第1日の1 重い腰をあげた。
行きたかったのは、ほんとうなのだ。
邱永漢さんにお会いするたびに、そのうち行きますと、
「こんど飲みに行きましょう」
と言いたがる営業マンのように言っていた。
邱さんは、そういうセリフが実体を伴わないことが多いと
知っている方なので、「ああ、はいはい」と、
ただ笑いながら聞いていた。
しかし、2001年4月8日。
ぼくは、月曜日のスケジュールが夕方まで空いていることを
前週からチェックしていた。
この日こそ、行くぞ。心に決めていたけれど、
実は、月曜日というのはいつもかなりヘトヘトなのだ。
日曜の深夜から朝にかけて、翌日掲載の新メニューや、
「ダーリンコラム」を書いている。
週日にできない原稿書きの仕事とか、
翌週の仕事の企画をまとめる仕事とかは、
ほとんど週末に固めてしているので、それが終わってから
「ダーリンコラム」などを書き始めるので、
月曜にはたいてい疲れちゃっているのである。
しかし、この時ばかりは考え方を変えてみた。
「なにも激しい運動をするわけじゃないのだ。
マッサージにでも行くつもりで、とにかく行こう」
ネットで、あらためて地図を調べる。
そして、ようやっと、朝7時くらいに床に着いた。
11時半に起き、「もしもしQさん」のページにある
連絡先に電話をしてみる。
やっぱり厚生年金会館のほとんど隣らしい。
「イトイシゲサトと申しますが、
本日お邪魔してよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ。おいでになりますか、
お待ちしております」
簡単じゃないっすか、いざとなれば。
あの辺りに駐車場ってあったっけなぁと思い出したが、
どうも思い当たらないので、タクシーに乗った。
場所は、すぐにわかった。
たぶん、建物そのものが邱永漢さんのビルなのだろう。
場所が場所なだけに、入りやすい低いフロアには、
バーがたくさん入居しているようだ。
奥の一室に向けて、案内の看板がある。
「おはようございまーす」。
中年以上の方々が数名、のんびりしている。
第34代継承者最高師範の秦西平先生は、まだ見えてない。
午前の教室を終えて、外に出ておられるのであろう。
「あのう、何をしていればいいのでしょう」
「あちらでやりますので、もう入っていてかまいませんよ」
着替えとか、準備運動とか、何もしなくていいのね。
ラクでいいなぁ。
あたりを見回しても、誰もなんの用意もしていない。
のんびりしている。
そこにいる人々の平均年齢は、65歳くらいかしらねぇ?
いや、20歳代とおぼしき女性もいるなぁ。
武道とはぜんぜん違うのね。
ぼくは、何と言っても極真会館本部道場に通っていた男だ。
わははは、ウソじゃない。
はじまる前の緊張感みたいなものを、
なんとなく想像していたのだ。
なにせ、中国武術の総本山「少林寺」の名前が、
冠になっている教室なんだからね。
さて、開始の2時になる。
板の間の20畳くらいの部屋に、
10人くらいの生徒さんたちがゆるゆると入っていく。
どう見ても80歳くらいの女性もおられるよ。
あ、秦さん、もとい秦西平先生だ。
秦さんには、もう何度かお会いしている。
「あなたの新聞を見た人が、たくさん来てくれています。
ども、ありがとうございます」
というような感謝までされちゃった。
いえいえ、どもども、すみません、ぼくも来たです。
(まずは、つづく)
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