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メインディッシュを平らげて、
ボクはトイレに失礼するふりをして
マネジャーを探しに席を立ちました。
彼にあって、ボクは自分の推測を聞いてみたかった。
彼はボクの顔をみて、こう逆に質問をする。
お母様がせわしない席に座らされた、
とお怒りになっていなければいいのですが?
いやいや、母はまるでお店の人、
みんなに祝福されているような気持ちになれて幸せです、
と喜んでいます。
そうボクは答えました。
続けてこうも聞いてみます。
バーの出入り口横という、
あの場所に座らせてもらった、というのが
今日のサプライズの最大の要因なのでしょうか?
スマイリング・コリドー。
笑顔の通路とワタシ達が呼んでいる
通路の終点近くにあるテーブルですからネ。
お祝いの言葉を必要としているお客様には
最高のテーブルなんです。
でもお母様の笑顔と美しさが、
やはり今日のシアワセの一番の原因じゃないかと、
ワタクシは思いますヨ。
なるほどお見事。
ボクは納得しながらテーブルの方に戻っていった。
そしてそこでボクはその晩最後の、
そして最高のサプライズに出会ったのでありました。
支配人との話が終わって、客席ホールに戻ったボクは、
とんでもない光景を目の当たりにした。
ボクたちが座っているテーブルの前に、
ウェイトレスが3人、母を取り囲むように
立っていたのでありました。
ああ、お願いだから、歌の準備をしないでください!
台無しになっちゃうから。
そう思いながら、ボクはテーブルに走るようにして
駆けよりました。
するとボクの姿をみつけた彼女たちが
拍手をして出迎えてくれるのです。
しかもおどろいたことに、
ウェイトレスの彼女たちばかりか、
ボクたちのテーブルの周りのお客さままでが
なぜだか拍手をしてボクの方を見ているじゃないですか。
テーブルを引いてもらって椅子にすわりながら、
ボクは母にどうしたの? と聞きました。
いやネ、あなたがいないときに、
お向かいのテーブルのお客さまがネ、
このテーブルばかりが特別扱いされているみたいだけど、
どうしたんだ、と聞くのよネ。
だから今日はワタシの誕生日なの‥‥、とお答えしたの。
で、孝行息子がワタシのために
このレストランの予約をしてくれて、
お祝いをしてくれたんですヨ。
‥‥って。
そしたら、てっきりあなたが有名な
日本のムービースターかなにかで、
ボーイフレンドと一緒に食事に来ているのか、
と思ったって言うのネ。
まあ、なんてうれしいコトなんでしょう。
あんな大きな息子さんがいるようには思えない‥‥、
なんて、なんてすてきなバースデープレゼントかしら。
あまりにうれしかったものだから、
そうなんです、ワタシたちは日本で一番有名な
仲良し親子なんですヨ‥‥、
って言って盛り上がってたとこなのヨ。
あまりに会話が弾んだものだから、
ウェイトレスさんたちも集まってくれて、
孝行息子を拍手でお出迎えいたしましょう‥‥、
ってことになったわけ。
えぇ? ‥‥おかあさん、
そんなに英語が話せたっけ‥‥、って言うと、
こう切り返す。
何を言ってるの。
会話はハートでするものヨ、
‥‥言葉でしゃべるんじゃないんです。
ボクたちの会話が一段落するのを待って、
テーブル担当のウェイトレスがこう聞きます。
デザートはお決まりですか?
なかなか決まらなくて‥‥、と母が言うと、
ならば今日のデザートを全部、
一口づつ召し上がってみて、
一番気に入ったのを選んでみてはどうですか?
それもいいわねぇ‥‥、と母が言うと、
彼女はまるで魔法使いが呪文をかけるときのように
右手の指をパチンとならしたのです。
と‥‥。
厨房の中からウェイトレスが
一人一皿づつのデザートを持って一列になって出てきます。
まるでファッションショーのキャットウォークを
歩くモデルのように次々。
胸の高い位置で、お皿をささげるようにして歩いてきて、
それでテーブルの上にひとつづつ置く。
そしてハッピーバースデーと一言添えて、お辞儀する。
10皿くらいかな?
つまり10人ほどのウェイトレスが
お誕生日おめでとうと言っては、
ケーキやアイスクリームをテーブルにおき、
見る間に食卓が甘い香りと色とりどりのお皿でギッシリ。
そして最後に、ウェイトレスみんなが一斉に、
ハッピーバースデー・ミセス・サカキ、と言ったのです。
すると。
それに続いてボクたちのテーブルの前にすわっていた、
みるからに陽気げなファミリーが歌い始めたのです。
ハッピーバースデー・トゥー・ユー‥‥。
2フレーズ目のハッピーバースデー・トゥー・ユーは、
お店半分ほどのお客さまを巻き込んで、
徐々に大きな声になり、最後はその日、そのとき、
そのレストランにいた人、ほとんどすべての人たちの
大合唱になっていた。
ボクも思わず歌っていたし、母も小さく歌ってました。
ハッピーバースデー・トゥー・ミー‥‥、ってね。
歌が終わって拍手の中で、
母は大いに感動をして立ち上がって、
ありがとうと言いながらお辞儀をしました。
お辞儀する母の、
興奮が染めたくれないの頬がいとおしくて、
すわった母のほっぺに思わず、
小さなチューを一つ、プレゼントしたのでありました。
テーブル一杯のケーキを当然、
ふたりで食べ切れるわけもなく、
でもそれを即座に包んでお土産にして‥‥、
というのもあまりにもったいないような幸せな夜。
それでボクらは時間をタップリとかけ、
ひとかけ、ふたかけ、ちょっとづつ、
味見するようにデザートを味わいながら余韻を楽しむ。
お店も徐々にスローになって、
ウェイトレスが微笑みの廊下を通りながら
ボクらにあいさつをすることもなくなった。
でもそのかわりに食事をおえて帰る途中のお客さまが、
ワザワザ、ボクらのテーブルの前までやってきて、
おめでとうと言ってくれたり握手をしたり。
まるでワタシたち、本当に有名人になったみたいネ‥‥、
ありがとう。
そう言う母に、今日は本当に
この店を選んでよかったな‥‥、
と思ったのでありました。
特別扱い。
だれもがレストランで望むこと。
ただ本当の特別扱いとは、
「その人仕様の特別な扱いをしてもらう」
ということなんですね。
自分はいったいどんなことをして
欲しいのだろうということを知っていることが、
特別扱いしてもらえる一番最初の条件なんだ、と思うのです。
それからおどろくべき、サービスの動線のコト。
レストランの中に渦巻いているシアワセの渦。
その流れの中に身を置いて、そしてその勢いに身を任せる。
シアワセの時間を作り出すのに、
とても大切なコトであります。
レストランの中には大きな渦、小さな渦、
荒々しい渦、静かな渦。
いろんな渦が渦巻いていて、
自分をシアワセにしてくれるのに十分な大きさと
種類の渦を自分で作る。
あるいは呼び寄せる、というコトが必要になる。
例えばこんなふうにして自分の周りに、
快適なるサービスの流れを作り出すこともできるのです。
次はまたまた、ワタシの母の話となります。
ママ、大忙し‥‥、です。
また来週。 |
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