クリスマスのことでした。
今から15年ほど前。
馬鹿みたいに景気が良かった時代で、
みんな、何かの口実を見つけてはお金を無駄遣いするのが
当たり前だったような頃のハナシです。
海外に住む友人がいました。
大学時代の友人が、
海外で事業を始めるために日本を離れて、2年ほど。
「めどが立つまでしばらく帰ってこないから」
という言葉通り、彼はそれから
日本に戻ってくることはありませんでした。
──のに突然、その年の12月のはじめのこと、
その彼から電話があったのでした。
12月23日からたった1日だけど東京に来る、
というんですね。
事業もある程度軌道に乗って、
実は日本の会社と提携関係を持つことになり、
その契約で日本に行く。
年末はどうしてもこちらにいたいから、
ユックリできるわけじゃないけど
出来れば昔のみんなと食事をしたい。
なんとか世話を焼いてくれないか?‥‥と。
日本に戻るのでなく、日本に「行く」と言った
彼の何気ないその言葉に
今の彼のココロの決意を聞くような気持ちで、
いいよ、オレに任せろ。
気をつけて帰ってくるんだぞ‥‥、
とそう言いボクは電話を切りました。
そのときは、気づきはしなかったけど、
何気ないその一本の電話は、
それからのとんでもない騒ぎの始まりになったのでした。
──こんな具合にです。
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◆なぁ、あいつを、どこでもてなそうか?
彼が「昔のボクら」はオトコ5人。
20代の後半で、ほとんどがまだ家庭も持たず
フラフラしており、だから5人のスケジュールをとる、
と言うコトはそれほど大変なことじゃありませんでした。
音信不通の昔の友人が久しぶりに帰ってくる‥‥、
という出来事は、ボクらの気持ちを
学生時代にストンと引き戻してくれ、
当時の熱狂を再び手にする、とてもよいキッカケでした。
飛び切りうまい日本料理を食わせてやろうか。
いやいや、あいつは酒が好きな奴だったから、
うまいワインでも抜いてみようぜ。
そんなことをみんなで考え、盛り上がる。
ただみんな、旨いものを食べたり
おいしい酒を飲んだりして
贅沢することが大切なのではなく、
一緒に数時間を楽しく過ごした思い出を
彼にプレゼントすることこそが大切なんだ、
というコトを知っていました。
だから場所選びに難儀するのも当然です。
みんなの思い出を作るのにふさわしい場所‥‥。
なかなか思いつくものじゃなかったです。
ボクらはあれこれ考えました。
海外から久しぶりに帰ってきて、
おそらくそれからしばらくまた
東京には戻ってこない友人を
もてなすにふさわしい場所。
みんなで昔の思い出話なんかをして、
奴ならどんな場所にいたいだろうって考えて、
それでボクらは彼に
東京タワーを見せてやりたくなりました。
当時の東京で、一番目立った建造物といえば
それは東京タワーをおいて他になく、
しかも東京タワーには
夢がたくさん詰まっているような気持ちがしたから。
そこで東京タワーを眺めることが出来るレストランを
探そうと言うコトにあいなりました。
今のように超高層ビルが
東京タワーを取り囲むように
林立してはいない時代の話です。
だから簡単にそうしたレストランが見つかるだろう‥‥、
と思った。思ったのだけれど、それは至難の業でした。
フランス料理とかイタリア料理のお店はまず全滅。
和食のお店も中国料理の店だって、
大切な人をおもてなしするにふさわしい店は
ほとんど予約で一杯で、
かろうじて空いているところといえば巨大な宴会場とか、
窓も付いていないような薄暗い個室とかで、
探せば探すほどボクらは絶望的な気持ちになりました。
なんたる不運。
なんたる非力。
そんな時、ボクは仕事の都合で
ちょっとした面識のあった、
とあるホテルのレストラン部の
マネジャーのことを思い出し、
相談してみることにしたのです。
どうしてこうした相談をしなくちゃ
いけなくなったかの顛末をまずは話した上、例のお願い。
クリスマスの夜。
オトコ5人が。
東京タワーを眺めながら。
食事しながらくつろぐことの出来るテーブルを。
一個でいいから。
ほしいのですが‥‥。
というその6フレーズの最初の一行を除いては
それほど大変でないこのリクエストを、
何度も何度も復唱しながら
最後に彼はこう言いました。
「レストランではうちのホテルも含めてまず無理でしょう。
もしある程度の予算があって、
レストランという場所と料理の内容にこだわらなければ
もしかしたら期待にそえる提案ができるかもしれません。
だから一日いただけませんか?」
と、その言葉にボクはすがるように頭を下げました。
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◆そして用意された場所というのは‥‥?!
