おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)
レストランで得する人、がいます。

他のお客様よりもおいしく料理が食べられる。
だれよりも早く、良いサービスを受けることができたり、
料理長が挨拶に出てきてくれたり、
いろんな特別を経験して帰れる人。
安くしてもらって金銭的に得をする‥‥、
という意味ではない「得」、ですね。
特別な思い出を作ってもらえる、という意味での「得」。
それこそが、レストランを楽しむ醍醐味、
というコトが出来るでしょう。

その逆で、レストランで
損ばかりしている人もかなりいます。

自分だけサービスが後回しになったような気がしたり、
どうみても自分の料理だけ他の人たちよりも
量が少なく感じたり。
誰もがそうしたコトを経験したことが
あるんじゃないでしょうか?

不思議なモノで、レストランで得してる人は
その話をいろんな人に聞いてもらいたくて
うずうずするモノ。
だから「得したというハナシ」は
比較的簡単にみんなの知るところとなる。
でも、自分が損した話を平気で吹聴するような人が、
そんなにたくさんいるわけではないですよネ。
にもかかわらず、レストランでのいろんな失敗話を
ボクらは聞く。
だから多分、ボクらが知ってる以上に
レストランで損をした、と感じてる人はたくさんいる、
と思うんです。
それになにより、自分で知らず知らずのうちに
損をしちゃってる人もかなりの数、
いるんだろうなぁ‥‥、と思ったりもします。
無意識のうちの失敗。
だとしたら、ああ、もったいないな、と思います。

どういう人が得をしてるんだろう?
どうすれば得することが出来るんだろう?
それを考えるのに、ボクの身近にいる、
多分、世界でも有数の
「レストランで得することが上手な女性」
のハナシをしてみよう、と思いました。
ボクの母のハナシです。


彼女は旅行が大好きで、いろんなところに旅をします。
たいていが一人旅。
団体行動がかなり苦手な人でありますから、
他人のペースに煩わされることがない
自分勝手な旅行が大好き。
たまにパッケージツアーでどこかに行っても、
滞在先ではたいてい一人でぶらぶら、
気ままに時間を使うのが常の人、であります。
添乗員さんに迷惑かけちゃ駄目だヨ‥‥、
というのがボクが母を旅に送り出すときの、
はなむけの文句の定番だったりする、そんな母。
旅の一番の目的は、おいしいものを食べる、というコト。
ボクを生んで、作った人でありますから、
ボク以上に食べることには貪欲なのです。

数日間、旅行で家をあけて戻ってくると、
シンイチロウ、おみやげがあるから戻ってきなさい‥‥、
と電話がなります。
ああ、また自慢話を聞かされるんだな‥‥、
と思いながらも、おいしいお土産につられて
胃袋の方から家に向かう。
母は手ぐすねひいて、旅の顛末を聞かせてやろう、
と準備万端。

ほとんどが「得したバナシ」です。
しかもそのほとんどのほとんどが
「私だけ特別に」バナシでもあります。
確かにハナシを聞くと、
へぇ、って感心させられるコトが多いんですね。

デザートや食前酒をサービスしてもらった。
まあ、コレは母でなくとも良く聞く、
レストランがお客様を喜ばせるためにする
サービスのひとつです。

メニューにないものを薦めてもらって、
それがとてもおいしかったのヨ。
へぇ、そりゃなかなかしてもらえるコトじゃないよ‥‥、
と感心したりすると、ますます母は調子にのります。
それで、レストランのサービスのことを
良く知っているボクですらビックリするようなサービスを、
平気で受けて帰ってきます。

例えば気難しいので有名なシェフと
一緒に写真を撮って帰ってきた。
例えばレストランの厨房の中まで見せてもらって、
しかもデザートのレシピまでもらって戻ってきた。
‥‥、というようなコト。

そんなコトが何度も続く。
あまりに不思議で、
「おかあさん、一体どうやったらそんなコトを
 してもらえるの?」と、ボクは素直に聞いてみました。
ボクと一緒にいるときは、
ほとんどボクにまかせっきりで、
何も特別なことをしようともしないボクの母が、
一体、どんな芸当を使うんだろう?
と、そう思って、聞きました。
「なぜ? どうして? どうやって?」。


あら、勘違いしないで頂戴。
ワタシが何も出来ないワケじゃないのヨ。
シンイチロウが一緒のときには、
あなたに華をもたせてあげてるの。
殿方を立派に見せるのが淑女のエチケットでしょう?
ワタシにはワタシならではの秘密があるの‥‥。
なんだったら、今度、どこかで見せてあげるわ。
楽しみにしてらっしゃい。

そのチャンスはアメリカでやってきました。
グループでやってきたニューヨークで、
たまたま母とボクが二人だけで
晩ご飯を食べなくてはならなくなった。
せっかくだから面白いお店はないかなぁ‥‥、
とホテルの人に相談をしたら、一軒、薦めてくれた。
フランス料理をベースに、
中国料理や南米の料理のエッセンスを取り込んだ
新しいスタイルの料理を出してくれる店だ、
ということでさてまいりましょう‥‥、
というコトになったのです。

さてボクの母。
いったい、どのような魔法を見せてくれるのでしょうか。
ボクはなかばワクワク、なかばドキドキしながら、
レストランのドアをあけたのでした。
 
2006-07-20-THU