おいしい店とのつきあい方。 |
ファミレスにはいろんなお客様にとっての 楽しみ方が用意されている。 このシリーズの最初の段階で、 そう言うふうに説明しました。 そしてその「いろんなお客様」の中には、 「一人のお客様」が含まれている。 たいていのレストランでは 一人のお客様は歓迎されないことが多い。 一人のお客様が嫌われるのか、というとそうじゃなくて、 実はレストランで働いている人たちは 一人のお客様を楽しませることが苦手なんです。 だから一人のお客様を玄関先に発見すると、 一瞬にして凍りつくほど緊張する。 つまり一人のお客様=「怖い」お客様なんですネ。 誰も自分自身を怖いお客様にはしたくないでしょう?
例えば予約が必要であるような ちょっと気取ったレストラン。 お客様はそこでタップリの時間を楽しむためにやってくる。 ユッタリとした気持ちでユックリ時間を費やしながら、 テーブルを囲む人同士でコミュニケーションを楽しむ。 お店の人はそのお客様同士の コミュニケーションを手助けするために、 サービスの合い間に話しかけてくる。 例えば話題を盛り上げるためのヒントを伝えるであったり、 会話が途切れないように次の話題のキッカケを 作ってあげるであったり、 あれこれ声をかけてくれはするけれど、 あくまで会話の主役はお客様同士。 だから話し相手を持たない一人のお客様が、 手持ち無沙汰にボンヤリ、 次の料理を待っている姿なんて、 レストランのサービススタッフにとっても もっとも見たくない景色の一つじゃないか、と思うんです。 一人でレストランの片隅に佇んでいて絵になる人になる。 素晴らしいことですが、 かなりの経験とかなりの我慢強さと、 そしてかなりの自信に満ちた姿勢がなくては難しい。 目に見えぬパートナーを相手に 独り言をブツブツ言い続けるお客様なんて身震いしますし。 その点、ファミリーレストランという場所は 「サービスを受けないというサービス」 を選ぶことが出来る。 お店の人も「この人は一人を楽しみに 来ているのかもしれない」と思って、 そっと放っておいてくれたりする。 だから気兼ねすることなく、 一人で黙々と食事をすることが出来る。 あるいは気兼ねすることなく、 買ったばかりの本を開いて眺めてみたり 仕事の続きをしながらコーヒーを楽しんだり、 ということが出来るのですね。 一人に優しいレストラン、 それがファミリーレストランと言えるんですね。
実は、ほったらかしにされたいお客様にとって 最適なテーブルというのがどんなレストランにもあるんです。 設計の都合上、柱の陰になってしまっているテーブル。 建物の幅の都合で、二人で座って料理を取ると 料理が並びきらないかもしれない、中途半端に狭いテーブル。 ポツンと一つだけ離れて置かれた寂しいテーブル。 気配りや目配りが行き届かない、 完璧なサービスをしようと思うと不都合の起こる客席で、 そこにお客様を通すと、接客担当が緊張するような場所。 でもそこはサービスを必要としないお客様にとっては 最高のテーブルでしょう? だからお店に入ったらこういってみます。 「今日は一人で静かに食事をしたいんですが‥‥。」 するとたいてい、そうしたテーブルに案内してくれる。 お店の人はほっとします。 ああ、あのテーブルのことをあまり考えなくてすむ。 ありがたい。 あなたはそこをまるで自分の家の ダイニングテーブルのようになんの気兼ねも無く使えば良い。 シアワセです。 コーヒーのお替りをもらうのに、 ちょっと背伸びをして手を挙げて合図しないと 気が付いてくれないかもしれないけれど、 読書の間に背伸びが出来た、と思えばそれも楽しいものです。
とはいえ一人でもほったらかしにされるのが 寂しくて仕方ないときもあります。 一人なんだけど、家で一人で食事するのも なんだかつまらないし、 だからファミリーレストランに来たんです、 というようなとき。 そんなときには飛び切り賑やかなテーブルをもらいます。 どんなテーブルか? 例えばカウンター。 ファミリーレストランのカウンターは たいていお水やソフトドリンクを準備する 作業スペースの近くにある。 ホールサービスをする人たちの作業を間近に眺めながら 食事を楽しむことが出来る特等席の一つです。 とても楽しい。 お店が忙しいと、カウンターの中の人の動きが賑やかになる。 みんな真剣な顔つきでグラスやカップを並べたり、 ナイフフォークを補充したり、という作業が続く。 へえぇ、レストランにはこんな細かな仕事があるんだ、 とか思いながら見ていれば 料理が届くのはあっという間に感じられます。 一転してお店の状態が緩やかになってくると、 カウンターの中に立つお店の人の表情が柔らかになる。 良いサービスでピークタイムを乗り切った、 という達成感でそこがポワッと温かくなるような 感じさえする。 シアワセです。 そんなタイミングを見計らってニコッとすると、 お店の人はハッと我に帰って 「コーヒーのお替り、いかがですか?」 なんてきいてくれる。 「ええ、お願いします。忙しかったようですね。」 の一言に、こういう答えが返ってくる。 「新しいカップでご用意しましょう。 せっかくですから‥‥。」 そこにあるカップにコーヒーを注ぎ足すのでなくて、 新しい、それも熱々に温められたコーヒーカップに 落としたばかりのフレッシュコーヒーを注いで、どうぞ! 手から親切が伝わってくるようなコーヒーが、 おいしくないはずがありません。 ああ、おいしいですね、 ありがとうという言葉をキッカケに、世間話を一つ、二つ。 決して一人で食事することは哀しくはない。 そうは思いませんか? カウンターはお店の人とお客様との 最高のコミュニケーションの場、なんですね。 例えば寿司屋さんのカウンターで繰り広げられている、 作り手と食べ手の真剣勝負のような コミュニケーションも素晴らしいけれど、 ファミリーレストランのような気軽な場所のカウンターで 体験できる、軽やかなコミュニケーション。 コミュニケーション上手は聞き上手。 そしてサービスを受ける上手な人は、 待ち上手であり眺め上手だ、ということです。 illustration = ポー・ワング |
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