おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)
すばらしいお見送りを受けるための努力や配慮。
実は食事をしている最中から始まっているのです。

レストランの人たちはどんなお客様を大切にしたい、
と思うのでしょう?

自分たちのサービスの本質を理解してくれるお客様。
自分たちがして差し上げたいサービスを、
喜んでさせてくれるお客様。
どのようにおもてなしして欲しいのか、
という要望を正しく伝えてくれるお客様。
ちょっとしたサービスに素直に感動してくれるお客様。
そして、楽しい経験を他の人に伝えてくれて、
自分たちのお店のファンを増やしてくれるお客様。

これが、レストランにとって
大切なお客様の条件なんじゃないか、と思います。
難しそうに思えるけれど、決してそんなことはない。
他のお客様よりも余分に感動することが出来ればいい。
サービスの受け手である、
ボクたちが思いもしないようなサービスが、
レストランの方からやってきてくれるような
お客様になればいい、というコトなのです。

かといって、あれをしろ、これをしろと
命令口調で要求ばかりするような、
不機嫌なお客様にだけはなっちゃいけない。
不機嫌はご機嫌の最大の敵、でありますから。

ご機嫌で、しかもサービスに恵まれたお客様になる。
そのために、他の人よりもより多くのサービスを
してもらえるような、なにかステキなきっかけや
ヒントをお店の人に提供してさしあげる。
‥‥そんなコトができればいいワケですね。

例えば先日、ボクはこんな経験をしました。
とある、日本料理のレストランでであった、
ちょっとステキなサービスです。

おもてなし上手のお店です。
会食とか、初めて会う人をお連れするのにピッタリの店。
そもそもレストランには、会食向きのお店と、
そうでないお店に分けることができるのですネ。
料理がすばらしくおいしくて、
目をみはるほどのサービスがあるレストラン。
それが会食に向いているか? というと、
決してそうではないのが、
レストラン選びのむつかしいところ。

手渡されたメニューを前にして、
まるで未知なる言葉の解読を
試みなくてはならないんじゃないか、
とうろたえるほどに難解な料理名が並んだお店。
会話を忘れて、お皿の上に
全神経を集中させなくちゃいけないほどに
手が込んでいる料理を出すレストラン。
あまりにおいしくて、そのとき交わした会話の内容を
思い出せないほどのレストラン。
立派で洗練されたサービスがすばらしくて、
おもてなしした人のエスコート術がまるで幼稚で、
情けなく思えるほどのレストラン。

こうしたお店は、
すばらしいレストランであるに違いないけど、
会食向きのレストランである、とは限らないのです。
むしろ、適度においしい。
わかりやすいお料理しかない。
最小限だけれど、適確なサービスをしてくれる。
サービスが必要の無いときには、
ノーサービスというサービスを提供してくれる。
そんな店。
会食向きでもあり、ある意味、
セレブリティレストラン的であったりもするのですね。


ハナシはちょっとわき道にそれますけれど、
良いホテルである条件として5つのCがある、といわれます。

・Courtesy(誠実さ)
・Cuisine(料理がおいしいコト)
・Charm(魅力的であること)
・Character(個性的であること)
・Calm(静寂であること)

つまり、誠実なサービスとおいしい料理があって、
しかもお客様を連れていくにふさわしい魅力と、
そこにしかない個性がある。
それが良いホテルの条件であり、
しかもプライバシーを十分に楽しむための
静寂も用意されていなくてはならない、というのです。
どんなに立派で、どんなに魅力的なホテルでも
一晩中にぎやかでうるさいホテルは
決してよいホテルではない‥‥、というコト。
それはまさしくレストランにおいても、
同じことであろう、と思ったりするのです。



魅力的で、しかも適度な静寂が用意されている、
ステキなお店。
そんな店で、たまたま会食でなく
普通の外食を気の置けない友人と
二人でしていたときの出来事です。

しゃぶしゃぶがおいしいので有名なお店です。
そもそも鍋。
豊富な具材の中から、自分の好きなモノを選んで、
しかも自分のペースで食べるコトが出来る、
という和食には珍しい料理スタイル。
ひとつの鍋をみんなでつつく、というコトで、
知らず知らずの内に鍋をかこむ人たちを
親密にさせる力をもった料理でもある。
‥‥というようなコトで、
会食向きの料理の代表でもある鍋料理の、
中でも王様のようなしゃぶしゃぶです。
期待満々。
今日は楽しませていただきます‥‥、
と半ば冗談めかして注文しました。

するとお店の人がこう聞きます。
「お嫌いなモノはございますか?」
一緒にいった友人は、
キノコがまるで食べられないという人で、
そのコトを彼はお店の人に笑顔で伝える。
承知しました、といいながら、
彼女はボクの方をみながらこう聞きます。
「お客様はお嫌いなものはございませんか?」
「すき焼きだったら生たまごが駄目なんですが、
 しゃぶしゃぶならばその心配もありませんでしょう?」
さようでございますネ、と取って返して
厨房に注文を通そうとする彼女に向かって、ボクは一言。
「でも、最近は太るモノが一番、
 嫌いかもしれないです‥‥」
ワタクシも同じでございます‥‥、
と彼女、ニコヤカに退散です。

ステキな思い出がボクのテーブルにやってくるまで、
あと5分ほど。
さぁ、楽しい会食の始まり、はじまり。
さて来週。
 
2006-10-26-THU