おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)
ところで、今のボクはどうやってできたんだろう?
おいしいモノにありつくコトに対して
こんなに一所懸命なボクはどうやってできたんだろう?

そんなことをぼんやり考えてみたりしました。

飲食店を経営している家に
たまたま生まれた、という環境。
どんなに日常的で当たり前の食事にも、
ちょっとした工夫を盛り込んで
少しでも楽しい食事にしよう、
という前向きで貪欲な母の影響。 新しくて珍しいことに対して、
熱狂にも似た好奇心を発揮するボクの性格。

それらが見事に入り混じって、
おいしいモノにありつくコトに対して
無防備なほどに積極的な
ボクの基本の部分が出来たんでしょう。
でも大きくなって、
おいしいモノの食べ歩きを始めるようになってから、
ボクはいろんな人と出会って、
自分が変わってゆくのが日に日にわかった。
その変化がとてもうれしかったりしたのです。

例えば‥‥。


おいしいモノとは一体、どうやって出来るのか?
というコトを教えてくれた、シェフの人たち。
レストランで働く人たちとの付き合い方を教えてくれた、
ボクの師匠。
すてきなサービスが作り出される
本当の舞台裏をあれこれ伝授してくれた、
有名ホテルの教育スタッフ。

いろんな人がよってたかって、
今のボクを作ってくれたんじゃないかなぁ‥‥、
と今となっては懐かしく思うことがたくさんあります。
親身になってアドバイスをしてくれた人もいる。
でもたいていは、頑固だったり、
若輩のボクにとっては少々怖い、
ちょっと苦手な存在だったり。
でも、おいしいコトとか楽しいコトには
人一倍真剣で真摯な先輩達がたくさんいて、
そんな人たちの経験をボクはもらって大きくなった、
というコトです。

なかでも忘れることの出来ぬ人が一人います。
ホテルのメインダイニングのサービススタッフ。
とても小柄ながら、
情熱的な働きをするチャーミングな女性スタッフ、
でありました。

決して便利な場所にあるホテルではありません。
公共の交通機関の最寄り駅無し‥‥、
というような不便な場所。
だからワザワザ行かなきゃいけない場所で、
それでもボクは機会あるたび、
そこで朝食をとるためせっせと行った。
最初は、都心にしては珍しい環境の良さに惹かれてでした。
通い続けるにしたがって、
何をたのんでもおいしい、
その商品力に感心させられそれでますます、
続けて通うようになったのでした。



ホテルの朝食。
いろんな理由でボクは好き。
普通の人が贅沢をしない時間に贅沢をするという、
とびきりの贅沢感。
晩ご飯なら1万円を出さなくちゃいけない空間を
3000円くらいの値段で味わうコトができるお得感。
単純で誰もが知っている朝食という料理を、
プロに作ってもらうというわかりやすい感動があること。
ホテルの朝食がステキな理由はたくさんあります。

そうしたたくさんの理由の中で、
ひときわ、ボクがココロひかれるのが
「おなじみのサービススタッフの人を作りやすい」
というものです。

おなじみのレストランを作ろうと思ったら、
何度も通えばいいでしょう。
お店に行く時間が、お昼であれ、夜であれ、
あるいはちょっとお茶を飲みにまいりました‥‥、
というような使い方でもかまわないから、
何度も何度もそのレストランに通うのが良い。
でも、おなじみのスタッフを
レストランの中に作ろうと思ったら、
ただ通うだけでは不十分、ということになります。
だって、せっかくお店に行ったけれど、
お目当てのいつもの人がいなかった。
レストランが営業している日。
レストランがやっている時間。
いつでもそのスタッフがお店にいるとは限らない。
人はお休みをとらなくては働けない‥‥、ワケですから。

オーナーシェフのお店や、
家族経営のような小さな店のステキなところは、
いつ行っても同じ人に会うことができるところ。
例えば一人で寿司を握っている小さな寿司屋さんなんて、
おなじみを作りやすい最高の場所、
というコトになるでしょう。

そこでホテル‥‥、です。

ホテルという場所。
おそろしいほど複雑で、
おどろくほど大規模なお客様をおもてなしする装置です。
たくさんの人たちが働いていて、
だから同じ人に同じ場所でいつも会えるとは限らない。
しかも、ホテルで働いている人すべてが、
ホテルの従業員である、とは限らないのが
悩ましいところであります。
派遣社員。
あるいはアルバイトのような立場の人たち。
そうしたもしかしたら今日だけ
そこで働いている人たちもいるのが、ホテルという場所。
夢をお客様に買っていただく立場のホテルですら、
そうした合理的なさまざまなコトを
試みているというこの現実。
少々、厳しいものでありますが、しかしそれも現実。
利益を出して、従業員にタップリ報酬をはずんでこそ、
すばらしい夢のようなサービスが
わたし達、お客様の手の中に
ストンと入ってくるわけですから。

ディナータイムの豪華な料理を運んできたその人が、
もしかしたら派遣社員の人かもしれない。
だとしたら、その人とどんなに親しくなったとしても、
次、再びその人のサービスを
受けることが出来るかどうかはわからない。
‥‥、というコトなのです。

そうして朝食。
実は朝食の時間帯は、
ホテルの従業員だけでレストランを運営することが
一般的なのでありますね。
朝早くから通勤をしてもらってまで
アルバイトを揃えるよりも、正社員でお店を動かす。
理に適ってます。
だからホテルの朝食の時間帯は
「同じスタッフに出会える時間帯」でもある、
というコトなのですネ。

おなじみのスタッフを作りたいのなら朝食のとき。
おなじみのスタッフと友達のような関係になれると、
ならばどんなにステキなことがやってくるのか‥‥。
それを来週、お話ししましょう。
 
2006-11-16-THU