おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。




「バフェでとった料理を残してしまう、
 これってバッドマナーなんでしょうか?」

さあ、これはどうでしょう?

“あまり沢山残されますと、
 追加料金を頂戴することにもなりますので、
 食べ残しにはご注意ください”

食べ放題の店に行くと、
ときおりそんな注意書きがあるのを目にします。
確かにこうしたお店に行くと、
「誰が食べるんだろう?」
と思うほどの分量の料理を山のように積み上げて
テーブルに運んでいる人を見ることがあります。
こうした人たちのちょっとばかりの無神経が、
せっかくの料理を
無駄にしてしまうことがあるのだろうな、と思えば、
冒頭の但し書きも必要かな、と思ったりします。

さすがにホテルの朝食バフェで、
そうした注意書きを見ることはありませんが、
だからといって、あり余るほどの料理を並べて、
食べきれずにタップリ料理を残してしまう──
これは良くない。
お皿を片付ける人は「どうしたことだろう?」と思います。

残した料理を見て、レストランの人は
どう思うのでしょうか。

ステキなレストランの人は、
お客様を疑うことを知りません。
自分のお店にはステキにお行儀の良いお客様しか
いないはずだ、と思って一生懸命働いていますから、
まさか自分の胃袋の容量を考えることも無く、
必要以上の料理をこのお皿に乗っけた結果がこれ、
とは思わないのです。

おいしくなかったんだろうか?
なにか不手際があったのだろうか?

そう思います。
バフェレストランの隣のテーブルに
大量に残された料理をみて、
同じお客様の立場であるあなたは
「もったいない」とか
「見苦しい」とかと言う印象を持つでしょう。
でもお店の人にとってそれは、
もったいない! ではなく
「なにか問題があったのではないだろうか?」
ということになるんです。
場合によっては調理場のスタッフを交えて、
ミーティングを行わなくてはならないほどの大騒ぎの素、
になるかもしれない一大事であるのです。

だから残さない。
出来うる限り残さない。
もし思っていたのと違った味で、
どうしても口に合わない料理であったとしたら、
それは正直に、
「すみませんでした。ちょっと苦手な料理で
 残しちゃいました‥‥」と言えばよい。
一度にたくさんとるのでなく、
いろんな料理をちょっとづつ、
そして何度もバフェとテーブルの間を
行ったりきたりしながら楽しむ。
そうすれば残してしまうリスクは減ります。
スマートです。

好きなものだけを取っていいなら、
こんなふうに取り分けてもいいのかな?

ところで先日、とあるホテルのバフェで
こんなおじさんに遭遇しました。
なかなかに豊富な品揃えの朝食バイキングで、
その中にフルーツカクテルのボールが用意されていました。
大きなガラスのボウルが砕いた氷の上に置かれ、
中にはいっぱいのフレッシュフルーツ。
メロン、パイナップル、ライチにリンゴと、
さまざまな果物がザックリ切られて、
透明のシロップの中に沈むかのように、
浮くかのようにプカリプカリと泳いでいるという
魅力的な一品でした。
で、そのおじさんは小さなボウルを手に、
一生懸命、銀のオタマを操っている。
何かをちょこっとすくってボウルに入れて、
じーっとまたパンチボールの表面を眺めて再び手を出し、
ちょこっと何かをすくって手元のボールに移す。
まるで金魚すくいをしているような、
そんな動作を何度も何度も繰り返し、
やっと納得したかのようにその場を離れました。
振り返ったおじさんが手にしていた
ボウルの中をみるとメロンがタップリ。
というか、メロンだけ。
おじさんは数多くのフルーツの中から
メロンだけをわざわざ選んでとっていたのでした。

