おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(三冊目のノート)
おいしい料理で勝負をしている店は、
えてして店が汚いものだ‥‥、
と、ときに言われるコトがあります。
頑固親父がラーメン作りに命をかけているような店は、
商品そのもので店の良し悪しを判断すべきであって、
サービスや店作りに期待をしちゃいけないヨ、
というような意味合いで、言われるのだろう、と思います。
間違いじゃない。
正しくもあり、でもちょっとした誤解を生む
都市伝説的考え方じゃないか、と思います。
◆サービス、味、インテリア、
さあどれを重要視する?
店そのもの、を売るレストランがあります。
おしゃれなインテリアやすばらしい立地が作り出す、
素敵な雰囲気が一番のご馳走の店。
おしゃれしたお客様が
楽しい会話を楽しむためのレストランは、
たいてい「店そのもの」に一番力を入れていて、
商品やサービスはそのお店の雰囲気を
引き立てるように作られます。
サービスが良いことを売り物にしているところでは、
そこに働いている人が素敵に見えるように、
店作りや商品作りに工夫をしていて、
あまり立派なインテリアや
飛び上がるほどおいしい料理は、
逆にサービスの妨げになる、という人さえいる。
ただ、それならば粗末な店で
まずい料理を出せばサービスが際立つのか?
というと、それは大きな間違いです。
一定水準以上の品質と雰囲気を保った上で、
でも一番、気を配るのはサービス‥‥、
というのはすばらしいサービスで、
お客様から選ばれる良いレストランということになるのです。
同じようにおいしい料理を売り物にしているお店。
一番、気遣うのは料理をおいしく調理する、
ということであって、
丁寧なサービスにまでは気が回らない。
お店のインテリアにお金や手間をかけるくらいなら、
その分、いい料理を作ることに没頭したい。
だからおいしい店は店の見た目なんかを気にしないんだ。
‥‥ということなのでありましょう。
確かに理にかなっているように思えました。
おしゃれな店ばかりで食事して、
何を気取ってるんだヨ! と、
たまに友人に言われるような、青年、サカキシンイチロウ。
ちょっと違った世界もみてみたいな、
とうずうずし始めていた頃でもありました。
そして、いつもは情報をキチンと収集した上で
周到な準備のもと、初めてのレストランを
訪問するのが常であったA型気質丸出しのボクも、
しばし、街を歩いて、繁盛していそうにみえながら、
どうにもこうにも、きれいだとは思えない店を、
ふらりと訪れる人になってみたのでありました。
きれいに見えない店には2通りあることに気がつきました。
ひとつは本当にきれいじゃない店。
きれいじゃない、じゃなくて、
はっきりいって「汚い」店がやっぱりあった。
薄汚れているのです。
壁がすすまみれになっていたり、
壁にかかっている額が
斜めになっている上に埃まみれになっている。
カウンターに並んだ椅子は
あっちを向いたりこっちを向いたりガチャガチャで、
テーブルが汚れてネチョネチョ。
ああ、忙しいんだな‥‥、と思ったりします。
飲食店で店をキレイにする、ということは大変なコトです。
営業が終わって一時間ほど、
お店の人が総動員で汚れをとったり
磨き上げたりしなくちゃいけない、
本当に重労働で厳しい仕事。
しかもお客様が誰一人として見ることも無く
知ることも無い、隠れた仕事。
そんな地道で大変なことを一生懸命するコトが、
お客様をおもてなしする気持ちを鍛えてくれる。
「忙しい」を言い訳に
店をキレイにするコトを怠ってしまっている店は、
おもてなしの準備が出来ていない、
と言わざるえないというのが真実でしょう。
◆なんで汚れているのかなあ‥‥と思ってみると。
ある洋食レストラン。
決してきれいではないけれど、
なるほど料理の水準はなかなかで、
やっぱり忙しいから掃除にまで
手が回らないのかなぁ‥‥、と思いながら
カウンターに座って厨房の中をぼんやり見ていました。
