おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)
先日、とてもうれしい出来事がありました。

10年以上、ほとんど毎月のように
利用させていただいているレストラン。
サロンのようなミッチリとした濃密な空間の中に、
家庭的なる心地よいサービスがいきわたってる、
ボクのとっておきの一軒の店。
サカキです、と電話で名前を言えば
いつものテーブルをいつものように用意していただける、
そんな「ボクのレストラン」でもあるすばらしい店、
であります。

年賀状の交換をしています。
あるいはクリスマスケーキを
プレゼントしてもらったり‥‥、と
普通のお客様とレストランの人との関係よりも、
一歩深くつっこんだ、よい友人一歩手前の、
そんなおつきあいをさせていただいていた店での出来事。
思いがけず珍しいモノを薦めていただいたときのことです。

今日、たまたま知り合いの猟師さんが送ってくれた
野鳥なんだけど、召し上がりますか?
シェフがわざわざホールに出てきて、
ボクの耳元で小声でそっと、言います。
一人前にもならない、
本当にちょっとだけしか入ってこなかったものですから、
せっかくだからサカキさんに食べてもらいたいな、
と思いまして。

そんなうれしいことを言われて、
断ることなんかできません。
いただきます、と、これまた小声でひっそり答えて、
ワクワクしながらユッタリと待つ。
10分ほど、待ったでしょうか‥‥。
再びシェフが小走りで、こちらに向かってやってきます。
手にはお皿を一枚もって、お待たせしました。
テーブルの上には、森の匂いが沸きあがります。

果たしてその秘密の一品。
すばらしかった。
森の奥で必死に生きてきた生き物の、力強い味。
筋肉質な身の歯ごたえ。
噛めば噛むほど、喉の奥から戻って香る、野生の匂い。
野生の鳥の荒々しくて濃厚な味に、
笑顔でノックアウトされ、
なんと運の良い夜なんだろう‥‥、なんて、
うれしい偶然に感謝した、のでありました。

かなり癖の強い素材でしたけど、大丈夫でした?
‥‥と、シェフが心配顔で、
厨房の中から首を伸ばしてボクらを見る。
ボクは大きくうなずきながら、
OKマークを両手で作って、
感謝の気持ちを伝えました。
ワインが旨い。
まだ食事半ばで、まるでひとコース、
全部平らげたような気持ちになるほどの満足‥‥、でした。

で、おごちそうさま、と
お店を出ようと準備していたそのときです。
シェフが厨房から駆け出してきて、こう言います。
「多分、来月、また珍しい鳥が
 やってくることになってるんだけど、
 それも召し上がってみられます?」
「ええ、是非!」
「そしたら、よければ、
 携帯の番号をお教えいただけませんか?」


うれしかった。
ボクはその日、珍しいモノが食べられて、
実はとてもうれしかった。
おなじみのお客様になる‥‥、
ってこうした得がついてくるんだ。
そんな具合にうれしかったのでありました。
でもその数倍、ボクは最後の最後でうれしくなった。
ボクはお店の人から紙をもらって、
ボールペンで力いっぱい、携帯電話の番号を書き、
「今日は本当にありがとう」
そう言いながら、エレベーターに乗るなり、
やった‥‥! と、小さな声をあげました。

ボクの携帯番号を、多分、
知っているレストランは結構ある。
多分‥‥というのは、予約をするときに、
お電話番号、お伺いできませんか?
ときかれて、そのとき、携帯の電話番号を
伝えることがかなりある。
のだけれど、そのボクの電話番号が果たして
どれだけ大切に保管されてて、
お客様リストのようなモノにまで書き込まれているか?
というと、決してそんなことはないのでしょう。

教えはしたけど、
多分、お店の方から電話がかかってくることはない。
ただただ、もし予約の時間になって現れなかったときに、
ほんとに来る気があるのか確認するための担保のメモ。
そんなボクの携帯電話番号が、
日本全国、いろんなところに
書き留められているのでしょう。

今日はとても良い食材がたまたま入った。
あるいは、来週、とてもステキな料理が出来る。
ああ、あの人に食べさせてあげたいよネ‥‥、
とそう思ったときに、顧客リストをパラパラめくって、
それで電話を手にとって、番号、パチパチ。
電話をかける。
それがボクの携帯電話の番号だったら、
なんとシアワセなことでしょう。



どんなにおいしく、気に入ったレストランでも
まるでお店の人に押し付けるように
名刺や電話場号を渡して帰る。
情熱は伝わるでしょうけど、
その電話番号が本当に大切に扱われるか‥‥、
というと残念ながら決してそんなことはない。
そのレストランに何年間も、
毎日毎日、やってきては
同じように感動をして帰って行く、
数多くのお客様のひとりとしてしか
扱われないことが普通です。
くやしいけれど。

教えてください‥‥、とお店の人から聞かれてはじめて、
ワタシの電話番号は意味を持った
電話番号になるのですネ。
大変です。

もしボクにレストランの秘密をひとつ、
無条件で教えて差し上げましょう‥‥、といわれたら、
あなたのお店の顧客リストを
拝見させていただけませんか?
そう言うでしょう。
そのリストの中に、ボクの名前はあるのでしょうか?
ボクの名前と一緒に、たとえばボクが大好きな料理や
食材の名前が書かれてあるのでしょうか?
ボクが食べられぬ、たとえば生玉子の白身のコトが、
そっと書き添えてあるのでしょうか?
それよりなにより、ボクの名前の頭のところに、
小さく赤い花丸模様かなにかが付いていたら、
ボクは小躍り。
天にも昇る気持ちになれる。

さて、どのようにしたらワタシの名刺、
ワタシの携帯電話の番号が意味のあるモノになるんだろうか?
ちょっと考えてみましょうか。
 
2006-12-14-THU