おいしい店とのつきあい方。 |
「そういえばルームサービスの朝ごはん、 着替えて迎えないといけないのかな?」 ホテルで向かえる朝ごはんの中で、 一番、非日常的で、 だからとても贅沢なものといえば ルームサービスで頂く朝ご飯、 ということになるんじゃないでしょうか? 絶対に自分のうちではないことですから。 目が覚めて、あくびをしてたら 食べたいご飯が恭しく目の前にまで運ばれる。 そんなこと、映画の中の出来事でしかありえない。 ‥‥のだけれど、ホテルはそんな贅沢な夢を 可能にしてくれる魔法の場所です。 しかも自分の部屋で閉じこもって食べる朝食。 100%プライベート。 自分だけ、あるいはとても親密な 自分達だけの食事ですから、 どんなお行儀の悪いことだって許される。 この上も無いシアワセです。 だから、いいホテルに泊まる友人には 必ずこうアドバイスすることにしています。 「出発の日の朝ご飯は、 ルームサービスで楽しむといいですよ。 時間が上手に使えるし、 何よりいいホテルに泊まったネ、って 思い出作りにピッタリだから‥‥」と。 ところでルームサービスの朝食って、 一体、どんな格好で待っていればいいのでしょう。 バスローブでホテルの人を 迎え入れてもいいものなんでしょうか?
英国式の高級ホテルには 「バトラー」と呼ばれる人がいます。 執事、と訳されますが、 担当のお客様のありとあらゆる要望に応えてくれる サービスの責任者、だと思えばわかりやすい。 高級旅館における部屋担当の仲居さんのようだ、 と思えばいいでしょう。 当然、彼らは自分の担当の客室に自由に出入りできる マスターキーを持っています。 ホテルは部屋の中に自分以外が入れないから 快適なのじゃなくて、 部屋の中に自由に出入りできる人が 信頼できるから快適なのです。 そうしたホテルで昔、面白い体験をしました。 レストランの視察でアメリカに行き、 泊まったホテルがこのバトラーを置いていた。 つまり「相当に高級なホテル」に泊まった時のことです。 モーニングコールを入れました。 同行のすべての客室に対して朝の8時にお願いします、と。 すると朝の8時ちょうどにすべての部屋を、 とは約束できないが、8時から8時15分の間には モーニングコールが確実に完了するように努力するが それでも良いか? とフロントが言う。 まあ、仕方ないでしょう、と言って翌日を迎えました。 8時ちょっと過ぎのボクの部屋。 トントンとドアをノックする音がする。 なんだろう? と思います。 まだベッドの中にいたボクは バスローブを引っ掛けてドアを開けました。 するとそこに立っていたのは 銀のトレーの上にコーヒーカップとポットをのせ、 新聞を小脇に抱えたバトラーの姿。 「ミスターサカキ、8時のお目覚めの時間でございます」 そして部屋の中に入ってくると、 ベッドの脇のナイトテーブルでカップに コーヒーを注ぎながら、 今日の天気やら今日の街のイベントやらを あれこれしゃべる。 ‥‥まあつまり、ボクは大金持ちが 執事に朝起こしてもらう、 という儀式を体験したわけです。 まあユメミゴコチ。 で、コーヒーを手渡されて一口すすって、 まてよ、と我に返って聞きました。 「お願いしたすべての部屋を、 こうして起こして回っているの?」 「さようでございます。もちろん、 5人のバトラースタッフが 手分けしてではございますが」 こりゃ大変なことになったぞ、とボクは思いました。 果たして後で聞くと、シャワーに入っていて バスタオル一枚でドアを開け、面食らった人だとか、 あるいはそんなもの頼んでないぞと 必死で追い返した人とか、 ほぼ人数分の笑い話で盛り上がったのでありますけれど、 それにしてもびっくりしました。
