おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)
ボクは正直、かなり緊張しました。
緊張と同時にワクワクドキドキ。
だって、彼らのサインをもらう格好のチャンスでもあって、
いつ、どういうキッカケで立ち上がろうか‥‥、
そんなことばかりが頭の中をグルグルグルグル。
もう気が気じゃなくて、それでどうしようって、
同席の地元の友人に聞いてみた。

‥‥ら、彼はこう答えます。

あの二人は今日はおしのびだろうから、
あそこにああしているけれど、
いないコトにしてあげるのが思いやりだヨ。
彼らの代わりにボクらがせいぜい、
ステキなお客様を演じて上げるのが
一番のおもてなしなんじゃないのかなぁ。
だって彼らはいつも、
ボクらを楽しませる仕事をしているんだから、
おしのびのときくらい、
ボクらが代わりに彼らを楽しませてあげようじゃないか。
そうだろう?

なるほど、その通りなんだろうなぁ‥‥、とボクは思った。
それに、ステキなことに、
他のテーブルのどのお客様も
立ち上がってサインをおねだりする、
なんてコトをしはしなかった。
といって、食事が終わったからといって誰一人、
レストランから立ち去ろうとする人もおらず、
みんなコーヒーのお替りを繰り返しながら、
楽しげに話を続けて小一時間。
何か特別なことが起こるんじゃないか‥‥、
というような予感を抱いて、
小一時間がユッタリ、マッタリ、
流れていったのでありました。


そして、件のハリウッドカップルが立ち上がり、
そのままレストランを出て帰るのかなぁ‥‥、
と思ったら、なんとレストランの
客席ホールの真ん中あたりまでやってきて、
それでこうみんなに言います。

「今日はステキな心遣い、感謝します。
 それにとてもシアワセな時間をありがとう。
 みなさんが食事しているところを拝見して、
 とても気持ちよい時間がすごせました。
 幸いなことにワタシの手の中には
 こうしてペンが一本あります。
 ワイフの手にも同じくペンが、
 皆さんの手帳とキスをする機会をまって、控えています。
 よろしければ、サインをさせていただけませんか?」

さすが俳優です。
やさしく通るハリのある声で、
そういって、そういわれたボクたちは
いっせいに立ち上がり、
彼らのサインを求めて行列をする人たちになったのです。

セレブリティにとってのプライバシー。
セレブリティにとっての
とても楽しいレストランでの時間のすごし方。
そのちょっとしたヒントの話‥‥、でした。



さて本論へ。
つまり、ああぁ、目立たないテーブルに座っちゃったなぁ。
今日は名前を呼ばれることもないだろうし、
いいサービスも期待できないかもしれないし‥‥、
と思ったら人間観察の準備です。
ハリウッドスターなら帽子を目深にかぶって、
大きなめがねで顔半分を隠すようにしてテーブルにつく‥‥、
のでしょうけれど、ボクらがそれを真似すると
お行儀の悪いおばかさん、です。
だからそっとひめやかに。
目立たぬようにひっそりと、ユッタリと。
そっと座ってサービスを待つ。

セレブごっこのはじまり、はじまり。

あの人たちが食べてる料理‥‥、
おいしそうにみえるけれど、あれなんだろう。
ああっ、ソースがたれてネクタイ汚しそう、
あの、おじさん。
あのご婦人、本当においしそうに食事をしてるね。
隣のテーブルのあの子供‥‥、
まだ小さいのに本当にナイフフォークの使い方が上手だね。
ビックリ、ビックリ。

って、あんまりセレプっぽくはないのが玉に瑕‥‥、
でありますか。
でも楽しい。
楽しい上に、勉強にもなる。
一緒にレストランで時間を過ごしている、
他のお客様こそが最高の先生。
人の振り見て我が振りなおせ、の
良いきっかけになるかもしれないし、
逆にとてもステキなお客様の立ち居振る舞いを
真似するチャンスでもあるかもしれない。
ステキなことです。

なにより、気配りの行き届かないテーブルならではの、
スローサービスをユッタリ、
楽しむちょっとした一工夫でもある。
だからタップリ楽しみましょう。
それもできるだけ、ニコニコしながら。
誰かにいつ見られているかわからないのが、
セレブリティのつらいところでありますからして、ニコニコ。
シャンパンでも片手に、背筋を伸ばしてニコニコ。
ユッタリ構えて料理がやってくるのを待てば良い。

とは言え、せっかくお金を払って
レストランで食事をするワケですから、
やはりちょっとでもステキなサービスを味わいたい。
こう考えましょう。
お店の人にとって、気になって仕方ない人。
だから目立たない場所に座っていても、
無意識のうちにそのテーブルに座っている
お客様のことが気になってしかたない人‥‥、
つまりセレブリティのように
オーラを持った人になればよいというコト。

簡単です。

商品がやってきたら素直に驚く。
料理を食べておいしかったら、
おいしい、おいしいと大騒ぎをしながら食べてあげる。
何かサービスをしてくれたら、してくれたたびに
「ありがとう」と笑顔を添えてかならず言う。
そうすれば、どんな目立たない場所でもあなたの存在、
あなたがそこにいることは忘れられることはない。
逆に、そうしたことを怠ったなら、
どんなに目立ついいテーブルでも
サービスはあなたの横を素通りしていってしまうのですネ。
気をつけましょう。

トイレに近い席があたった。
パパラッチから逃げるのに、
これほど便利な場所はないものネ。
だって、ハリウッド映画でセレブリティが
レストランから目立たぬように逃げる場所‥‥、
といえばトイレ横の裏口から‥‥、
と相場が決まってますもんね。
これが厨房の裏口から逃げる‥‥、となると、
セレブリティじゃなくてイタリアンマフィアへと
その立場が変わっちゃうのがおかしいですが、
それはそれでまたたのし、というコトで、また次回。
 
2006-10-12-THU