おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)

ところがです。

最近、気づくといろんなところに
ボトルを残して帰ってきてる。
東京だけでも、10軒くらいはあるでしょうか?
場所はほとんどが和食のお店。
バーじゃないです。
料理をたのしむために、きのきいたお酒があると
よりたのしくなる、気軽なお店。

昔のかたくななボクしか知らない友人と、
たまたまそうしたお店に行って、お店の人から
「サカキさん、ボトルまだ残ってますけど‥‥」
なんていわれたりする。
すると友人。
鬼の首を取ったように喜んで、
お前もすっかりおっさんになったんだなぁ‥‥、なんていう。

ボクとしては決して
「ボトルキープ」をしている認識はないんです。
どこそこの店にボクがキープしているボトルがあるから、
一緒に飲みにいかないか‥‥。
なんて、誘い方は口が裂けてもしないですから。
おいしいものを食べさせてくれるお店に、
たまたまボクの飲み残しがある、程度の感覚。
そりゃ詭弁だヨ‥‥、といわれても、そう思いたい。
小さなこだわり、自己満足。

焼酎がブーム。
ひとつの大きなきっかけだったような、気がします。
おいしいものを食べさせてくれるお店で
飲むお酒といえば、かつてはビール。
日本酒にあるいはワインというのが通り相場で、
どれも飲みきりが基本のお酒。
ビール、キープしておいてください‥‥、
とは言わんですわね。
ところが焼酎。
米、麦、芋と素材によって風味が異なり、
しかもどれも料理と一緒にたのしめる。
いったん抜いたボトルであっても、
酒そのものの品質が少々のことでは
劣化しないほどに頑丈で、しかも安い。
水で割ったり、そのまま飲んだり。
お湯を温かいのを作ってみたり、
レモンを搾れば味が変わってと、
同じお酒をいろんな味でたのしむことができる便利。
それまでのどんなお酒とも違った特徴を持っていて、
だからボクはこう思った。

何杯もお替りをするのであれば、
ボトルを一本取った方が得だよね。

そんな気軽でボトルを取って、少々、残る。
そのままにして帰っても良い。
多分、少々、残した分を処分したって
もうその時点で得してる。
だから別にその残った分をキープしなくても
かまわないのだけれど、なんだかそれも寂しく感じる。

そんなときにお店の人がこんなことを笑顔で聞きます。

また、おこしになるまでお預かりしておきましょうか?
そういわれて、確かに今日の料理は
どれもステキにおいしかったよなぁ‥‥。
雰囲気もすてきで、なによりサービスがすばらしかった。
これほどたのしい会話をたのしめたのもこのお店のおかげ。
このお酒のおかげなのかもしれないなぁ‥‥。
またこようか。
そのときの言い訳のためにこのお酒を預けておこうか。

と、そう思います。
そうして結局、ボトルキープをお願いする。
名前をボトルに書きましょうか?
とそういうと、お店の人がこういいます。
お名刺一枚、いただけますか?
私どもでお名前を書かせていただきますので。
何たる自然。
何たるスマート。
こうして、ボクは自然にお店の人に名刺をわたし、
ボクの名前はおそらくお店のお客様リストに燦然と輝く名前になった。
とてもシアワセなことではありませんか。

お酒が残っているのでなくて、
気持ちがそこに残っているんだ。

‥‥、というコトなんですね、
ボトルをキープする、というコト。
そう思うと、それだけシアワセな記憶が
いろんなところに残っている証として
キープボトルがいろんなところにおいてある。
すてきなコトです。

ところでせっかくのボクの思い出。
お店の人たちにも大切にしてほしい、と思って当然。
たくさんあるボトルたちの中で、
ボクのボトルが特別扱いしてもらえるよう、
ボクはたまに電話をかけます。

この前にお預けしたボトル、まだ残ってますか?

実際にそのお店に行く予定がなくても、
ちょっと気になったものですから。
そうすることでボクのそのお店に残した
思い出の保管期間をちょっと余分に伸ばしてもらう。
‥‥、そんな気持ちで。
当然、予約の電話をするときにも、
まだお預けしてあったボトルは残っておりますか?
その一言で、お店に行ってテーブルにつくと、
もう、この前のボトルがボクらを待っていたりする。
お店の人にとってもボクらは
ちょっと特別なお客様であったりするワケです。

おなじみになるためのちょっとしたきっかけ。
おなじにであることをたのしむための、ちょっとした工夫。
それがボトルキープという習慣であるとしたなら、
それはとてもステキなこと。
日本人が世界に誇るやさしい文化の一つである‥‥、
というコトじゃないか、と思います。

ところで、焼酎のようなボトルキープするのに
適したお酒を知らぬ西洋料理のレストラン。
そこでボトルキープをするようなコト。
まずはない。

なのではありますが。

実は、とあるイタリアンレストランで
箱をキープしてしまったコトがあります。
それって一体。
次はそのお話をしてみようか、と思いました。

 
2007-08-09-THU