すると、作業を一段落させたシェフが、
中でタバコを吸い始めた。
厨房でタバコを吸う、というそのコト自体も驚きでした。
がそれ以上に、タバコを吸う時間はあるのに、
掃除する時間はないんだこの店は、
とボクはすごくガッカリした。
そうしてボクの周りを見渡すと、
タバコの灰を落として平気なお客様とか、
使ったフォークをテーブルの上にそのまま置いて
ソースで汚して平気な人とか、なんとも哀しい景色。
不思議なもので、
お店の人がキレイに無頓着なお店にくると、
お客様もきれいに対して無関心になるのですネ。
ボクまでまるで無礼で無頓着なお客様に
なってしまいそうな気持ちになって、
それでもう二度とコノ店には行かないことに決めました。
なかには、忙しすぎて手入れが行き届いていないだけで、
決して汚いのではないという店もあります。
後片付けしたままのお皿が山積みになって
カウンターの横に置かれてる。
テーブルの隅っこに
ちょっとソースのシミがついてたりする。
お料理を作ったり提供したりするのに一生懸命で、
掃除することにまで手が回らないのですね。
でも、ものすごく忙しいはずなのに
厨房の中はいつもピカピカ。
よく見ると調理の作業が一段落すると
必ず汚れた作業台をキレイに手ぬぐいで磨き上げて、
それから次の作業に移る‥‥、そんな店。
そうした店こそがいい店です。
でも‥‥。
どんな店でも汚れていてもらいたくない場所が
一ヶ所あります。
トイレです。
ところが忙しい店であればあるほど、
トイレの掃除が行き届かないことがありますよネ。
どんな情熱をもってしても、人気ある店で
ピークタイムにトイレを掃除するということは
困難を極める仕事。
厳しい現実です。
ボクは、コノ店素敵だなぁ、
と思った店のトイレに入って、
たまたまちょっと汚れていたりすると、
簡単に掃除して出てくることにしています。
洗面台が濡れていたりしたら、
トイレットペーパーで軽くぬぐってきれいにしてあげる。
ちょっとしたボクの一手間が、
素敵な店をより素敵にすることができる、
と思うととても楽しい一手間になる。
気持ちもよくなりますしネ。
レストランとお客様の素敵な協力関係。
楽しく食事するということは、その空間にいる人、
ひとりひとりが楽しく助け合うことからスタートする、
ということだと思います。
◆掃除するとこんないいこともある、かも?
国際線長距離路線でのはなしです。
12時間にもわたるフライトで、
トイレが大変なコトになるのは
海外旅行をされたことがある方なら
みなさん、ご存知でしょう。
客室乗務員の人たちが暇を見つけては
キレイにしているのはわかるのですけれど、
やはり追いつかず汚れてしまう。
ボクはトイレに行くたび、
ペーパータオルでキレイに
トイレの中を磨き上げることにしています。
次の人も気持ちいいでしょうし、
なによりちょっとした運動にもなりますし。
何度目かの掃除のあと、たまたま乗務員の人が
入れ替わりにトイレを覗きに来たんですネ。
で、キレイに片付いたトイレをみて、
ボクを客席にまで探しに来て、小さく、
ありがとうございました‥‥、とお礼をくれた。
とてもいい気持ちになりました。
それからのサービスも、
なるべくボクを優先してくれるのがわかります。
笑顔とお辞儀の分量も、
ボクだけちょっと多めであるように思えたりする。
シアワセなフライトでした。
そして到着。
なんと、飛行機が着陸態勢にはいる寸前に、
さっきの乗務員がナプキンに包んだシャンパンのボトルを
1本もって、ボクのところにまでやってきました。
「先ほどはどうもありがとうございました。
お荷物にならなければ、
コレをお持ちくださいませんか?」
プレゼントです。
なんともうれしいサプライズ。
シアワセになろうと思ったら、
まず何かを相手にしてあげること。
とても簡単なことなのだけれど
忘れてしまいがちになることが、
世の中にはあるんだなぁ‥‥、と思ったりしたのでした。
(つづきます)
Illustration:Poh-Wang
2006-05-18-THU
戻る