おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(三冊目のノート)

口コミ。
多分、これが新しいレストラン、
あるいは良いレストランを知る、一番良い方法でしょう。
雑誌なんかに載っている店舗紹介。
どこかにコマーシャルな意図や
誇張がかならずあるはずで、
ちょっと信頼できないなぁ、なんてこともたまにあります。
でも口コミ。
有名ではないけれど、
純粋においしい料理のことが好きな人たち。
ただただ楽しいお店のことが好きで
仕方ない人たちの話すこと。
とても勉強になるし、ためになる。

口コミで有名になった店。
宣伝や雑誌にたくさんでることで有名になった店。
どちらを大切にしたい‥‥? と言えば、
やっぱりジンワリ有名になった店じゃないでしょうか。
どうでしょう。
そもそもインターネット時代なんて、
口コミ時代って言ってもいいくらい。
ブログなんてデジタル口コミだと
いうことも出来るでしょうし、
これらの口コミを上手に使わない手はない、
とボクはいつも思っています。

でも口コミの時代。
言い換えれば
「誰もが口コミの発信源になってしまう時代」
でもあるということ。
たまたまあなたが行って気に入ったレストランに関する、
ちょっとした一言が、
口コミの振り出しになってしまう、ようなコト。
絶対に起こらないとはいえなくて、
それでもしかしたら予期せぬハプニングを
巻き起こしてしまうかもしれないというコト。
例えばボクが昔、しでかしてしまった
こんな失敗が、起こりえないとは言えないのです。


◆何が彼女のお気に召さなかったのか?


開店したばかり、という小さな店で、
たまたま友人につれていってもらった
ビストロ風のフレンチレストラン。
ボクにとって運命の店、じゃないか、
と出会った瞬間、思いました。
おいしい。
サービスも気が利いていて、みんな情熱的に働いている。
何より安くておなか一杯になるタップリとした分量。
前菜も、メインディッシュも山盛り。
まさにフランスのビストロサイズ。
しかもデザートが
これまたとんでもなくおいしくて、
甘い、ガッシリ、ドッシリ。
目も頭も、口もお腹も、
当然、ココロまで一緒に満足させてくれるレストランに、
ああ、巡り合えてよかったな、と心底、思いました。

もううれしくて、うれしくて、ボクは会う人みんなに
だれかれかまわず、いいレストランを見つけたから
是非、行ってみて! とふれて回りました。
ボクにとってとても大切なお店のことを、
一人でも多くの人に知ってもらたい、と思う一心で‥‥。

別にそのお店にお客さんを紹介してあげている、
なんて大それた意図があったわけじゃない。
でも結果、ボクの一言が
口コミのスタートになってしまった。
そのことに気がついたのは、
それからしばらくしてそのお店に
再び行ったときのことでした。

「サカキさん。先日、お友達にきていただいたのだけど、
 なんだか悪いことをしてしまったみたいなのよ」
そう申し訳なさそうにマダムが言う。
「せっかく、ご紹介していただいたのに、ごめんなさいね」
一体、なんて名前の人でした? と、訊くと
確かにボクの友人。
大学時代の同級生で、つい先日、結婚したばかりの
美しきご婦人でした。
確かに、コノ店って凄いヨ、と言いふらした
何人もの知り合いの一人であって、
ああ、そうか、ボクが紹介したことになってるんだ、
なんて、そのときはただお気楽に思っていた。
彼女、どんな様子でしたか?って聞き返すと、
「お口に召さなかったのかもしれません。
 随分、お料理、
 残されておかえりになりましたから」と。
あらあら、申し訳ないことをしたかな、
と思いはしたけど、さらっとそのときは聞き流しました。
だって全然、悪気はなかったのですから
しょうがないじゃないですか。

それからまたしばらくしてのことです。
同窓会がたまたまあって、
そこで件の女友達と会うことになりました。
「あの店、あんまり気に入らなかったんだって‥‥?」
ボクは彼女の顔を見つけるなり、
そういいながら近づいてった。
「料理が口に合わなかったの?」
立ち止まってそう聞いた。
すると彼女、あからさまに
ムッとした表情でこういいました。
「口に合わなかったワケじゃないの。
 胃袋にあわなかっただけなのよネ‥‥、まったく」
へ?
胃袋?
戸惑うボクに彼女はこう続けます。
「あんなにボリュームがある店だったらば、
 最初からそう言っといてよネ。
 せっかくのお料理、残すはめになっちゃって、
 結局、デザートまでたどり着けなかったのよね。
 勿体無いったらありゃしない」
ありゃありゃ、ごめん。
そこまで気がつかなかったものだから、
とモニョモニョ、口ごもりながら言い訳をする
ボクに向かって捨て台詞。
「もっともサカキ君ならあれだけタップリ食べなくちゃ、
 おなか一杯にならないでしょうけどネ」‥‥って。
ボクがまだ100キロ以上の体重を
誇っていた時代のことであります。
大失敗です。
ごめんなさい。



◆「なぜ」その店が好きなのかを伝えましょう。


すべての人が自分と同じような胃袋の持ち主ではない。
コノ世の中には、一人として自分と同じような
味覚の持ち主はいはしない。
‥‥、ということですね。

それからボクはお気に入りのレストランを吹聴するのに、
ちょっとだけ気を遣うようになりました。
ただ、いいから行ってごらん、
というような言い方は金輪際しなくなった。
いい理由をキチンと伝える。
自分がなんでその店が好きなのか。
その店に行ったら、どんなにステキなことがあって、
どういうふうに楽しめばいいのか、
というコトまで丁寧に説明するようにしたのです。
でないと、口コミされたお店の方も迷惑をする。
中途半端な口コミを信じてお店に
出かけていったお客様だって期待はずれを感じちゃう。
小さな親切、余計なお世話を
してしまわないよう、懇切丁寧。
そうするようになってから、
こうした気持ちのすれ違いはほとんどなくなったのです。
めでたし、めでたし。

そういえば、ボクの師匠は昔、こんなことを言いました。
はじめて食べたばかりの料理に対する感想を聞かれて、
不用意に「おいしいです」というボクに、
たしなめるように、しかし優しく。
「シンイチロウ君、この世の中に、
 おいしく無い料理はないんですよ。
 すべての料理は誰かにとっておいしいように出来ている。
 だから、どのようにおいしいか? を
 正しく伝えることが出来なくてはならないんです。
 さあ、もう一度。この料理はどんなふうに
 おいしかったか、教えてくれませんか?」
とそう言いました。
レストランという場所そのものも同じこと。
すべての店は誰かにとっていいレストランであるはずで、
だから、それがどのようにいいレストランなのかを
伝えなくては、まったく意図せぬ口コミを
吐いてしまうことになる。

下手をすると、あの人、レストランのこと、
全然、わかってないのよネ。
‥‥なんて、あなた自身に関する
哀しくもとんでもない口コミが
生まれてしまったりするのであります。
さあ、注意。
おそろしきかな口コミパワー。

とはいえ、世の中には宣伝を一切しない
レストランが少なからず存在します。
マスコミの取材すら受け付けないような店があって、
彼らが唯一頼りにしているものが
「口コミ」である、というコトを考えると、
ワタシ達の一言って
本当に重たい一言なんだ、と思います。
ココロしましょう。
そして、こうした口コミレストランの頂点にある、
とても特殊で近寄りがたい存在。
それが「一見さんお断りレストラン」。
来週は、そんなへんてこりんな
お店の話をしてみよう‥‥、と思います。

(つづきます)


Illustration:Poh-Wang


2006-01-26-THU

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