おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。




ドリンクバー。

ボクが若い頃にはなかったサービスです。
当時のファミリーレストランの人たちは、
少しでも良いサービスをするきっかけを作ろう、と
ソフトドリンクを提供する瞬間をとても大切に考えていた。
特にコーヒー。
ファミリーレストランのコーヒーが
お替り自由だった理由の一つは
「品質が劣化してしまう前にお客様に飲んでいただこう」
というものだったことは確かです。
時間が経ってしまったコーヒーほど、
まずいものはないですから。
その頃のファミレスでは、ウェイトレスが
コーヒーのポットの口に顔を近づけて
コーヒーが酸っぱい匂いがしていないかどうか、
確かめる姿があちこちで見られた。
まあ、懐かしい光景です。

ドリンクバーの台頭は、人手不足から。

ただコーヒーのポットを持って、
お替りいかがですか? 
って客席をグルグル回っていると、
いろんなことに気がつきます。
食事が終わっているのに食器が片付いていないテーブル。
デザートを出さなきゃいけないのに、
まだ出ていないテーブル。
当然、コーヒーがほとんど残っていないお客様には
その場でコーヒーを注いで差し上げることが出来ますし、
具体的なサービスをする必要がなくても、
「いかがでしかた?」
とかって、声をかけてあげることが出来たりもする。

そんな「サービスのきっかけ作り」がなぜなくなって、
ドリンクバーに取って代わられたのか?
というと、やっぱり人手不足が一番の理由でしょう。
コーヒーのお替りをしたくても
お店の人が忙しすぎてなかなか気づいてくれない。
「最初に!」
ってお願いしたはずの飲み物が料理のあとからやってきた。
そんなことでイライラしたり、失望するくらいなら、
自分で体を動かして、
自分の飲みたいものを飲みたいだけ飲めるシステム。
便利じゃないですか?
だから、ドリンクバーというシステムが
悲しいけれどどんどん増えてきているのです。

まあそういうボクも
ただただ友達とおしゃべりを楽しみたいために
ファミレスに行く。
あるいは出張先でレポートを書くのに
ビジネスホテルの小さなテーブルではなにかと不便で、
それでドリンクバーの置いてある
ファミレスで書類を広げる、
というようなことをしてしまいます。
サービスが必要のないときにはとても便利。
逆に何時間いても大丈夫なんだよネ、
という気軽さがあって、重宝します。

ドリンクバーで並んじゃ、いけません。

ただドリンクバーを使うとき、
ボクは次のことに気をつけて楽しむことにしています。

飲みものを取りには行くけど、並ばない。

お店が込んでいるときなんかだと、
ドリンクバーの前に行列が出来ていたりする。
下手をするとお店中のお客さんが
ドリンクバーの前にいて、
客席がスッカラカンなんて状態に
なっていたりすることさえある。
料理が来るまでの手持ち無沙汰を解消するには
これほどいい場所はないですからネ‥‥。
だからみんな集まっちゃう。
このときのドリンクバーって、
目も覆いたくなるような状態になります。
カップが足りない。
ストローの袋やレモンスライスが散らかっている。
サービステーブルの上には
ジュースのシミが残っていたり
氷の欠片が溶けずに半分残っていたり。
まるで酔っ払い百人の立食パーティーが
今、終わったばかりのような
惨状を呈していたりするのですネ。
行列に並ぶことそのものも嫌なんですが、
こんな状態を見るのがもっといや。
これからやってくるであろう料理まで
おいしく感じなくなってしまう、
ですから絶対見ないようにする。
そのためには、絶対に行列を作らないコト。
簡単です。

どんなに混んでいても、
不思議とドリンクバーの前が静かになるとき、
ってあるものです。
そこを狙ってススっと行って、
ササっと注いでテーブルに戻る。
かっこいいですし、シアワセですね。

うわっ、夕方のファミレスって!

先日、地方都市で夕方、4時前後だったかな?
中途半端な時間にちょっとした暇な時間が
スッポリできて、それでレポート書きでもしようかなぁ、
と近所のファミレスに腰を落ち着けたときのことです。
そんなへんてこりんな時間帯だから、
店はガラガラだろうなぁ、と思って入ったら
なんと女子高生で一杯だった。
ドリンクバーつきのファミレスって、
彼らのたまり場として最適なんですネ。
そのときも彼女達は
ドリンクバー周辺のテーブルに陣取って、
おしゃべりでにぎやかなことにぎやかなこと。
ボクはそこからちょっと離れた、
それでも静かに感じるテーブルをもらって書類を広げた。
お飲み物はあちらからご自由に‥‥、
とテーブル担当のウェイトレスにそういわれて、
指差された方を見るのだけれど、
そこは学生達がたわわに群がる。
すいてからにしよう、と仕事の合間に
ドリンクバーの具合を眺めてみはするのだけれど、
一向にすいてく気配が感じられない。
頼んだ料理をもってきてくれたウェイトレスに
「大繁盛だね‥‥」と。
彼女は、「にぎやかでもうしわけございません」
と答えながらお皿をテーブルに置く。
「いやいや、ドリンクバーが大混雑で、
 コーヒーをとりに行こうにも気後れしちゃって‥‥」
と答えるボクに、彼女はそっとこう言った。
「いつもこの時間はそうなんですよ。
 ご迷惑、おかけします。
 混雑が落ち着いたらお知らせしましょう」
ああ、ありがたいです、お願いします、と、
仕事の手を止め届いたばかりのサンドイッチにしばし没頭。

なかなかに良く出来たクラブハウスサンドイッチで、
感心しながら二切れ目に手を伸ばしたとき、
さっきの彼女の声が聞こえた。
「お待たせしました!」
おおっ、やっとドリンクバーが落ち着きましたか?
と立ち上がろうとしたら、
目の前にコーヒーカップがストンと置かれた。
「混雑がなかなか収まりそうになかったものですから、
 お持ちしました。コーヒーでよろしかったですよネ?」
そう言いながら、コーヒーフレッシュと
砂糖を差し出しお辞儀する。

うれしかった。
期待もしていなかったサービスにとてもうれしくて、
ボクは自分でもビックリするくらいの勢いで
手を差し出して握手をおねだりした。
彼女も気恥ずかしそうではあったのですけど、
ボクの手を握り返してくれて
まるで昔の夢に満ちたファミリーレストランが
そこに再びやってきた、ような感じがしました。

それから次の仕事まで2時間ほどをそこで過ごして、
その間、ボクは2度立ち上がって
コーヒーのお替りをドリンクバーにとりにゆき、
彼女は2回、忙しい作業の合間を縫って
新しいカップに熱々のコーヒーを入れて持ってきてくれた。
店を出るとき、レジに立つボクを見つけて
彼女が飛んできてくれて、
ありがとうございます、と挨拶までしてくれる。
「今日は面倒なことをしてくれて
 ありがとうございました」とお礼を言うと、
彼女はこう言う。
「久しぶりにサービスをさせていただいた気がします。
 ワタクシこそどうもありがとうございました」

お店の人はサービスをしたくないわけじゃない。
サービスをすべき人が来ないから
サービスのキッカケがもらえない。
それだけなのかもしれないな、と思ったりした。
ドリンクバーの行列に並ばぬ決心が、
多分、あなたを素敵なお客様に見せてくれる。
群集に埋没しない生活って、
実はとても素敵なものであるのです。


illustration = ポー・ワング

2005-06-23-THU


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