で、
つまりヨーロッパ大陸のことを指す。
料理の世界でコンチネンタルといえば、
ヨーロッパ風ということですし、
だからコンチネンタルブレックファストといえばつまり
「ヨーロッパ風の朝ごはん」ということになります。
フランスやイタリアで朝ごはんといえば、
どんな高級なホテルのレストランでも
「パンとコーヒー」。
場合によってはそれにフルーツがついたり
チーズやハムが添えられたりはするけれど、
基本的にはパンとコーヒー。
厨房の中で火を使うのは
コーヒーを作るお湯を沸かすだけ的
そっけない朝ごはんになる。
なんで?
あれほど美食にこだわるヨーロッパの人たちが、
なんで朝ごはんだけ手を抜くの‥‥?。

それにはこんな理由があります。

前回の「イギリスの朝ごはんが世界一になった理由」
を思い出しながら読んでください。
わかり易くなりますから。

ヨーロッパの人の夕ご飯を考えると
朝ご飯のことも、わかります。

ヨーロッパ大陸の人たち、
中でもイタリア、フランス、スペインのような
ラテン系の人たちは享楽的です。
享楽的、という言い方が失礼だとしたら
「生活を楽しむことに貪欲」な人たちといえばいい。
金儲けのための労働が上手な人を軽蔑します。
どんなに金儲けが上手でも、
金の使い方を知らない人は人として劣っている、
とすら考えます。
「働くための食べる」のがイギリス人。
「食べるために働く」のがヨーロッパ人、
ともいえるかもしれません。
彼らの晩御飯にかける情熱は凄いです。
だって一日、一生懸命働いて、
そのご褒美に美味しく楽しいご飯を食べるのは
人に与えられた最高の権利です。
今晩、美味しいご飯が食べられるからこそ、
一日がんばれたわけで、だから一食一食、真剣勝負。
タップリ食べます。
タップリ飲みます。
しかもタップリ時間をかける。
3時間ほどかけてなんて序の口で、
4時間、5時間かかることもあったりします。
久しぶりにちょっと贅沢したいよネ、
なんてことになると、
まず職場から家に帰ってお風呂に入って、
おしゃれな洋服に着替えて街に繰り出す。
だから食事が始まるのは8時過ぎとかになっちゃって、
それから延々、何時間も食べ続けしゃべり続けて、
気づけば明日になっちゃってた、
なんてことだっておこります。
お腹一杯を通り越して、
もう咽の入り口まで一杯になっちゃって、
それでもチーズと食後酒かなんかで数時間、
おしゃべりをして家に帰ると
そのままベッドに崩れ落ちるように倒れこむ。
‥‥ようなことが日常です。

彼らの朝、といえば
忘年会続きのサラリーマンの朝、のようなものです。
ムネヤケです。
昨晩、飲んで食べたものが
まだ消化しきれないで残っています。
こんなとき体の中にいれておいしいもの、といえば
砂糖がタップリ入ったエスプレッソ。
ボールにたっぷりのカフェオレ。
そうした熱々のサラサラが胃袋を温めて初めて、
クロワッサンでも体の中に入れてみようかなぁ、
というコトになる。
ちょっと調子のいいときなら、
冷蔵庫の中に入っているサラミとかをつまんでみようか、
という具合になるかもしれないけれど、
でもワザワザ、フライパンに玉子を落として
グリルしてみようか、なんてことにはならない。
どっちみちあと数時間もすれば昼ごはんですから。
スペインでなら食事が終わって
昼寝をしなきゃいけないくらいに、
またタップリと食べなきゃいけない
昼ごはんがまってるのですから、
そんなにたくさん食事をしちゃもったいない。
というようなことで
コンチネンタルブレックファストが出来た。
ってことです。
貧しいからじゃなくて、
豊かな食生活をすごす知恵だということ。

でもヨーロッパで、がつん! と
朝ご飯が食べたくなったら?

