おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)
この前、こんな質問をされました。

ファミリーレストランのシェフが一番、
シアワセを感じるときって、一体、どんなときなんですか?

ボクは、即座にこう、答えました。

日曜日にお休みがとれたときでしょう。

お客様からお褒めの言葉を頂戴する。
確かにうれしいコトでしょう。
厨房の中からホールをながめて、
たくさんお客様がたのしそうに
自分が作った料理を食べてくれているのを確認するとき。
ああ、自分の仕事は間違っていないんだな‥‥、
と感じるでしょう。
毎月、毎月、着実に売り上げが上がっていけば、
いつかは自分の給料もあがってくれるにちがいない‥‥、
と、とてもワクワクするでしょう。

でも。


飲食店というのは、
人が遊ぶときに働かなくてはならない仕事です。
オフィス街であったり、
官公庁街のように週末や休日に
休める場所にあるレストランもありますが、
でもそうしたお店であっても
夜、お酒を飲むのを我慢して
一生懸命働かなくてはならない仕事。
それがレストランで働く‥‥、というコトなのです。

見方を変えれば、人が働いているときに
休むチャンスのある仕事、
というコトにもなるのでしょうけど、
でも、平日ひとりで休みをもらって、
友達の誰もつかまらず、
一人で休みをもてあそばなくちゃいけなくなる。
たのしいことではありません。
特に、家族がいて、
小さな子供と一緒に日曜日、ドライブに行く。
そんな特別ではないことを、
がまんしなくてはならないのが、
飲食店という仕事です。

だから、日曜日が一番いそがしい
ファミリーレストランで働いているシェフが
一番、シアワセなのは
日曜日に休みがとれたとき。
これは、シェフだけでなく、
レストランで働いているほとんどの人にとって、
同じく正しい答えであろう、と思います。

ならば、ファミリーレストランで働いている人が、
絶対に日曜日に休みがとれない
か、というとそんなコトはない。
簡単にとることはできないけれど、
周到な準備と計画的な努力で、休みをとることは可能です。

とあるファミリーレストランの店長さんの話です。
結婚して来年が記念すべき十周年。
せっかくだから家族みんなで海外旅行にいきたいなぁ‥‥、
と、漠然と彼はその年末に
思ったのです。
家族みんなでゆくのならば、夏休みか冬休み。
日程の調節のしやすさを考えれば、
少しでも長い夏休みの方がよさそうで、
でも夏休みといえば
ファミリーレストランの一番の書き入れ時。
果たして休みがとれるんだろうか?
‥‥、って不安になりました。

普通、店長が夏休みに休みを取る。
これは外食産業にとっては普通、
不可能なコト‥‥、であります。
でも彼はあきらめなかった。
まず年の初めからスタッフひとりひとりに
自分は今年の夏休み、
家族と一緒に海外に行きたいんだ、
というコトを伝えて歩いた。
結婚10年目の記念に
みんなに迷惑をかけるかもしれないけれど、
コノ夢は是非、かなえたいんだ、
というコトを一生懸命伝えて歩いて、
じゃあ、店長がいない間も、
お客様に迷惑をかけないように、
みんなで余分にがんばりますから、
とお店の人たちの協力をまずはとりつけたのです。
それからひたすら。
彼は一人ひとりの技術と技量を
ブラッシュアップすることに、
必死になってつとめます。

つまり教育。


とはいえ、飲食店における教育というのは、
一緒になって働きながら、
その人の良い部分をほめてあげつつ、
足りない部分を指摘してあげる‥‥、
というコトがほとんどでありますからして、
彼は結局、いつもよりも時間をかけて
働くということになったわけです。

目標がありますから。
少々の苦労はたのしい苦労‥‥、であります。
そうしながら、ひとりひとりのレベルが
店長のレベルに近づき始めた頃、
彼はお店のお客様の中でも何度も何度も利用してくれる、
おなじみのお客様に彼らスタッフを紹介する、
ということを始めました。
見事、すばらしい状態にまで育ってくれた
ホールサービスの社員が2名。
あと一ヶ月ほどで夏休みが始まるであろう‥‥、
という梅雨も終わりかけた季節のことです。

お客様のテーブルにそのスタッフと一緒にやっていきます。
お客様があらかた食事を終えられて、
食後のコーヒーを楽しみはじめた頃合で‥‥。

いつもご利用いただいて、ありがとうございます。

という、挨拶をまずは交わして、
それでお客様にこう言います。

実は。

8月の最終の週の1週間、
お休みをちょうだいすることになったんですヨ。
結婚10周年の記念に
家族で海外旅行にいくことになりまして。
それでお休みを贅沢にも頂戴することになりました。
そこで、その間、ワタシに変わって彼らが一生懸命、
お客様にサービスさせていただきますから。
なにか気がついたことがありましたら、
どんどん意見を言ってやってくださいませんか?
どうぞ、よろしく、お願いします。

‥‥、のような周到な準備の末に、
彼は念願の海外旅行を果たし、なかばビクビク。
出発する前の、お店のスタッフからの見送りの言葉は、
「せっかくのお休みですから、
 電話をかけてこないでください」。
 
もし、困ったことがあったら、
社長に直接相談させてもらいますから。
ユックリして帰ってきてくださいネ、と。

でほぼ一週間の休みが終わって、
お店に戻って、その期間中の売り上げを見て、
彼は本当に驚いた。
予想していた売上高。
去年の実績の売上高。
そのどちらもをはるかに上回る売り上げ実績を
残してくれていた‥‥、のであります。
すばらしいコト。

店長が休みの間に
お客様をがっかりさせることがあってはいけない。
そう思う人の気持ちが
すばらしいサービスとすばらしい料理を
作り続けることとなった。
店長がいない間、留守を任されている人たちが
寂しい思いをしちゃかわいそう、と
おなじみのお客様が一生懸命、通ってくれた。
‥‥、というようなさまざまが、
すばらしい結果を残させてくれたわけです。

飲食店はチームワーク。
一人の天才的なシェフやサービススタッフが
どんなに必死にがんばったとて、
すばらしいレストランにはならない、
のであります。

人を育てる。

人に託す。

‥‥というコトが上手なお店が
すばらしい店なのだ‥‥、というコトですね。

そうしてそうした人を育てるのは、
お店の人だけの仕事ではない。
お客様である私たちも、
人を育てることの片棒をかついでいるのだ、
というコトを、これからしばらく
考えてみようかなぁ、と思います。
 
2007-01-11-THU