翌日、彼から電話がありました。
今すぐ来てくれませんか?
そういわれて、ボクはホテルのオフィスに出向き、
彼からこんな提案を受けました。
当日、レストランの東京タワーが見える席は
すべてソールドアウト。
でも東京タワーが見える部屋ならば一つだけ、
それもスイートルームが空いています。
リビングルームに男性5人なら
十分に座れるソファがあり、
サンドイッチをご用意すれば
十分、会話を楽しんでいただくことが出来るでしょう。
ホテルのシャンパンほど高いものはございませんから、
お持ち込みになるのであれば、
グラスは私どもでご用意しましょう。
あいにく、皆様が
お泊りいただくわけにはまいりませんが、
その海外からのお客様にお泊りいただき、
他のお客様は最終の電車でお帰りいただく、
というお約束であれば
一晩、15万円でその部屋を
お使いいただいても構いませんが。
一人3万円を超える割り勘も、
当時の馬鹿みたいに高いクリスマスディナーの
特別料金のことを考えると
決して無謀とは思えませんでした。
何より値段が大切なのでなく、
ボクらの企みを彼のために完成させることの方が重要で、
だからボクらはこのオファーを
ありがたく受けることにしたのです。
さて当日。
彼はイルミネーションに照らされた東京タワーを眺めて、
絶句して、グラスを片手にほとんど何も語らず3時間。
ボクらは持ち込んだシャンパンやワインを飲み、
サンドイッチをつまんで昔の思い出話で盛り上がり、
ときおり彼に話題をふっては、
その相槌をまた新たなつまみにしながら酒を飲む。
「東京はやっぱりいい街だなぁ‥‥」。
と、静かな独り言を彼が吐いたときには、
そのしみじみとした口調に
みんなドキッとしはしたけれど、
それでも何も無かったかのように酒宴は続きました。
そして11時ちょっと過ぎ。
「あっ、今、消えた。」
そう彼が言い、見た窓の外には
今まであったまぶしく光る東京タワーは
ただの鉄のかたまりになっていました。
「今日は本当にありがとう」
という彼の言葉を合図に、
ボクらはしっかり握手を交わし、
みんなは部屋に彼を残して帰っていったのでした。
一週間ほどして、たくさんの年賀状に混じって
彼から一通の手紙が届きました。
それにはこう書いてありました。
とても楽しい時間が過ごせて、どうもありがとう。
中でも東京タワーの姿。
あの美しい景色を目に焼き付けて帰ることができて、
とてもシアワセに感じています。
今日もテレビのニュースで東京の景色が映し出され、
その真ん中に東京タワーがありました。
ああ、自分も日本人としてがんばらなくちゃ。
そして早く日本にもどらなくちゃ‥‥、と思います。
楽しい思い出をどうもありがとう。
素晴らしい一年を!
その手紙をもらって、
ボクらはその日のとんでもない出費が無駄ではなかった、
ということをうれしく思いました。
あの日のいわゆる特別料金は、
とても「特別な料金」だった、
と納得することが出来たのです。
クリスマス。
その年、一年のシアワセも苦労もすべてまとめて、
最も大切にしたい人たちとその思い出を一緒に味わい、
次の年のことを夢見て語る‥‥、そんな一日。
特別な気持ちを作ってもらうために、
特別な料金が必要になる。
料理が特別だから高いのじゃない。
気持ちが特別だから高くても納得できる‥‥、
ということなのです。
特別な日に乗じて、特別な料理を作るだけで
特別な値段をせびる‥‥、
そんな店をボクは全然、信用しません。
あなたがどんな特別な食事にしたいのか、
まずそれをお店に伝えてみる。
その特別な期待に応えてくれる店にであれば、
喜んで特別な料金を払ってあげる。
そうしたことが当たり前になるならば
日本のクリスマスはもっともっと楽しいものになる、
と思うのです。
あれれ、今日は失敗の物語りではありませんでした。
ごめんなさい。
クリスマスのような特別な日のお話をした、
ということに免じてお許しを。
ところでクリスマス以上に特別な日。
次回はボクがした大変な失敗を、
ご紹介いたしましょう。
(つづきます)
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