おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(三冊目のノート)

好き嫌いがありますか? と聞かれるとちょっと困ります。
なかば食べることが仕事のようなボクの商売で、
食べられないものがある、というコトは言いたくはない。
なんだか負けたような気がして、
笑顔で何でもおいしくいただけますヨ、と答えたい。
健啖家、を絵にかいたような
何でもバクバク食べられる人間に
なりたくはあるのだけれど、
結構、食べられないものがあったりするのが、
ちょっと哀しい。
だから料理の注文をするとき、
「しまった」というコトが無いように、
お店の人とのコミュニケーションは
欠かさぬように努力することを怠りません。
おいしいモノを食べに来て、
こんなはずじゃなかった、と後悔するのはいやですから。

どうしても食べられないものが幾つかあります。
体質的に受け付けない。
あるいは、その食材にまつわるとても哀しい思い出があり、
そのため頭がそれを食べることを拒否してしまう。
そんな残念な食材‥‥、例えば「舞茸」。
昔はいくら食べても平気でした。
秋の始まり、キノコの季節の贅沢の一つが
舞茸を焼いてレモンを絞ってパクパクやる、
というもので、松茸なんかよりずっと味わいがあるよな‥‥
なんて、悦にいっていたりしました。

当時のボクは暴飲暴食を生きがいのように感じていました。
その日も出張がある、というのに
明け方近くまで飲んでいて、
二日酔いにもかかわらず立ち食い蕎麦を朝から啜って、
その数時間後に乗り換えとなる高崎駅で
「舞茸ご飯」なる駅弁に遭遇をして、バクッ。
‥‥途端に急に気持ちが悪くなり、
胃袋が突然、悲鳴を上げて
内容物が逆流しはじめる気配がしました。
気配はそのまま気配で終わらず、
体が裏返ってしまうかのような悲惨な状況に陥りました。
それからずっと、舞茸を見ると
そのときの悪夢が思い出されて、
どうにもこうにも手が出ません。
自業自得の出来事ですな。

そうした不摂生の末、
体重が優に100キロを超えるようになり
体の端々をものにぶつける日々が続いて、
とうとう風が吹いても痛い病気になってしまった。
で、ダイエットであります。
往々にして大きな振り子は
極端の端から端に一挙に振れます。
ボクはしばらく、食べられるものよりも
食べないと誓った食品の数が
圧倒的に多い時代をすごしました。
まず炭水化物の類は極力食べない。
甘いものもご法度で、動物の持つ脂分は絶対カット。
まるでプロボクサーの試合直前のような食生活を、
半ば楽しむようになっていました。
そんなときのある失敗です。


◆ダイエット中のパスタ、その中身は?


イタリアンレストランで食事をしていました。
上のような極端な食生活の中で、
和食とイタリア料理‥‥、かなり便利な料理であります。
野菜と魚介類を中心の献立を選んでいけば、
ダイエット中でもなんとかなるし、
おいしさを犠牲にしなくても良い、
という意味で体に優しい料理ですから。
その日も、体に軽いものを作ってくださいと
リクエストして、さあ、晩ご飯の始まりです。
ミネラルウォーターを飲みながら前菜を食べ、
「パンでもいかがですか?」と差し出された
パン皿の上に置かれたバゲットをつまんでこう言いました。
「すいませんが、下げてください。
 炭水化物は食べないことにしているので!」
高らかなる決意の宣言です。
同席の仲間からは、おおっ、と驚きの声があがり、
「お前、ほんとに極端だよな」
とあきれ半分感心半分の言葉をもらいます。
承知しました、とお店の人は
パン皿ごとボクのパンを下げて、
ボクのポリシーが完璧に受け入れられた‥‥、
そんな満足感の中、食事は粛々と進んでいきました。
幾つかの料理で、ボクの料理だけが
他の人たちの料理とは微妙に違って、
それもつまり、体に優しい料理を食べたい、
というボクの気持ちに合わせてくれた気遣いで、
ボクは満足。
ところがパスタがやってきたときにボクは仰天。
一堂仰天‥‥、とあいなりました。

