おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)
寿司、あるいは鮨は世界中に飛び出していって、
いまやいろんなところでSUSHIとしてがんばっている。
アメリカの本当に小さな田舎町の、
なんてことはないスーパーマーケットに入って、
そこでパック販売のSUSHIを発見してビックリする。
英国のホテルの朝食のバフェカウンターに、
なんとSUSHIを発見し、
しかもそれをヨーロッパ系の宿泊客が
うれしそうに食べているところをみたりすると、
ああ、がんばってるなぁ‥‥、
なんて目がウルウルとしたりする。
まあ大抵、そのときのSUSHIというのは
握り寿司ではなくて、巻き寿司ですね。

MAKIZUSHI。

あるいは、ロール寿司。

海苔があまり得意でない海外の人たち向けに
レタスで巻いたり、ゴマやトビ子で彩ったりと工夫をし、
中にまかれている具材にしても
アヴォカドであるとかソーセージであるとか、
とこれまた創意に満ちていたりする。
案外、銀座の寿司屋よりも、
回転寿司の方が世界のSUSHIの
スタンダードに近いのかもしれないなぁ‥‥。
なんて、思わされたりする。
それもまたたのし‥‥、であったりします。


そんな海外からお客様がくる。
大抵仕事の関係で、アメリカであったり
アジアであったり、
いろんなところからお客様がやってきます。
会食を仕事の道具にするのは、好きではない。
けれど、一緒に良い仕事が出来た
ご褒美としての会食は大好物。
そうした会食を積み重ねた人とは、
仕事としての付き合いだけではない、
とてもステキな人間関係で結ばれるような
感じがするからです。

で、そのときどきで
どのようなレストランを会食の場に選ぶのか‥‥。
これを考えるのがとてもたのしい。
最初からくだけすぎてはいけないし、
いつまでも堅苦しくてはたのしくないし。
まず最初はホテルのレストランのような
無難なところからスタートして、
お互い、そろそろわかりあえ始めたかなぁ‥‥、
というタイミングで、
ボクは寿司屋に彼らを連れていくことにしています。

ボクという人間が、何を好きと思って、
何をたのしいと感じるのか。
それを感じてもらいたくて、
ボクが大好きな寿司屋さんで食事を一緒にしてもらう。
それと一緒に、日本という国の
すばらしい部分をわかってもらえればなぁ‥‥、
と思いながらの会食です。

カウンターに20人ほど座れる、
寿司屋としては少々、大き目のお店を選びます。
握り手が3名から4名ほど。
寿司の握り手1人に対して、
5人から7人、というのが
的確なサービスを楽しみながら
寿司を待たずに堪能できる、
作り手と食べ手の数のバランスです。
当然、元気のよい店です。
高すぎず、安すぎず。
小さくてご主人一人で切り盛りしているような、
だからこそのすばらしい寿司を
食べさせてくれる寿司屋も良い。
でも、初めてのお客様が気兼ねせず、
たのしい雰囲気を堪能できる店、
となると、あまりサービスが濃密でない
お店の方がボクはいいと思います。
だから、ある程度の規模。
当然、カウンターは白木の無垢の素材で出来てます。
磨かれてます。
うつくしいです。

一見さんを哀しませない店。
おなじみのお客様を大切に考えるがあまり、
初めてのお客様が居心地悪さを感じてしまう、
ようなことのない寿司屋。
挨拶が元気で、ハキハキしているお店を探せば、
まずは間違いありません。
大声で怒鳴り散らせば威勢良くみえるだろう‥‥、
というようなお店は駄目。
大きく通る声で、でも丁寧に。
お客様に挨拶できる店は、
すべての人にやさしい店だと思って、
裏切られることはまずありません。


なかでもボクが好きで重宝する店。
こんな挨拶をするお店です。

例えばお客様が一組、入ってこられたといたしましょう。
ガラガラッと引き戸があき、
再びカタリと閉まった途端に、声が飛びます。

「いらっしゃいませ」

いらっしゃい‥‥、ココまでは勢い良く。
そうして、丁寧に、ひとつひとつ言葉を置くようにして、
「ませ」とその挨拶をしめくくる。
言いっぱなしの挨拶はしないです。
そうしてその挨拶をしている人の姿を見れば、
入り口のほうに顔を向けて両手を体の両側につけ、
軽く会釈をしながら、いらっしゃいませ。
頭をあげつつ、笑顔で言葉の後押しをする。

作業をしながらの挨拶は、
それは挨拶の形をしたただの掛け声であって、
挨拶ではない。
挨拶は、作業をとめてするものである。
ボクは、寿司屋でこうした礼儀を学びました。

それならばたまたまそのお客様が入店されたとき、
ボクの目の前で寿司を握っていた職人さんはどうするのか?
彼は無言でボクたちの寿司を握り終え、
お待たせしましたとその寿司をストンと置く。
それからそのお客様の方を見て一礼しながら、
小さく、いらっしゃいませ、と挨拶の気持ちを送る。
‥‥、のであります。

挨拶は言葉が大切なのではなくて、
挨拶をしようとする気持ちが大切なのだ。
‥‥、という挨拶の本質をやはり寿司屋で学んだりした。

どうです。
日本人は挨拶というのもをとても大切にしているのです。
挨拶というのは人間関係のメリハリですから。
良い人間関係とは、メリハリのある人間関係。
お互い甘えず、助け合って、
礼節をもって共にシアワセになることを
考え続けることなのですよね。
ちょうど、この店のワタシたちと
お店の人たちの関係のように‥‥。

などと、ちょっとハードボイルドに語って
株を上げたりするのでありました。
 
2007-03-08-THU