おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)

レストラン。
あるいは飲食店。
そのお店はいったい誰のために作られるのか?
いろんな考え方があります。

一番最初のお店は、当然、
商売をはじめようと情熱を発揮した人。
つまりそのお店を創業した人のために作られます。
お客様のためでもない。
働いている人たちのためでもない。
お客様想いの創業者のため。
一緒に働いてくれる人たちのことを
いとおしいと心からおもう創業者のため、
最初のお店はうまれるのです。

けれど。

二つ目のお店からはちがいます。
最初の店で、一緒に一生懸命がんばって、
そろそろ店長になれるかなぁ。
あるいは、そろそろ調理長になってもいいころかなぁ、
という人のために飲食店の支店はできる。
経営者のためでもなく、お客様のためでもなく、
お店は店長と調理長のために増えてゆくものなのです。

社長がいないで会社が経営できないように、
店長や調理長がいないでレストランは開店できない。
だから人が育つ速度にあわせて、
お店を増やしていくというのが
飲食店の拡大戦略の基本中の基本なのです。

が。

彼らはあせりました。
大切な跡取り息子のためにどこよりも大きくて、
立派な会社を作ろう、と企てたから。
大きいということが、
強くて頑丈であるということに直結していた時代のことです。
次から次へとあたらしいお店を作り続けた。
人はどこかから雇ってくればそれでよい、という考え方です。

しかも、時代はバブルでした。
物件があればお金はいくらでもついてきた。
土地を買えば、もうその翌月から
土地の値段はあがっていって、
含み資産というものを作ってくれた、
夢のような時代のことです。
京都からはじまったこの店は、
次々、その出店のエリアを広げていって、日本全国。
進出しなかったのは北海道と沖縄くらい、
というほどの拡大路線をひいたのです。

お店、一軒一軒がすばらしい状態であったか?
というと決してそうではありませんでした。
社長が一度も行ったことのない店。
そこに、社長が一度も会ったことのない
店長や料理長が働いていて、
商品の水準やサービスのレベルが悪かったか、
というとみんな一生懸命。
決してひどいレストランではなかったのですけれど、
でも繁盛すべきレストランに必要な活気とか
情熱というものにはどうしても欠けた。
物足りなさを感じさせる店ではありました。

ボクは当時、その会社の社長にあって、
インタビューする機会に恵まれたことがありました。

彼はボクにこう言い放ちました。

飲食店という安定がむつかしい産業。
人の人気と、人の手に依存しているこの産業を、
一人前のものにするには、
もっと確固たる頑丈な産業の姿を借りなきゃいけない、
と思うんだよね。
たとえば不動産業。
今がそのチャンスなんだ。
わたしはね。
来るべき新しい世代のために、
この会社を飲食業を超えた
すばらしい産業にしようと思ってがんばってるんです。
土地は宝。
わが社が誇れる今、最大の財産は手にした
日本全国の膨大な不動産である、と言い切れますネ。

たしかに当時。
この会社の創業の地である京都の本店のあった場所には、
おそろしいほどの価値があった。
そこを担保に、お金を借りに借りまくり
日本中にお店を作ったというこの戦略を、
さまざまな人が評価して、
真似する人もいて注目の的でもあったのです。

が‥‥。

バブルが終わる。
それと同時に、この会社のビジネスモデルは破綻します。
待望の跡取り息子のためにすばらしい会社を残そうとした、
ありとあらゆる事柄の結果、
手元には返しきれぬほどの膨大な借金が残りました。
破産です。
日本中にあった店のうち、売れるものは売り出され、
利益の上がるあてのない店はつぶされて結局、
ほとんど何も残らなかった。

愛情を注がれることなく、
ただ店長として雇われてきた人たちに、
自分の店をなんとかしなくちゃと
執着心をもって守ってくれることもなく。
会社が給料を払ってくれていたから働いていた、
そんなお店の人たちは破綻した会社を
いとも簡単に見捨ててどこかに行ってしまった。
店もなくなる。
土地もなくなり、しかも人までいなくなってしまうのに、
半年もかからぬほどのさみしい現実。

跡取りになるべき人が生まれた会社が、
その跡取りに継いでもらうべきモノを残せず
なくなってしまったというこの悲劇。
なんたる残酷。
なんたる皮肉。

そもそも、飲食店においてもっとも大切な財産は、
「人」である。
働いてくれるのも人。
やってきて売り上げをつくってくれるお客様も人。
その人以上に大切な財産が、
はたして外食産業にあるのだろうか?
と、頭を空虚にして素直に考えれば
答えはわかりそうなものなのに、
でも人は往々にして物事の真実から目をそむけてしまう。

なんとも哀しいことでありませんか。

 
2007-10-18-THU