「電話でもよかったのに」 そう言うと彼はこう言います。 「こちらの方が確実にお目覚めいただけますし。 目を覚ましていただくだけでなく、 気持ちよくお目覚め頂くのが私達の仕事ですから。 それにワザワザ、ドアをお開け頂かなくとも、 『どうぞ』と一声かけていただければ、 私ども、こうしてキーを預からせて いただいておりますから。 当然、ベッドの中から『どうぞ』でも結構です。 電話をとるよりも簡単で便利でらっしゃいましょう?」 なるほど謎が解けた、とそのとき思いました。 洋画なんかのワンシーンによくあるじゃないですか? ベッドの中で朝ご飯を食べるシーン。 新婚夫婦が新居で「ダーリン、朝ご飯よーん」と 奥さんがベッドにトレーを運ぶ、のでなく ホテルのベッドで朝ご飯。 あれは一体、どうした状況で 成立しているんだろうって不思議だったのです。 誰が客室のドアを開け、 朝食を運んでくれたホテルスタッフを ベッドサイドまで招きいれたのか、 それももう一度ベッドに入って?! というこの部分が長らくボクの中では 腑に落ちなかったのだけれど、 そのときその謎が解けたのです。 「トントントン」 「どうぞ、入っていいですよ」 それを合図にマスターキーでドアが開く。 考えてみれば最高の贅沢、最高のワガママ、 そして最高のプライバシーじゃないですか、ベッドで朝食。 ボクはそれから、飛び切りの贅沢をしたいときに こうリクエストしてみるコトにしています。 「クロワッサンにオレンジジュース、 それからカフェオレを頂きます。 ところでベッドでそれらを頂くことは出来ますか?」 ほどよく高級なホテルであればたいてい、 大丈夫です、ご用意させていただきます、と返事されます。 間違っても「スクランブルエッグにソーセージ、 それにトーストをつけてベッドの中で」とは言わないこと。 ナイフフォークの位置も定まらないほど 不安定なベッドの上で、 悪戦苦闘するあなたの姿を思い浮かべた 電話の向こうのスタッフのくすくす笑いに、 赤面してしまうかもしれないから!
さて最初の疑問に戻ります。 ホテルの朝食はベッドの中でも食べられるもの。 つまりホテルの部屋で食べる朝食は、 あなたが一番、快適でくつろげる格好で、 ということになるでしょう。 わざわざ着替えて待つ必要はありません。 ただし! 注文するものによっては お行儀良くすることを促されるようなこともあります。 要注意。 例えば英国の良いホテルで トーストを朝食に頼んだとしましょう。 バトラーがいるようなホテルでトースト。 ドアのベルがなります。 「どうぞ」を合図に バトラーが部屋に入ってくるのですけど、 彼はおそらくワゴンを押してやってくる。 ワゴンの上には薄く切りそろえられた 食パンとトースター。 そしてまず彼はトーストブレッドを一枚、 トースターにいれ焼き上げる。 焼きあがったらあなたの目の前のお皿に置いて、 熱いうちに食べることを促して、 そして次の一枚を焼き始める。 一枚目があらかた食べ終わった頃を見計らって、 二枚目がお皿に置かれて、の繰り返し。 30分ほど、延々とこの作業の繰り返し。 息が詰まること、確実です。 それほどまでにおいしいトーストを 食べる機会はおそらく二度と来ないだろうと思いつつも、 早くオレを一人にしてくれ、と必ず思う。 ましてやそのときにバスローブ一つの いでたちだったとしたらば、 まるでサービスしてくれる人の方が 自分より立派で上等な人のような気がし始めて、 味わうどころの騒ぎじゃなくなる。 ということで今日の結論。 よし今日はサービスしてもらうぞ、ルームサービスで、 と思ったときはそれなりの格好をしましょう。 今日はノーサービスで、プライバシーを楽しむぞ、 と思ったときはなんなりと。 裸以上の装いがドレスコード、ということになりましょう。 illustration = ポー・ワング |
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