ヨーロッパで、それでも朝から
温かい玉子料理を食べたくて仕方なくなることもあります。
頭の時差は解消できても、お腹の時差は頑固です。
あるいはやっぱり目が覚めたら
温かいものをお腹に入れないと
体が目覚めないことだってあります。
そんなときにはアメリカ系のチェーンホテルを探す。
するとたいていそこのコーヒーショップでは
アメリカブレックファストを作ってくれますし、
アメリカンスタイルのバフェで朝から心行くまで
いろんな料理を楽しむことが出来たりする。
イギリス的贅沢とヨーロッパ的贅沢を
一度に楽しむことが出来る、それこそ天国。
‥‥ではありますけれど、気づけばベルトの穴が一つ、
また一つと外側に移ってゆくという
地獄を経験するコトになったりします。
注意です。

そうそう、昔、ボクがとても
ラテン的な生活を送っているときの話をして
今日の終わりにしましょう。
20代の半ば、
レストランという場所の魅力に魅入られて、
ほとんど毎日、いろんなお店を
食べ歩く生活をしていました。
一晩でイタリア料理とフランス料理の
レストランをはしごする、なんて当たり前。
それぞれでワインを一本ずつは空け、
調子がよければ最後に寿司をつまんで〆にする、
ような無謀なこともしていました。
当時はかなりの郊外に住んでいましたから、
たまにホテルに泊まり込んでまで外食三昧をする、
要するに放蕩息子を堪能していたわけです。

ワインでもたれた二日酔いの朝。
食欲はないのに腹ぺこ! さてどうする?

あるとき、ワインを勉強しましょうか、
ということになり、
一晩で10本近くを一気に空ける、という蛮行に到った。
一人でそれだけ飲んだわけじゃないです。
でも生まれて初めての
「泥のように酔っ払う」ということを経験しました。
当然、電車に揺られて帰れるような状態じゃなく
ホテルに泊まりました。
終電をやり過ごした酔っ払いが
泊まるためのホテルじゃなくて、
まあ国際的にも認められた立派なホテル。
生意気な男の子でしたから‥‥。
どうやってチェックインしたのか覚えていない。
どうやって部屋に入ったかも覚えていないような状態。
迷惑だったでしょう、ホテルの人も。
で、朝、起きたら
「鉛の入った胃袋」がお腹の上に乗っていた。
二日酔い。
ただその前夜というのが、
ワインばかり飲んでいて腹に入れた
固形物はチーズと簡単な前菜料理のようなものばかりで、
空腹ではあったんですネ。
食欲のなき空腹。
コレはつらいです。
二日酔いで気持ち悪いのと、
猛烈な空腹で気持ち悪くて、
たまらずメインダイニングまでおりていきました。
陰鬱な雰囲気だったでしょう。
今にも死んでしまいそうな20代半ばの男の子が
レストランに入ってきて、
あてがわれるテーブルといえば厨房近くの柱に半分、
隠れてしまいそうな場所。
そこでため息つきながらどうしようか考えていました。

「何を召し上がられますか?」
そう聞くウェイターに、
すいません、食欲が無いんです、
でもお腹は空いてるんです‥‥
僕の胃袋の中にはまだワインが
タップリ居座っているみたいですから、と答えました。
じゃあ、シェフに聞いてきましょう、
と彼は厨房の中に入っていきました。

ホテルのシェフがつくってくれた
とっておきの二日酔い対策の朝食とは?

しばらくしてシェフがひょっこり顔を出した。
「ブルゴーニュにやられちゃいましたか?」
とニコニコしながらシェフはボクを見つめて、
それじゃあ、とっておきのを作って上げましょう、
まかせていただけますよネ? と言います。
うなずくしかないです、こうなったら。
しばらくして戻ってきたシェフの手には
オムレツがのったお皿が一つ。
「ミントのオムレツです。スッキリしますヨ」と。
それはオムレツというよりも、
甘くないスフレのようなお料理で、とびきりフワフワ。
フォークで割ると中からミントの香りが
ブワッとほとばしり出る
正真正銘、さわやかを料理にしたような一品でした。
含むとハッカの香りと一緒に
柔らかな湯気が口の中を温める。
飲み込めば、ココが喉ですヨ、ココが食道で、
ほらここに胃袋があるでしょう?
と、自分の体のあるべきさまざまを教えてくれる。
そして胃袋に入るやいなや、
ジンワリ玉子が痛めつけられた粘膜を修復する。
生き返るような心持ちで、
お皿の中身を全部たいらげるころには、
もうすっかりいつものボクに戻っていました。
そしてヒョイっと厨房から顔を出したシェフが
こう言いました。
「トーストでも焼きますか」
もちろん、と答えるボクのお腹がグーゥッと鳴りました。

とっておきのレシピ、
プロの調理人の頭の中にはあるものなんですネ。


illustration = ポー・ワング

2005-03-17-THU


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