メロンオジサン。
ボクはその人のことをそう呼ぶことにした。
メロンオジサン。
かわいくはある。
メロンが好きだったんでしょう。
でもそれ以外のフルーツは
あまり好きではなかったのでしょう。
好きではないものまでとって、
それを残すようなことはしたくなかったのでしょう。
だから一生懸命、メロンだけをとる努力をしたのだろう、
と思います。
それはそれで悪くは無い。
でもおじさんの後ろには凄い行列。
朝のフレッシュフルーツっておいしいですからネ、
人気があって、だからたくさんの人が並んでしまう。
何の気なしに振り返ったおじさんは、
自分の後ろがまるで年末バーゲン会場のレジの前、
のような状況になっているのを見てビックリした。
「すいません、ごめんなさい」
とお辞儀をしながら謝って、
一目散に自分のテーブルに戻っていったのです。
悪い人じゃない。
でも、かっこ悪い人、でした。

このとき、このおじさんはどうすれば良かったのでしょう?

お店の人に声を掛けてみましょう。

まずお店の人を探します。
あまり忙しそうにしていない人を見つけたら、
そっとお願いをしてみます。
「すいませんが、この中からメロンだけ
 とっていただけませんか?」
お店の人はもちろん、ダメ! とは言いません。
お客様が食べたいものを食べたい状態で提供をする、
ということを仕事にしているのがレストランの
ホールでサービスしている人たちです。
それはバイキングの時間帯でも同じであって、
その人はこう思います。
「自分の仕事をこの人は作ってくれた。
 ありがたい。‥‥さあ、がんばろう!」
彼らはとても素晴らしい手際で
メロンだけをよりわけて、ボールに移す。
お客様であるあなたの動作を、
3倍速で再生しているかのような魔法の手際で
きれいに盛り付けたら、
こうあなたに質問するかもしれません。
「ミントをおのせしてもよろしいですか?」
はい、と元気に答えればそこには
「メロンのマチェドニア、ミントを添えて」
という爽やかな朝の一品が出来上がっているのです。

実はこうした場面は、お店の人と、
一言、二言交わす絶好のチャンスなんです。
素晴らしい手際をみながら、
「うわぁ、やっぱりプロって違いますね!」
とか一言、二言。
その人はあなたに対して、
もっと褒めてもらえることはないかな?
と思ってがんばります。
バイキングはセルフサービスだから、
お店の人からサービスしてもらうことなんて
出来ないんだ、と思うのは大きな間違い。
バイキングは、お料理だけじゃなくて
サービスも選ぶことが出来る食事の形態なんだ、
ということです。

バフェでテイスティングはできる?

そうそう、冒頭の話題にちょっと戻ってみましょうか?
バイキングで取った料理が
自分が思ったものと違ってて
残してしまうのは、不可抗力だ。
本当は慎まないといけないけれど、
仕方がないじゃないですか。
確かにそうです。
でもバイキングのお料理を
味見することが出来る、って知ってましたか?

「すいません、この料理はどんな味なんですか?」

聞いてみましょう。
するとたいていの場合、小さなスプーンにひと掬い、
あるいはお肉やお魚の料理であれば
小さく切った一片、ひとかけを手渡してくれる。
テイスティングです。
とても楽しい。
「ありがとう」と言ってそれを食べ、
「これは苦手ですネ。もっとサッパリした味を
 想像していたので‥‥」
というように感想を言う。
サービスしてくれた人へのお返しです。
「それならこちらのものが
 お好みではないかと思いますが?」
とまたテイスティング。
おいしければ「これをいただきますね」と、
ウィンクしながらお皿を差し出せばいい。
そうしてバフェのカウンターを一周すると、
自分の好みのお料理の盛り合わせが手に入ります。
あなたとお店の人との幸せな共同作業が作り出した、
あなただけの一皿が手に入るのです。
当然、残してしまうなんていうこともない。
作り手も食べ手もみんなシアワセになれる
ちょっとした気配りです。
くれぐれもテイスティングでお腹一杯になっちゃった、
なんてことのないように。
それはデパ地下の試食コーナーで
お腹一杯になっちゃうようなもの。
まあそれはそれで楽しくもあるのでしょうけれどネ。

illustration = ポー・ワング

2005-04-07-THU


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