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さて、ステーキ。
ステーキにはいろいろな種類があります。
脂の甘みを味わうステーキがある。
歯ごたえが豊かで、
顎がおいしく感じるようなステーキもあります。
肉の中に含まれた動物性たんぱく質の旨味に
身をまかせるようなステーキもあり、
舌の上でとろけるようななめらかなステーキもある。
ステーキとひとつの名前でくくるのが、
申し訳なくなるほど、ステーキの世界は豊かで多様。
肉の種類。
肉の状態。
そして食べ手の期待に応じて、
どのようなステーキが
一番ふさわしいのか、を判断しながら
もっともおいしいステーキを焼く。
それがプロの調理人の仕事なのであります。
が‥‥。
そのときのボクは、そんなことなど露知らず、
それで生意気にも、こんな注文をつけてしまったのです。
ハズカシヤ。
ステーキはレアで、と決めているのです。
表面はガリッと、焼き固めて、
でも内側はひんやりとするくらいフレッシュな状態で。
歯茎にまとわりつくような
ステーキを食べさせてはいただけませんか?
そういうボクの注文を、
最後まで笑顔で聞いたウェイター氏。
ひときわ明るい笑顔になって、こうボクに言いました。
そのようなステーキもおいしゅうございますが、
もしよろしければ、
私どもに焼き加減をお任せいただけませんでしょうか?
とてもやさしいいい振りで、
でもゆるぎのない確固たる口調でボクにそういうのです。
むっとしました。
レストランのシェフは
お客様が食べたいモノを作って差し上げることを、
仕事にしているのじゃないんだろうか‥‥。
なのになんで、コノ店の人たちは、
ボクに指図をするのだろう。
憮然と構えるボクにむかって、
そっと、静かに、やわらかに、彼はこう続けて説明します。
ご存知のように、ステーキはある程度の
厚みがある方がおいしゅうございます。
ですから、ワタクシどもはある程度の厚みを持って
肉を切らせていただきます。
それを、炭窯にいれ、
ジックリ遠火で焼き上げてまいります。
お肉のおいしさを十分、
中に閉じ込めながらある程度まで火を通し、
いわゆるミディアムをちょっと通り過ぎたくらいが
おいしい頃合、と思っております。
フライパンで焼くのとは、
まったく違った味わいに仕上がりを、
思う存分楽しんでいただくために、
できればワタクシどもにお任せいただきたいと存じます。
なんでしたら、焼き上げているところを
ごらんになりますか?
完敗でした。
ボクの知らないステーキのおいしさを、
この人たちは知っている。
それを知らずに、ボクは自分勝手に
自分が知っているおいしいステーキの作り方を披瀝した。
結果、通ぶってしまったわけです。
恥ずかしかった。
迷わずお店の人が薦めるようにおまかせをして、
ボクは厨房の炭窯の前で、
生の牛肉がすばらしいステーキに変化するさまを
眺める人とあいなった。
すばらしい体験でした。
牛肉が自分の脂を吐き出しながら、
その脂がブクブク沸騰する中、
外はカリッと中はシットリ、
自分の力で焼きあがってゆく。
ステーキを作るのでなく、
牛肉の中にあらかじめプログラムされている
おいしいステーキを、思い出すように火を使う。
そんなステーキの作り方があるんだ、
‥‥、ともう感激で、
ボクはお店の人にありがとうっていいました。
その味はというと、それはすばらしいモノ。
ガッシリとしたバーベキューのような香りもする。
フックラとしたフライパンと
オーブンで焼き上げた
フランス料理の一品のようなステーキの部分もあり、
同時にローストビーフのような
シットリとした肉そのものの旨味をたたえた部分もある。
ああ、この人たちはこのお肉のコトを本当に良く知って、
ボクのためにこんなにおいしいステーキを
作ってくれたんだな。
‥‥、とそんなコトを思ったりした。
良い勉強でありました。
注文をつけるのでなく、注文をする。
自分が食べたいモノを正しく伝えることは必要だけれど、
それが「素人だてらにあれこれうるさく注文をつける」
ようになってしまってはもともこもない。
よい注文をするために、
必要なものは知識や経験ではなくて、
「人を信頼する力」なんだ、
というコトを教わったのです。
どのようにお焼きしましょうか?
そうきかれて、
「おいしいように焼いてください!」
といえる勇気を持った
ステキな大人になりたいなぁ‥‥、と
ボクはそのとき、思ったのです。
そうして最近。
ボクはちょっとしたあわせ技を開発しました。
ボクは自分なりにおいしいモノの食べ方を知っている。
それだけの経験とそれだけの表現力ももっている。
けれど、自分の知識だけを頼って行動する、
かたくなで退屈なおじさんじゃない、
というコトをわかってもらうための、あわせ技。
「ボクはいつも、“ちょっと良く焼き”くらいの、
ステーキが好きなのですが、
今日のお肉はどう焼いていただくのが
おいしいですか?」
スマートです。
今日のお料理、ボクとあなたの共同作業で、
思い出に残るほどにすばらしいモノにさせていただきたい。
‥‥、とそんな気持ちも伝わります。
いろんなお店で使えるでしょう。
お魚のおいしいので有名な和食のお店で、
例えばこんな風にです。
「そのお魚は焼いて食べるのが好きなのですが、
他にもどんな食べ方がありますか?」
普通に焼くのもいいですが、
バターでソテするように焼き上げるのも
おいしいございますが、いかがしましょう。
うれしいです。
お店の人のお勧めにすっかり乗るのもそれはよし。
自分のいつもの好みを通して、
作ってもらうのもそれもあり。
どちらにしても、料理の知識とレパートリーが
一つ増えたというコトだけでも、
ステキに得なことでしょう。
そんな気持ちの注文上手。
心がけたいものであります。
また来週。 |
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