その日のパスタはトマト味のボンゴレでした。
細めの麺に大振りのアサリとトマトと
フレッシュバジルがキレイに絡み付いて、
見るも美しく食欲そそる一品で、
なのになんとボクのお皿の中には
一本のパスタも入ってなかったのです。
トマトスープの中に寂しく沈んだ殻つきアサリ。
アサリのトマト風味ワイン蒸し‥‥、
を想像していただけると
そのときのボクの目の中に入ってきた光景が
わかっていただける、と思います。
困惑するボクに対してサービス係がこう一言。
「炭水化物をお召し上がりになれない、
 ということでしたので、
 サカキ様には麺抜きの
 ボンゴレロッソをおつくりしました」

ボクは開いた口がふさがらず、
同席のみんなは笑いをかみ殺すのに必死にでした。
だってボクがイタリア料理で一番好きなのが、
実はパスタで、どんなに炭水化物を控えていても、
パスタだけは別物‥‥、と思っていることを
彼らは良く知っていたから。
哀しかった。
でもこの悲しみの種をまいたのは自分だ、
というコトがわかっていたから誰にも文句も言えず、
ちょっと分けてやろうか‥‥、
とフォークに巻いたパスタを手渡そうとする
友人の行為も制して、ただただ、
アサリの身をせせることを集中をしました。
おいしかった‥‥、けど本当に情けなかった。

それに続いたメインディッシュもみんなは肉、
ボクは野菜で、なのに手元に届いた割り勘分の勘定は、
キッチリみんなと同じでした。
再び落ち込み、反省をしたのであります。



◆マイナスのアレンジだからといって
 値段がマイナスになることはありません。


さてレッスン。
飲食店の算数で食材の引き算が
そのまま値段の引き算になるということは無いのだ、
と言うコト。
これをココロに刻みましょう。
ワガママを言う。
ワタシ、コレが食べれませんので
よろしくお願いをいたします。
そう頼んだその結果、不完全な料理になったり、
あるいはあきらかにみすぼらしい料理が
目の前に届いたとしても、
だからといって安くしてくれるとは限りません。
場合によっては嫌いなモノの代わりに、
なにか別の素材や料理にしてくれることがある。
でもたいていは、本来、
何かがあるべき場所が
ポッカリ空白のままで出てきてしまう。
寂しいけれど、仕方ないです。
自分の都合を聞いてくれただけでもシアワセ、
と感謝しなくちゃいけない。
そのワガママを聞いてくれた分、
余分にお金を払わなくちゃいけないところ、
定価と同じ値段で勘弁してもらったんだ‥‥、
と思えば納得が出来るでしょう。

ジーンズを買って、裾あげしたら、
それでトートバッグが一個、作れるかしらと思えるほどの
端切れが出来たから、値段を引いて、とは言えないでしょう。
それとおんなじ?
完全におんなじじゃないかもしれないけれど、
おんなじような感じだと思ってください。
たとえ引いてもらった食材が、
その料理の中で一番値の張る、メインの食材であっても
この法則は変わらりません。
厳しいですけど、変わらないのです。

こんな話があります。
あるチェーンストアのハンバーガーショップに
菜食主義者のお客様がやってきました。
その人はこういいます。
ハンバーガーのパテ抜きを一個下さい。
ハンバーガーからハンバーグの部分を引いたら
ただのソースを挟んだパンになる。
それでも作ってどうぞと言って手渡して、
定価の値段を伝えたらニコッと笑って払ってくれた。
世界どこでもこうですから‥‥、って。
東京、銀座にデイリークイーンがまだあって、
ハンバーガーを売っていた頃の本当にあった話です。

レストランの定価の世界。
とても深くて味わい深い話は
次回につづきます。

(つづきます)



2005-12-01-THU

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