おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)
先日、とあるレストランでこんなドタバタに遭遇しました。

そこはビルの上層階にある眺めのいいレストランで、
ただ眺めがいいだけか? というと、
いろんな趣向のホールが用意されている、
そんなレストランでの出来事でした。

いろんな趣向‥‥。
例えば、すばらしい眺めに
ただただ感心するためのテーブルがあります。
地方から出てきた両親に
飛び切りの東京の思い出をプレゼントしてあげるのに、
最適のテーブルでしょう。
ここに座ってこの景色を一緒に眺めた、
というコトがいちばんのご馳走で、
だから余計な会話や言葉を一切、必要としない
シアワセなテーブル。
またしばらく、
会うことができなくなるかもしれないけれど、
思い出とココロは一つにつながってるからネ、
というコトをお互い確認することができる
テーブルであったりするのでしょう。


例えばすばらしい眺望を背中にしながら、
他のテーブルからはちょっと隠れて、
程よいプライバシーを味わうことの出来るテーブル、
もあります。
愛し合ってはいるのだけれど、
なかなか本当の気持ちが言い出せないカップルに
最高のテーブルです。
人は圧倒的なものを目の前にすると素直になれるもの。
しかも背後に控える感動的な景色を確かめるためには、
首をまわしてふりかえる必要がある。
体を軽くよじってふりかえれば、
あなたの顔は愛する人の横顔を
自然に捕らえることになるでしょう。
あなたの言葉を聞きたい、その耳はすぐ目の前にある。
いつも言いたくて、でも言えなくて
心の奥にしまってあるとっておきの言葉をささやくのに、
これほど自然ですばらしい
シチュエーションはないはずです。

仕事の話に集中することが出来る、
背の低い壁でがっしりガードされた
プライバシー万全のテーブルだってあります。
オープンキッチンが目の前で、
シェフと和やかな会話を交わしながら、
おいしいモノそのものに
身を任せるためのテーブルだってあり、
あるいはそこでだけ、
ひそかにタバコを吸うことの出来る
個室も用意されたりしているレストラン。

つまり、使い勝手の良いお店。
多様な使い勝手が用意されているレストランです。

いろんな使い勝手があるレストランは、
いいレストランだ、とボクは思います。
なぜかというと、そうしたお店は贔屓しやすい。
だって、いろんな機会を見つけては、
そこを利用してみようという言い訳を
提供してくれる店なんですネ。
接待で使ってみよう。
プライベートの友人と一緒に食事にこよう。
恋人との取っておきの思い出づくりの場所にしよう。
と、なんどもなんども、
いろんな人と来ることが出来るわけで、
その分、そうしたお店であなたは、
おなじみさんになりやすい。

おんなじお店に何度も行ける。
結果、そのお店の人から覚えてもらえる。
その分、なんだか得させてもらえそうな
気持ちになることが出来る‥‥、
だから良い店だ、と思うのです。

なのだけれど、いろんな魅力のあるレストランに
ココロ一つでないバラバラな気持ちの人たちが
放り込まれると、どういうことになるのか?
それが今日のエピソード。


男性ばかりの5、6人のグループでした。
学校の同期生とかの集まりじゃないでしょうか?
‥‥、50半ばのおじさんたち。
仕事の面では脂が乗り切って、
会社ではかなりワガママを
聞いてもらっているんでしょうネ。
我が物顔で、良く通る大きな声で話しながら、
ズシズシノシノシ、
客席ホールになだれ込むようにやってきました。

案内係の女性がすかさず近づき
「こちらへどうぞ」と。
それからがちょっとした大騒ぎでした。
おじさんひとりひとりがてんでんばらばらに、
座りたい席を言いはじめたのです。

オレは景色のいいテーブルがいいなぁ。
いや、オレは落ち着いた個室の方がいいんだが。
そんなことより、タバコが吸えるテーブルじゃないと、
2時間も我慢するなんて絶対、できないからな‥‥。

とワガママいい放題。
案内係の女性スタッフは
誰かが何かを言うたびに右往左往。
あっちのテーブルをお勧めしたかと思うと、
個室を見せにこっちに行ってと、
立場上、迷惑そうな顔こそしないものの、
かなりの呆れ顔で
結局、支配人を呼んでくるに至ったのであります。
オオゴトです。

ユッタリとした仕草の堂々とした
恰幅の良い50台前半くらいの
紳士然とした支配人がお辞儀をしながら彼らに挨拶。
ひとりひとりに名刺を渡しながら、
不手際があって申し訳ございませんでした‥‥、
というようなコトを言いながら謝っていきます。
おじさんたちは偉い人に謝られると、すぐゴキゲンになる。
いやいや、おれ達がワガママを言ったんだから、
君に落ち度があるワケじゃないし、と、
いたくごもっともなコトを言いながら、
じゃあ、どこに座ればいいんだい、と。
すると、かの支配人、
取って置きのテーブルをご用意いたしましょう、と
ホール真ん中の大きなテーブルに
彼らを案内したのです。

普通は使われることのないテーブルです。
運んできた料理をいったん、そこに置いて
それからお客様ひとりひとりに配るための
中継地点のように使われるテーブル。
でもいちばん、立派に出来ていて、何より目立つ場所にある。
一見、飛び切りのテーブルのように見えるのだけれど、
でも実はあまり居心地良くはできてない。

部屋の真ん中のテーブル。
もしレストランを戦場とたとえるならば、
すべての敵に背中を見せて無防備になる
悪夢のテーブルなのです。
ゴルゴ13(サーティーン)は絶対に座らない。
のびのび食事を楽しみたい人は、
絶対に選んではならない食卓なのであります。

でも、そのテーブルを選んだのは、
その支配人の苦肉の策、だったのでしょう。
ひとりひとりのワガママを聞いていては
いつまでたっても差し上げるべきテーブルが決まらない。
ならば誰の望みもかなわない、
でもいちばん、目立って贅沢そうなテーブルを選んであげる。
かなりの荒業ではありますが、
決して間違っているわけじゃない。

さすがにちょっと戸惑ったおじさんのひとりが、
「でもこのテーブルじゃあ、
 なんだか落ち着かないようなぁ」
と言いかけたとき、すかさず支配人がこう言いました。

「このテーブルはワタクシの担当している
 テーブルでございますから、
 お客様のすべてのサービスを
 ワタクシが責任をもってさせていただきますので」

‥‥、と。

それならよかろう、と
ほどなくおじさんたちの食事がめでたくスタート。
でもやっぱりおじさんたちは、どことなくぎこちなく、
会話がすすむ気配もないまま
ただ粛々と時間が過ぎてゆく、
‥‥そんな具合のディナー@センターテーブルで
あったのでした。

さてこうならないため、どうすればいいのか。
来週のお楽しみです。
 
2006-08-03-THU